第29話 合流

 人間も所詮は動物。魔物化した連中には、ただの美味そうな餌にしか見えないらしい。その証拠が村のあちこちで放置されていた。


 捨て置くわけにもいかないので、グレネードランチャーで燃やして簡単な墓を作った。


 こちらにも葬儀などの風習はあるらしく、教会関係者はいないが、リリアーナが祈りの言葉を知っていたので教えてもらって弔った。


「この分だと、帝都が無事である可能性は低いですね」


 もとより壊滅の報を受けていたが、それでも騎士団を中心として踏みとどまっている可能性も少なからずあると考えていた。


「さすがにあれだけの数となると、それこそベアトリーチェ様がいらっしゃらない限りは……」


 メルティが暴れすぎて乱れた俺の衣服を軽く整えてくれる。アニータと違い、侍女が性に合っていたのか、言葉遣いも立ち振る舞いもかなりのものだ。


「確かにそうですね。となると味方を集うのも難しいでしょう」


 いかに無限グレネードランチャーがあるとはいえ、少ない人員で帝国全土を解放するには無理がある。


「せめて敵の正確な数だけでもわかるといいのですが……」


 出立時に王都や国境の砦では、とにかく大群という情報しか得られなかった。


 どうするべきか悩み、焚火を囲む全員が無言になった時だった。


「やっぱり姉御だ! 姉御がいた!」


 聞き慣れた低い声がして、そちらを見るとアグーが立っていた。


「アグーさん無事だったのですね。化けて出たのならそう言ってください。的にしますので」


「勘弁してくれな。ようやくこいつらを連れて、ここまで逃げてきたんだ」


 アグーや取り巻き、他にも年齢や性別を問わない兵士たちの奥から、ミゲールたちが姿を現した。


「お久しぶりです、ミゲールさん。別れた時よりも数が増えていらっしゃいますか?」


「うむ。久しいな、ベアトリーチェ殿。ご指摘の通り、北で村を作る許可を得た折に、隠れていた仲間と合流できたのだ」


 そしていざ本格的に村作りとなったところで、今回の大侵攻が発生。


 とても踏みとどまれずに敵の足止めを行いつつ後退、その際にアグーがいる砦へ急報を飛ばしたが、指揮官は何故か例の逃げた貴族が再任していたらしい。


 どこにでもいるよな。上に取り入るのが上手い奴って。


 で、案の定真っ先に逃走を企てた。


 アグーたちは指揮官を無視し、ミゲールたちを受け入れて籠城戦を開始するが、そのくそったれな指揮官が食料を持てるだけ持っていってしまった。


 援軍の予定もないため、アグーは取り巻きや残った兵士で砦に細工を施し、敵が雪崩れ込んでくるなり崩壊させ、かなりの数を仕留めたらしい。


 その上で指揮官とは別の方――つまりはリュードン側に退路を取って、この滅びた村で偶然にも俺たちを会えたのだという。


「魔物たちはアタシらを無視して帝都へ向かったから、あのヘタレ指揮官ともども無事ではないだろうね」


 逃げるのにやっとだったアグーたちに伝えるのは心が痛むが、それはこの場で身分が一番上の俺の役目だというのは、誰に聞かなくてもわかる。


「私たちは帝国が滅びたという一報をマリクの領主殿より貰い、急遽私が援軍として派遣される運びになりました」


 ついでに王国でのゴタゴタと、大規模な援軍の派遣が難しい旨も伝えて謝る。


「なに言ってんだ。姉御がきてくれたら十分だよ。この村だって魔物どもから奪い返してくれたんだろ? 帝国の民を代表して礼を言わせてくれ」


「それはそうなのですが、生存者は……」


「……そうか。こっちも砦で魔物にやられた奴の末路は見てきてる。だからこそ、とりあえずでも弔ってもらえたこの村の連中は幸せだ」


「そこまで状況はひどいのですね?」


「ああ。砦周辺は全滅だ。帝都はまだ見てないが、姉御の話を聞くに、相当の覚悟をしておかなけりゃなりそうだ」


 アグーと一緒に話を聞いていた兵士たちが肩を落とす。悔しいのか、泣きだす者もいた。


「アグーさんたちはこれからどうするのですか? 王国へ亡命するつもりであれば、受け入れるように書状を持たせても構いませんが」


 皇太后なのでそれなりの権力はある。戦力も増えるので、レイナードもむげには扱わないだろう。


「それもありがたいが、せっかくなら姉御に同行させてほしい。もとより姉御の力を借りられないかと、リュードンへ向かおうとしてたんだ」


「拒否するつもりはありませんが、そうなるとどこかで食料の調達が必要になりますね。魔物は人間みたいに食事をするのですか?」


 ミゲールにクエスチョン。恐らくはこの中で、もっとも魔物の生態系に詳しいのが彼だろう。


「元は動物なので、基本的には食すものも変わらないが、魔物化してより肉食になってはいるようだ」


