最終話 決着

 どうやら間一髪で、ドラゴンの踏み潰しを避けられたことになったらしい。


 真横にある巨大な足の一部を見てゾッとしつつ、両手に持っているのがグレネードランチャーではなく、無限ロケットランチャーなのを確認する。


 誰も疑問には思っておらず、俺が無事なのに安堵しながらも、竜の猛攻に怯えている。


 グレネードランチャーを背中に。ショットガンとハンドガンを腰の左右に装備した状態で立ち上がると、体が恐ろしく軽い。


 ドラゴンの追撃がゆっくりに見え、相手の足の間を走り抜けて再度の踏み潰しを回避。


「こちらですよ。どこに目をつけているのです? ほら、早くしないと大変なことになりますよ」


 クスクスと笑い、ロケットランチャーを狙いを定めた片脚へお見舞いする。


 けたたましい音が轟き、巨体がグラリと傾く。


 グレネードランチャーさえ苦にしていなかった魔物の王者が、たった一撃で左脚を吹き飛ばされていた。


 重量もあるので片脚では支えきれず、地響きを発生させて倒れ込む。


 あとは仕留めるだけかと思いきや、みるみるうちに傷が修復し始め、挙句には吹き飛んだはずの脚が生えてくる。


「まるでトカゲの尻尾……ああ、そう考えると、やはり元はトカゲなのでしょうね。ですが、フフフ、素敵ですよ」


 脚の復活とともに立ち上がり、血走った目をぎょろつかせる竜にまたロケットランチャーをご馳走する。


 今度も左脚を狙ったので、同じように吹き飛び、同じように巨体が地面に転がった。


「早く起きてください。それでは竜でなく芋虫ですよ。それとも次はそちらへ進化したいのですか? なら手伝って差し上げましょう。手脚をひとつずつ消し飛ばせばすぐですよ。フフ、フフフ」


 脚が生えてくるのを待つ竜の背中をおもいきり蹴ると、何トンもの重さがありそうな山のごとき巨体がボールみたいに転がった。


「それともダンゴ虫がお望みですか? なかなか愉快な性格をしているではないですか。ペットとして飼ってあげてもいいですよ」


 グレネードランチャーの上をいく威力の武器なので、気分高揚を心配していたが、どうやら今回は俺の希望を組んでつけなかったらしい。


 だって俺はこんなにも冷静だ。


 それにしても楽しいな。


 ああ、楽しい。


 とても楽しい。


「もっと無様に転がってください。もっと惨めに悶えてください。もっと情けなく鳴いてください。もっと、もっと、もっともっともっともっともっと」


 復活するのを待って吹き飛ばすのを繰り返すこと二桁回数。竜に焦りと怒りが見えるようになってきた。


「もてあそばれているのにようやく気付きましたか? 図体はでかくても、頭の中はやはり爬虫類ですね。それとも褒めてあげましょうか? よしよししてあげましょうか? フフフ、ああ……なんて楽しいのでしょう」


