挑発

 勇次はハイエースを降りた

『潮見児童公園』傍まで戻って来ると

足を止めた。

 一生懸命走ったがずっと痛んでいた脇腹が

限界を迎え、 もうまともには走れなかった。

 顔をしかめ、激しく咳き込む。

 背後で怒気を孕んだ荒い息遣いが聞こえた。

 振り返ると、筧が鬼の形相で迫ってきた。

「てめぇっ!返せっ!!」

 勇次は脇腹を抑えながら力なく筧を見据えた。

 そんな勇次の前に辿り着いた筧はー

「へっ。諦めたみてぇだな。足痛ぇぞバカ野郎」

 そう言うと尻のポケットからリボルバーを

抜いた。

「バッグ寄越せ。じゃねえとぶっ放すぞ」

 嘘だった。もう弾は撃ち尽くしてる。

 だがこの若造はそんなことは知らない。

 威嚇にはなるからーというより、限界だから

抜いた。 使いモンにならない足を何度も

酷使した。 息も上がってる。とにかく早く

終わらせたかった。 早くバッグを寄越せ。

そしたら、さっき地面にばら撒いちまった金も

回収しておサラバだ。 早くしろ、若造!!


 筧がそう考えていると、勇次がバッグを

地面にゆっくり置き、両手をあげた。

「・・・・よし」

 弱みは見せたくねぇ。筧は悟られない様に

安堵し、 リボルバーを勇次に向けたまま

屈み込んでバッグを掴んだ。

そして身体を起こす。


 両手をあげたままの勇次の

こめかみー乾いた血が付着してるーに

またリボルバーの銃把グリップを叩き込んだ。

勇次は、横ざまに地面に伏す。


 本当は殺してぇ。ぶち殺してやりてぇ。

 だが我慢した。ここまで来て殺人に手を

汚せねぇ。 なにより、今はここを離れるのが

優先だ。


 筧は踵を返すと、ヨロヨロと歩き出した。

 終わった。終わったぞ、キヨ。 筧は前を

見据え、なるだけ早くこの場を離れようと

歪に歩いた。


「おい」

 背後で声がした。

「!?」

 筧が振り返る。

「そういや、相棒はどうした?」

 勇次がフラフラで立ち上がりながら言った。 「!!」

 筧の表情が怪訝に固まった。

「あのイケメンだよ。なんでいねぇんだ?」

 今までの口調とは違う。 どこぞの輩みたいな

喋り方だった。

「・・・・」

「姿見えねぇって事はー」

「・・・・」

「ーもしかして死んじまったのか?」

「!てめえぇぇぇっ!!!!!」

 筧は勇次の元に戻るとその胸倉を掴み、

地面に押し倒した。

 馬乗りになり激しく殴りつける。

「てめぇのせいで何もかも滅茶苦茶だ!

死ねええっ!!」

 リボルバーの銃把で何度も勇次を狂ったように

殴りつけた。

 勇次は両手で顔をブロックするが額や頬、

顎を痛打された。

「お前のせいでキヨも!

死ねっ!!死ねっ!!!」

 やがて筧は勇次の首に両手を掛けた。

「ぐうううっ!!」

 苦しむ勇次の首に筧の指が食い込む。

「死ねえええええっ!」

 筧は力を込めた。後先を考えずに。


 自分を見下ろす筧の絶叫が遠のいて来た。

 視界が白くなってきた。 これでいい。

勇次はそう思った。

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誘拐犯になっちゃいました ミヤシタケンサク @merchendiver0207

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