第31話 外道元王妃様と女神様

『そなたの持っていたエロゲーから着想を得てな。我が社の制服としたのよ。おかげで業績はうなぎのぼりでウハウハよ』


 完全に枕営業じゃねえか。


 上と下の大事なところをハートマークのシールで隠した逆バニーで接待などされてみろ。童貞は一発でどんな書類にも判を押す自信があるぞ。


「っていか、俺のエロゲーって……」


『なんとも喉がムズムズするようなタイトルばかりだったの。そなたは愛に飢えすぎだ。餓狼が人に好かれぬのと同じ理由で排されておったのだろうよ』


「う……」


『これに懲りたら、向こうではもっと上手くやるのだな。わらわは十分すぎるほど上手くやっておる。そなたが向こうで暴れ回っているおかげで、女神の謹慎もどんどん延びておるようだしな』


 すみません女神様。ほんと、許してください。


『気にしなくてよいぞ。わらわとはチート能力を通して交信ができるようになったゆえ、表面上は苦情を言いつつも、休みを満喫しておるのが丸わかりだ。そもそも相手は神だぞ? その気になれば能力などとっくに取り上げておる』


「確かに……」


『なので自重は不要。神ほど強大な存在になれば、人の子が世界を滅ぼそうともしない限り……いや、そうなっても見守っているだけかもしれぬの』


「確かに」


 納得できる点が多いからだが、さっきからオウムみたいに同じ言葉をくり返してるな。


 でも、実際に向こうでは竜が暴れ回っても介入の気配はない。女神様が謹慎中なのでと言われればそれまでだが。


『竜だと? なんだそれは。なんぞまた面白いことになっておりそうだな』


 かくかくしかじかと説明すれば、外道元王妃様は実に爽やかな笑顔を見せてくださる。完全に他人事というか、映画かゲームを楽しんでいる気分なのだろう。


『そう言うな。楽しませてもらった礼に、毎回助力してやっておるではないか。ついでに、わらわのざまあぶりも披露してやっておるしな』


 新社長となった社畜へ報告や書類を頻繁に届けにきては、愛理や加奈は自ら形の整った乳房やヒップを、触ってくださいとばかりに差し出す。


 外見が俺のベアトリーチェがくつくつ笑って揉んでやれば、それだけで極めそうなくらいに美貌を蕩けさせる。


「セクシー動画を見てる気分だな……」


『寝取られ風味のおまけ付きでもある。興味ないふりをして、実はそなたも密かに好きだったりするのであろう?』


「人を勝手に変態性癖持ちにしないでください」


『隠さなくともよいではないか。人は誰でも内側にもうひとりの自分を隠しておる。例えばナスターシアよ』


「ナスターシアさん……ですか?」


 主君であるベアトリーチェの身代わりとなって好きでもない男の子を孕み、産めば嫌うでもなくレイナードへかいがいしく寄り添っている。


 なんというか、とにかく真面目という印象を受けるのだが……。


『それもあやつの一面ではある。だがな、ナスターシアは婿養子に自分の体を差し出すと提案してきた時、興奮のあまりよだれを垂らしておったぞ』


「は?」


 とんでもない暴露がきたぞ、おい。


『なんでも見下す男に貞操を奪われるというシチュエーションがたまらぬらしい。子を宿した時も、汚されたと騒ぎつつ、こちらが怖いくらいにうっとりしておったわ』


 向こうの世界には変態しか住んでいないのか。もしかしたら、俺の近辺で一番の真人間はアグーということになるのでは。


『まあ、そんなわけでな。そなたもそろそろ自分へ正直になって、わらわの体ではっちゃけてもよいと思うぞ。なにをどうしても元には戻れぬのだ』


 ベアトリーチェも自分の体を失って寂しいのかもしれない。だからこそ、いっそめちゃくちゃに……めちゃくちゃに?