 俺がケラケラ笑っていると、アニータの声が風に乗って届いた。


「普通のように見えて、あれ、姉御史上もっともヤバいんじゃ……」


 なんてひどいことを言うのか。俺はこんなにまともなのに。


 竜が咆哮をあげてのたうち回っている間に、俺は素早くアニータの背後に回り込む。


「アニータさん、滅多なことを言うものではありませんよ? お仕置きにショットガンの銃口をお尻の穴に挿してあげましょうか?」


「ぴッ!?」


 なんとも愉快な悲鳴を上げて、アニータがスカートの上から健康的に張っているヒップを両手で守る。


 お尻といえば順応した婿養子だが、奴のことはベアトリーチェとの会話ではついぞ出なかったな。俺も忘れてたし。


 次に会った時の話題にしよう。あの外道元王妃様なら腹を抱えて喜ぶはずだ。


「あの、それでしたら、この卑しいリリアーナめに先に罰を!」


 俺を娼館送りにしようとした罪を償わせてほしいと、豊かなヒップを突きだしてくる。


「リリアーナはいい子ですね。あとでしっかりお仕置きをしてあげましょう」


 そうするのが当たり前のように、俺は彼女を抱き寄せて肉厚のヒップを揉んだ。


 途端にリリアーナが嬌声を上げて、くずおれそうになる。


 ああ、楽しい。


 やっぱり楽しい。


 世界はこんなにも喜びに満ちている。


 欲望のままにもう一度くらい揉んでおこうかと思ったが、竜の怒りに満ちた唸り声で遮られる。


「おや、困りましたね。ただのデカいトカゲの分際で、私の楽しみを邪魔するとは許せません。それとも、フフ、自分を忘れてくれるなとおねだりですか?」


 リリアーナをアニータへ渡し、ロケットランチャーを肩に担いで歩く。


 ステップを踏むように。


 軽やかな足取りで。


 一歩また一歩と。


 ドラゴンの咆哮が聞こえる。


 仲間たちの悲鳴が聞こえる。


 耳に心地いい発射音が聞こえる。


 壁のごとき胴体で爆発が起き、竜が後ろ向きに倒れる。


「また脚を狙われると思ってましたね。だから爬虫類は浅はかなのです」


 起き上がる前に、続けざまにロケットランチャーで爆撃する。


 皮膚が裂け、肉が削げ落ち、驚異の回復力も追いつかない。


「どうしました? 抵抗しないと死んでしまいますよ? ほら、早く立ってください。力尽きるまで戦ってください。私を喜ばせるために!」


 体がどれだけ傷ついても戦意を失わず、ドラゴンは全身でこちらを潰そうとする。周辺が夜を迎えたみたいに暗くなった。


「デカい図体を活かしているつもりですか? くだらない。連続で発射できないとでも思っているのですか?」


 胴体の同じ場所を連続で狙い、骨まで吹き飛んでドラゴンが白目を剥く。


 そのままこちらへ倒れてきても、俺の頭上へくるはずだった箇所の肉体はすでにない。血やら肉やらを巻き散らし、ドラゴンが大地と激突する。


「困りました。捨て身の攻撃なんてしてくるものですから、ついつい心臓まで吹き飛ばしてしまいました。これではもう遊べないではないですか」


 唇を尖らせて、少し前まで竜だった物体の頭を蹴り飛ばす。


 かなりの大きさと重量だったが、サッカーボールみたいに飛んで、アニータたちの方へゴロゴロ転がっていく。


 全員が驚きのあまり飛び跳ね、思い思いの悲鳴を発してはこちらへ走ってくる。


「皆さんもまだ遊び足りないですよね? そうです。せっかくですし、森へピクニックに行きませんか?」


 少々怖がらせてしまった面々と、親密なコミュニケーションを取るためにも最適な提案である。


 だというのに、揃って頬を引きつらせるのは何故なのか。


「もしかして反対なのですか? またまた困ってしまいました。ひとりずつ説得した方がよろしいでしょうか?」


 真っ先にアニータを見ると、勝気さがウリだったはずの赤髪の元盗賊は、お尻を押さえながら顔をブルブルと横に振った。


 説得はそういう意味ではなかったのだが……しかし、面白そうではある。


 内心の企みが表情や態度に出てしまったのか、他も自らのお尻を守ろうとする。


 さすがにミゲールたちやアグーには手を出さないぞ。言っても信じてもらえそうにないけど。


「ま、まあ、魔物の脅威が去ってないのは確かだ」


 アグーが最初に賛同し、帝都方面から逃れてきた兵士たちも恐る恐るといった感じで同意し始める。


「竜が森を出てきた以上、他の特殊個体の出方も気になる。ベアトリーチェ殿が健在な今こそ、危険を承知で進むべきかもしれんな」


「さすがミゲール殿です。では行きましょう。フフ、ウフフ」


「派手にぶっ壊れてた時の姉御より怖いんだけど……」


「アニータさん? なにかおっしゃいましたか?」


「なんでもないです! お仕置きよりご褒美がいいです!」


「ではしっかりついてきてください。はぐれるとなにも貰えませんよ」


