第30話 竜

 人数が増えて魔物の目につきやすくなったのもあり、戦闘が得意でないメンバや負傷者を馬車に乗せ、俺は一団の先頭を歩いていた。


 隣国の皇太后様に無理させるのはという意見もガーディッシュ側であったが、魔物の脅威はもはやこの大陸全体の問題。ならばリュードンの王族として民のために身を捧げるのは必然と言っておいた。


 感動した兵士が多い中、俺を知っている者は苦笑を浮かべていたよ。


 歩いて。魔物を見つけて。ショットガンファイア。


 これはこれでスッキリするのだが、もう一段上の快感を知ってしまっているだけに両腕が疼く。ついでに元中二病患者の脳も疼く。


「ベアトリーチェお姉様、あそこにも魔物がおりますわ」


 侍女服なのに主をお姉様呼び。しかも隙あらば腕を組みたがる。


 そんなむちむちリリアーナは、子供を産んでいるのでお尻がプリップリッ。


 はしゃぐたびに男の視線を集めては、何気なく気付いたふりで目を合わせて微笑みアタック。


 数時間の行程の間に、早くも色香に惑わされる被害者を量産しつつある。


「なんというか……サブリナと気が合いそうな女だね」


「まあ、先王の寵愛も受けていましたし。ちなみに貴族家の子女ですよ」


 俺がさらりと行った暴露に、アグーが「怖い怖い」と自分の腕をさする。


「ところで、そのサブリナさんはどうしているのですか?」


「途中ではぐれちまったよ。連中は崩壊させた砦で傷病兵の面倒を見てたんだが、見捨てられないって、ここへ来る前に見かけた古い砦に残ったんだ」


 かなり前に破棄済みだったらしく、魔物に見つかる可能性の低いルートをあえて選んでいなければ見つけられなかったという。


「人里離れているのなら、魔物の巣になっていてもよさそうですが」


「逆だよ、姉御。誰もこないと餌がねえ。魔物どもは肉が食いたくて仕方ねえのさ。まあ、強い個体は肉食動物が元になってるしな」


「兎などもずいぶん強化されてましたが」


「それでも狼やイノシシどもに比べたら可愛いもんさ。だから村や町に近いところへ現れては人間を襲ってたんだろう」


「なるほど。武器さえなければ人間は弱いですものね」


 俺も例の外道さんに与えられたチート武器があるからなんとかなっているが、丸腰で放り出されていたら今頃は盗賊の慰み者にされたあと娼館へいたはずだ。


「そういうこった。唯一の救いは頭が悪いことだな」


「血と肉を求めて、より攻撃的になるという話でしたね」


「つまり、あの炎を巻き散らす武器を持った姉御と同じってことだね」


 笑顔で毒を挟み込むのはやめてもらえまいか、アニータ嬢。


「あれは敵を威嚇するための演技です。本心ではありません」


 言い訳しつつも、最近あの状態になっての気分爽快さが癖になってきているから困る。そのうち四六時中あの状態になるのでは?


 ……やっぱり呪いの武器じゃねえか。


 かといって使わないといった選択肢はない。


 だって撃ちたいんだもの。


 一発どころか、二発三発と撃ち込みたいんだもの。


 遠目に姿を捉えたイノシシモンスター。頭に狙いを定めてズドン。


 一撃では倒れず、もがくように大地を踏み鳴らし、こちらを見つけて突撃開始。


 周囲がビビリちらかす中、俺はフンフンと鼻歌を歌いながら、近づくにつれて大きくなる的――もとい、頭部へ追撃を放つ。


 すわ地震かという振動を大地に与え、巨大イノシシが倒れ伏す。


「どうですか、このショットガンもなかなかの――」


 ドヤ顔を披露し終える前に、四方八方からガウガウワウワウ。


 百一匹はいなさそうだが、野犬の群れが我先にといただきますをして、あっという間にイノシシが皮と骨だけになった。残りの骨を舐めてる奴もいるし。


 その野犬の目が、一斉に餌がたくさんあるぞとこちらを見た。


「ひッ……」


 青褪めるリリアーナを背中に隠し、俺はグレネードランチャーを呼び寄せる。


「下手に倒しても餌になるのなら、食べられないくらいに焼き焦がしてしまいましょう! さあ、狩りの時間ですよおおお!」


 中央にチュドンと一発。数匹が犠牲になったが、まだまだ数えきれないだけの野犬がいる。連中は左右に分かれ、俺の狙いを分散させる。


「姉御を守れ! 姉御がやられたら全滅だよ!」


 アグーが叫び、彼女の取り巻きが中心となって俺の周囲に壁を作る。


「巻き込まれたくなければ前に立たないでくださいね、アアッハハハアアア!」


 焼夷弾は無限に装填され、チートらしく最大限に改造済みなので連射も可能。ありがとう本物のベアトリーチェ。あなたこそが本当の女神様だ。


 なんてことを勢いに任せて思ったのがよくなかったのか、ドシンドシンとこれまでとは比較にならない大地を揺らす音が響きだした。


「新しい的ですかあああ!? 早く姿を見せてくださいよおおお!」


 バーサクモード中の俺が張り上げた声を聞き、傍から離れないアニータが帝都方面を指差した。


「姉御、あれを見て!」


「山……ですか?」


「違う! 山だったらこっちに近付いてこないよ!」


 大木だと思っていたのは首で、視線をより上げていくと爬虫類じみた顔が見えた。目が合うなり全身に怖気が走り、危うく武器を落としかけた。


 まさか、バフ効果あり状態なのにビビッたのか!?