「もしかして……自分の体を他人の自由にされる……というか、催眠的なシチュがお好みで?」


 明確な答えはない。


 しかしながら、ニヤリとしたのを見ればあながち間違いでもなさそう。


「エロ漫画やエロゲーでは、よく女の体の快感を知って……なんてありますけど、私はごめんですよ」


『そなたは変なところで性根が真面目よな。まあ、よい。今のままがそなたの真なる希望だというのであれば咎めはせぬ』


「ですね。人間はイチャコラが基本です」


『わらわと試してみるか?』


「つまりは自分の体とイチャつけと? 勘弁してください」


『クック、新たな発見があるかもしれぬと思ったのだがな』


 好奇心旺盛で性にも奔放そうなのに、よくこの年齢まで純潔を保ってたな、この人。


『王族であったからな。ただの町娘であったならば……いや、よそう。言葉遊びをしたところで意味はない。それより竜の話に戻ろうか』


「お願いします」


 あの化物をなんとかしなければ、向こうの世界で復活したとしても、すぐに舞い戻ってくるはめになる。


『わらわとしては、そなたよ、これを使え! と空から落とせぬのが至極残念ではあるが、今こそこれを授けよう』


 目の前にポンッと出現したのは、一目でわかるロケットランチャーだった。しかも肩に抱えて四発撃てるタイプのものだ。


「……最初からこれをくれればよかったのでは?」


『何事にも順序というものがあろう。それに向こうの世界に慣れてきたからこそ、的確な使い道もわかるし、なにより周囲も必要以上にそなたを恐れぬであろう』


 確かに向こうへ渡った直後からロケットランチャーをぶっ放していた日には、盗賊のアジトごと破壊しかねなかったし、アニータたちも怯えまくって懐いてくれなかったかもしれない。


「そうかもしれませんね」


『うむ。もっと喜ぶがよい。苦戦するのが好きというのであれば、違うものにしてもよいが?』


「いえ、これで。ぜひ、これでお願いします!」


 いくら復活可能とはいえ、怖いものは怖い。それに痛いのもいやだ。


『よしよし。人間、素直が一番だ。さて、そろそろ時間のようだな』


「そのようです」


 体が引っ張られる感覚がし始めれば、あとは向こうに戻るだけだ。


『わらわはすでにこちら側の住人だが、それでも向こうが生まれ故郷であるという概念は消えぬ。滅びれば悲しい。それに向こうの空気をまとい、知識を得たそなたと話すのはよいストレス解消になっておる』


「私も、密かにこちらの光景を見るのが楽しみだったりします」


 俺を虐めてくれた女たちの末路に喜んだりは……ちょっとしかしていないけどな。


『フフフ、では次はそなたをもっと驚かせてやるとしよう』


「こちらの方がとんでもない難題を背負ってくるかもしれませんよ?」


『それはそれで楽しみよ。そなたと解決のために悩むのも悪くはない。こういう言い方は不吉であろうが、また会えるのを待っておるぞ、下野太郎』


 それは初めて外道元王妃様が、俺の名前を呼んだ瞬間だった。


「はい。私もベアトリーチェ・シャウル・エンスウィート様に再びお目見えできるのを願っています。できれば死をきっかけとしたもの以外で」


 お互いに笑みを浮かべ、俺の体というか魂が向こうの日本から引き剥がされる。


 それにしても、今回も女神様とは会えなかったな。謹慎中らしいので仕方ないといえば仕方ないが。


『会えなくても見てはおりますよ。なかなかに楽しいですし、簡単に終わらせるのは惜しいので助力もしてあげています』


 脳内にいきなり響いた、この女性の声はもしかして……。


『ベアトリーチェも実に楽しませてくれていますし、うっかりを装って……あら、いけない。これ以上はやめておきましょう。誰かに聞かれては大変ですものね』


 クスクスと笑う声がする。どうやら女神様は女神様で素敵な性格をなさっていたご様子。


 道理で時々、ご都合主義的な展開が発生するわけだ。仲間にも恵まれてたし……そのわりにはいきなり娼館に売られそうになってたけど。


『それはそれで見応えのある展開になっていたでしょうし、なにより死から戻れるのであれば、どうにか乗り越えてもいけたはずです。魂だけになれば本来の世界へ戻れるようにもしておいたので、ベアトリーチェとも会えたでしょうし』


 ベアトリーチェが上手く隙をついたようでいて、最初から女神様の手のひらで転がされていたのかもしれないな。


 あの外道元王妃様が知ったら……いや、もしかしたら知っている可能性もあるな。俺と違って頭がいい……というか悪知恵が働きそうだし。


『どうでしょうね。ですが、彼女もなかなか享楽的な性格の持ち主のようですので、素直に天へ召されるのを望まないでしょう』


「ですね。そうなると、女神様は意図的に私と彼女の肉体を入れ替えたので?」


『それ事態は偶然ですね。とても珍しいことでしたし、せっかくの機会なので少しばかり楽しませてもらおうと……あら、いけない。失言でした』


 こんな感じでそそっかしい女神様を演じて、相手を油断させつつ自分のペースに持っていくんだろうな。女神様だけあって対象の思考も読めるし。


『そう警戒しないでください。一度くらいはあなたとも話しておこうと思っただけですし、あと、寿命で死ぬまでは復活できますので安心してください』


「それは有用な情報をありがとうございます」


『いえいえ。それではベアトリーチェともども、二度目の生を楽しんでください。元は他人ので、途中からにはなりますが』


「それでもありがたいです。向こうで素敵な仲間とも会えました」


『そう言ってくださると助かります。では、引き続きよい旅を』


 最後は女神様らしく荘厳さを備えた声で会話が終わる。


 そして俺の意識は、向こうの世界で覚醒した。

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