 ウキウキ気分で会話を楽しむのって、とてもピクニックっぽいよな。しかも女性同伴というのが最高に盛り上がる。


 前世では小学校の遠足以外にそんな機会がなかったから、嬉しくて仕方がない。しかも魔物を吹き飛ばせる権利付きだ。逸る。これは実に逸る。


     ※


 途中でサブリナが立てこもっていた砦も解放し、傷病兵のために護衛の兵を残してから、希望者で帝都までやってきた。


 いかに堅牢な城でも、大勢の魔物に攻められればひとたまりもなかったらしく、あちこちがボロボロで城内にも侵入を許していた。


「生存者もいなさそうですし、いっそ吹き飛ばしてしまった方があと処理も含めて楽なのではないでしょうか」


 城、吹っ飛ばしてみたい。


 一回でいいからやってみたい。


「なんか、姉御の考えてることがわかる気がする」


「奇遇ですね。私もです」


 リリアーナがアニータと頷き合い、俺の次に高い身分を使って同行中の兵士たちに生存者の確認をさせる。


 魔物を見つけた場合は無理せず逃げてくるように申し渡していたが、魔物たちはすでに他の獲物を探すべくどこかへ移動したあとだった。


 残念である。とてつもなく残念である。


 この責任は、俺がくるまで魔物どもを足止めできなかったこの城に取ってもらうとしよう。ああ、早く破壊したい。


「姉御、城にはもう誰も残ってないみたいだ」


 かろうじて脱出できた者は近隣の村落へ向かったらしいが、その後の安否は不明だという。恐らくは途中で追いつかれて、という感じだろう。


 その不届きな魔物もあとで探し出して爆殺するとして、まずはこの城だ。


 破壊する必要性も理由もまったくないが、とりあえず撃ってみたい。


 そう。俺がただ撃ってみたいだけに撃つ。それはこの世の心理ではなかろうか。


 あの外道元王妃様も好きにやっていいって言ってたし、魔物に占拠された城を敵ごと吹き飛ばしたということにしてしまおう。


「では派手に撃ち込みましょう。もしかしたら爆発を見たり、音を聞いたりで魔物が戻ってくるかもしれません。その場合はすぐ私に言うのですよ?」


 丁寧にお願いをすると、誰もが猛烈な勢いで首を縦に動かしてくれた。


「まずは一番高いところから行きましょうか。あそこは確か先帝の私室だったでしょうか」


 クーデターの際に一度突撃しただけなのに詳しくは覚えていないが、なんとなくそんな気がする。


「どうせなら爆弾とかで派手にいければよかったのですが、チート武器として現実にはない威力のこのロケットランチャーであれば、きっと心躍る光景を見せてくれることでしょう」


 深呼吸を行い、己の気持ちを高ぶらせたタイミングで発射。


 ――した瞬間に、狙った部屋のバルコニーに人が出てきた。


「「「あ」」」


 幾つもの声が重なり、腐れ汚物皇帝と思われる男と、女装をした中年男がなにかを言う暇もなく建物ごと吹き飛んだ。


 それはもう綺麗に吹き飛んだ。


「ふう。狙い通りにお掃除が完了しましたね」


「いや、姉御、今の……?」


「アニータさん、なにかおっしゃいましたか?」


 お尻を撫でてやると、途端に口ごもるアニータ嬢。


「不幸な事故で、ガーディシュに王族がいなくなってしまいましたね。帝位についたばかりの皇帝も見当たらないみたいですし……」


「城の大半も吹き飛んだんだ。新しいのを造るついでに、姉御が王になればいいじゃねえか」


 アグーがなんでもないように、とんでもないことを言いだした。


「アグーさん、それはさすがに……」


「そう簡単に魔物の脅威は去らねえだろうし、姉御が帝位につけば好き放題に暴れまくれるぜ」


「よい案です。採用します。今日から私がガーディッシュの皇帝です」


「だったら国の名前も変えてしまいましょう」


 リリアーナが、なんの罪悪感もなさそうに話に乗ってくる。


 ガーディッシュの兵士から反対意見が上がるかと思いきや、貴族に不満を抱いていた者ばかりらしく、意外にも賛同の声が多かった。


「レイナードさんに書状を出して、帝国の民にお触れを出して、ああ、戻ってきた貴族は身分も領地も没収しましょう」


 無敵のロケットランチャーを持っているおかげだろう。いつになくすらすらとやるべきことが浮かんでくる。


「それが終わればすぐさま魔物の討伐隊を結成します。もちろん隊長は私です、覚悟してください、皆さん。数日は寝かせませんよ、フフフ」


 微笑んで、本物のベアトリーチェに心の中で話しかける。


 次に会う時は、面白い報告がたくさんできそうです。

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おっさんアラフォー王妃になる 桐条 京介 @narusawa

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