 膝がガクガクして動けない。口も閉じられない顔に汗が一滴また一滴と流れる。

「これは……こいつは……森の主だ!」


「ミゲールさん、主というのは?」


「前に話しただろう! 魔物同士の争いを制し、トップに君臨する者だ。前に見た時よりも、さらにずっと大きくなっている!」


 全長にすればどのくらいか。三十? 百? 目算ではとても計りきれないが、とてつもなく大きいというのだけはわかる。


 そしてなによりその恐ろしい姿が、俺に目を逸らさせない。


「本当に竜ではないですか……」


 まさにファンタジーそのものだが、魔法がないぞ魔法が!


「現実逃避していても始まりませんね。あんなのが出てきたらどうしようもありません。帝都はもう諦めるより他はないでしょう」


 竜が体勢を僅かに変えたと思ったら、わらわらいた野犬が根こそぎ尻尾で払われた。


 俺にやられた個体を食べ、パワーアップしていたのも混ざっていたにもかかわらずだ。あまりにも戦闘能力の差が大きすぎる。


「巨大すぎて人間の武器ではどうしようもない気もしますが……接近してグレネードランチャーで頭部へ攻撃できれば勝ち目も見えてくるでしょうか」


 小声で呟き、怯える一方の味方を眺める。


 いよいよもって俺がどうにかできなければ全滅だ。


「アニータさん、リリアーナさん、この情報を持ってすぐにリュードンへ帰国してください。竜への対抗策を考えねばなりません」


 あれだけの巨体なのに攻撃は俊敏。存在そのものがチートである。


「姉御はどうするんだい!?」


「決まっています。目の前に敵がいるなら撃ち抜く、それこそが王妃の……皇太后になってしまいましたが、そう、私の仕事なのです!」


「……それはないと思う」


 映画などではクライマックス直前の感動的なシーンを演出したつもりが、さっくりとアニータ嬢にだめだしを食らってしまったぞ。


「先ほどの発言はさておいても、誰かが足止めはしなければなりません。そしてそれをこなせるのは私だけです」


 グレネードランチャーを構え直し、大きく息を吸う。


「アアッハハハアアア!」


 あとは誰の意見も聞かずに、バフ効果のかかった身体能力を最大限に駆使して、ドラゴンめがけて突っ走る。


 ティラノザウルスを連想させるような体躯で、翼は生えていないので元はトカゲかなにかなのかもしれない。


「だとしたら育ちすぎでしょう。もっとも食いではありそうですが!」


 接近するにつれて肌がピリピリしてくる。見下ろされているのがわかり、自然と涙が零れそうになる。


 それでも脚に力を入れ、振り下ろす前脚……といかもう腕だな、アレは。


 ほとんど二足歩行のドラゴンの一撃を回避し、鱗に靴をひっかけて体を登ろうとするが、滑って地面に頭を打った。


 なんとも間抜けな光景だが、本能で動く敵が見逃してくれるはずもなし。


「汚い足を向けないでくれますかねえええ!」


 迫る足の裏にグレネッドランチャーを当て、その隙に逃げようとしたが、竜の攻撃は一瞬たりとも止まらない。


「あ、マズッ……」


 避ける余裕もなく、次の瞬間にはあっさりと踏み潰された。


     ※


 気が付くと、俺は勤めていた会社にいた。


 まさかまさかの夢オチか?


 などと思って見回すと、社長室に座っている元社畜。


『おお、きたか、そなたよ。今回は結構粘っていたみたいだな。もう会えないかと思っておったぞ』


 予想以上に歓迎されている模様。にこやかな自分を見るというのはいまだに慣れないが、もっと慣れないのは元社畜の椅子になっている社長の姿である。


「ベアトリーチェ様、これは一体……」


『ん? ああ、こやつか。妻と娘を返せと警察を連れて店に乗り込んできおってな。あともう少しでお縄になるところであったわ。まあ、警察にも協力者ができたと考えれば、そう悪い出来事でもなかったか』


 チート能力を使って強引に解決したんですね。わかります。


『で、騒ぎの責任を取らせて社長を辞めさせ、代わりにわらわが社長へ就任したのだ。よかったな、下克上達成だぞ』


「だからここまでは望んでなかったし、俺の向こうでの人生には関係ありませんよね!?」


『うむ、そのとおり!』


 そのとおりじゃねえよ。なんでそんなに嬉しそうなんだよ。


『理想の会社を作れたからに決まっておろう。まだそなたは気付かぬのか?』


 言われてもう一度社内を確認する。


「嘘だろ……こんなことになってんのかよ……」


 俺の職場からは男性の社員がほぼ一掃され、代わりに社長の奥さんも含めた女性陣が、逆バニー姿で働いていた。

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