「なるほど。であれば、申し訳ありませんが、この村からもいただいていくことにしましょう」


 季節は秋を迎え、すでに収穫も始まっている。こちらの気候は日本に近いみたいだが、米も小麦も栽培されており、料理もそれなりに研究されている。


 惜しむらくは電気がなく、冷蔵庫などが使えないために食材が痛みやすく、料理のレパートリーが少ない点だろうか。


「では、私は馬車を呼んでまいります」


 メルティがアグーに声をかけ、護衛を何人か用意してもらい、待機組のところへ足早に向かう。


 アニータやテレサはアグーとの再会を静かに喜びつつ、村に残っている食料を手分けして探し始める。


 すでに夜なので大変だろうが、日が昇ればすぐ帝都方面へ出発する予定なのだ。


 そうこうしているうちに馬車もやってきて、テレサが料理経験のある者たちと村にあった食材で調理を始めた。


 簡単なスープとサラダ、あとはパンだが、ここまで必死に逃げてきたガーディッシュ側は予想以上に喜んでくれた。


「食材といえば、魔物はどうなんでしょうか?」


「食べられないことはない。吾輩たちも弱い兎タイプのを集団で狩って食べたりしていたからな。さすがにネズミタイプなどには手を出さなかったが」


「そうであれば、倒してきた魔物を少しは確保しておくべきでしたね」


 グレネードランチャーなら丁度良く焼けるし。ちょっとヴェルダンすぎて食べられるかはわからないが。


「ただし普通の人間でも可能とは限らない。前にも話したと思うが、魔物となった動物を食して、普通の動物も魔物に変化していったのだ」


「そうでしたね。となると空腹になったからといって、安易に魔物の肉に飛びつこうとする人間が出ないのを祈るばかりです」


 俺の言葉に頷き、ミゲールは自慢だという髭をひとさすり。


「それに悠長に肉を取っている時間もない。血のにおいを嗅いだ他の魔物がやってきて餌にしてしまう」


 さすが野生。見事な弱肉強食ぶりである。


「そうして新たな力を取り込み、より強力な魔物へ変貌を遂げていく。連中にすれば本能で進化を求めていることになるのかもしれん」


「ちょっと待ってくれ。それが事実なら、ミゲールたちも他の魔物を食べれば強くなれるってことかい?」


 アニータが盗賊っぽい口調とは裏腹に、少女みたいに可愛らしく小首を傾げる。


 計算してのことならあざとすぎるし、俺の逆側を確保済みのリリアーナがそういうやり方もあるかと、目を輝かせているのがそこはかとなく不安を掻き立てる。


「結論を言えばそうだ。しかし、あまりにそれをやりすぎると、理性も失われて完全な魔物と化してしまう。だから吾輩らは途中で木の実などで飢えをしのぐことにした」


 魔物の血が森でぶちまけられようと、木になる実などは魔物化したり、その因子を取り込んだりしなかったそうだ。


 ミゲールによれば、恐らくは血が鍵になるのではないかとのこと。


 取り込んだ魔物の血が自分の血に混ざって魔物化を促す。そうであれば木々に変化がないのも納得がいくが、安易に試すわけにもいかない。


 いずれは罪人を使っての実験が始まるかもしれないが、簡単に増えていく脅威を思えば、食材にするよりも害獣として処理するのが望ましい。


「やはりミゲールさんたちのように元人間でもない限りは、見つけ次第撃っていくに限りますね。うふ」


「う、うむ……」


 微笑んだだけなのに、何故に引くのかミゲールよ。髭、ひっこ抜くぞ。


「だが、元人間といえど悪知恵が働くのもいる。親しげなふりをして懐へ入り込み、魔物を呼び寄せるかもしれん」


「その行為にどのようなメリットが?」


「自分たちを裏切った帝国が、のほほんと人間をしているのが気に食わぬのだ。ただの怨恨なので利害など関係ない。困ったことに、吾輩も気持ちはわかる」


「そうでしょうね」


 時の皇帝が不老不死など求めたりしなければ、ミゲールたちが魔物となることも、世界がこんな脅威に晒されることもなかった。


「だがその代償に帝国は滅んだ。もっと爽快感があるかとも思ったが、犠牲になる民の姿を見ればとても笑えん。ただただ寂しかったよ」


 外見がゴブリンなので正確な年齢はわからないが、ミゲールは前に見た時よりもずいぶんと老けたように思えた。


「……大陸を魔物で溢れさせようと考える元人間がいてもおかしくはないわけですか」


「そうなるが……そうした連中は魔物としての力を求め、森の奥へ向かったのではないだろうか」


「その可能性が高そうですね。では、知性ある魔物が出てきたら、同行してもらっていることですし、ミゲールさんたちにお任せしたいと思います」


「うむ。そういうことなら役に立ってみせよう」

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