第28話 戦場へゴー

 そしてやってきましたガーディッシュ帝国。


 俺はドレス姿で、場所の窓から辺りを見渡した。


 前線へ行くにあたって動きやすい服を要望したのだが、いつ皇太后としての役目を求められるかわからないとナスターシアに諭され、儀礼や式典用のと違って簡易ではあってもドレスを着用している。


 ちなみに色は薄い緑で、地味目なデザインだ。


「無残に破壊され尽くしてますね……」


 国境の砦こそ無事だったものの、帝都へ近づくたびに荒廃感マシマシ。


 一報が届いて二週間足らずだというのに、帝国各地にも被害が広がってしまっていた。


 おかげで王国の精鋭は、帝国の生き残りと協力して国境を守るのが精いっぱい。


 皇太后である俺が前線へ赴くのに満足な護衛もつけられず……というか、俺が断ったのだが。巻き添えにしたらあとが大変そうだし。


「これだと、アグーたちはもう……」


 アニータが侍女服に革の胸当てを装備した格好で、沈痛な面持ちをする。


 同行者は彼女を筆頭に元山賊団のメンバー、あとは意外にもリリアーナである。


 ベアトリーチェ様の雄姿を見逃すなど、ファンクラブ一号としてありえませんとは彼女の談。


 以前にその存在を知った際、いつの間にファンクラブなどできていたのかと聞いて、自分で作りましたとの答えに閉口した覚えがある。


 ひとり遊びなら自由にさせておくかと放置した結果、何故か会員は増加の一途を辿っているらしい。トラウマはどうした、城の連中。


 それともあれか、怖いもの見たさってやつか。


 若干、辟易としつつも、会員は女性が中心と聞いていたので、放置を続けるのを決定。いつか皆でプールやお風呂とか、童貞の夢が広がる。


「アグーさんのことですから、しぶとく生き残っていそうな気もしますが」


 いざという時は元人間で今はゴブリンなミゲールたちも協力すると言っていた。


 森の奥の強大な個体には勝てずとも、先兵程度なら蹴散らせる実力はあるはず。


「でも、アイツらは姉御と違って普通の人間です」


 お目付け役がいなくなったからか、それとも戦場の雰囲気がそうさせるのか、アニータの口調と態度は以前と同じものに戻っていた。


 それでも侍女服を脱がないのは、俺に仕える心意気の表れだそうだ。うん、ちっとも理解できんな。


「その言い方だと、私が人類ではないみたいなのですが」


 指摘するも、アニータはギクリともせずに笑みを浮かべる。


「姉御は姉御類だからね」


 サムズアップして、意味不明な言動をし始めたぞ。


 なんかこの子、どんどんポンコツ化してきてないか? 出会った当初は、それこそ姉御みたいなタイプで格好よかったのに。


 内心の残念感が顔に出ていたのか、アニータの落ち着きがなくなる。


 リリアーナがアニータを落ち着かせるべく声をかける。貴族でも、同じ侍女となったからには身分の差など関係ないと対等に付き合っていた。


「冷たい視線に感謝してこその専属侍女ですわ。ファンクラブの誰もが憧れる立場として無様は見せられませんよ」


「リリアーナ……」


「さあ、アニータ。私と一緒に、ベアトリーチェお姉様のゴミを見るような目を楽しみましょう!」


 小さな部屋くらいはありそうな、四頭立ての馬車の中に奇妙な空気が広がっていき、期待するような視線が注がれる。


 同乗しているのはアニータ、リリアーナの他はメルティとテレサだが、何十人分もの圧力を感じる。


 それから逃げようと窓の外へ目を向けると、魔物に破壊されている村落を発見。


「帝国内の情報を得るためにも立ち寄りましょう」


 御者を務めている侍女に、アニータを通じて声をかけ、馬車を止める。


 真っ先にメルティが降り、槍を構えて周囲の安全を確認したのち、俺へ降りても大丈夫だと目で合図を送る。


「メルティさん、ありがとうございます」


 リリアーナに手を引かれ、俺は皇太后らしく優雅に大地へ降りる。


 望んでいなかったにしても、せっかく王妃へ転生できたのに、まともにその身分を堪能している暇すらなかったな。


「では、行きましょうか。私が先頭に立ちますので、ついてきてください」


 グレネードランチャーを持つのは最終手段だと何度も念を押されているため、ハンドガンとショットガンを装備する。もちろんメインは後者だ。


 ゲームと違って、クリアを楽しむよりも生存が最優先。少しでもヤバげな敵がいたら、サクッとグレネードランチャーの封印を解く所存。


 期待していない。期待はしていないんだけども、早く中ボスクラスの敵が出現してくれないものか。


 ショットガンを両手で構え、ジリジリと村へ近づく。


 俺のすぐうしろには不意打ちを警戒するという名目でアニータが、両隣には槍を持ったメルティと、鞭を持ったリリアーナがいる。


 最初見た時はなんで鞭? と思ったが、元愛人一号曰く、先代の王を毎晩喜ばせてきたので、鞭が一番武器として扱える自信があるとのことだった。


 属性多すぎだろ、あの婿養子。


 テレサは弓を持って続く。他の戦闘可能なメンバーは、馬車と退路を守るべく待機中だ。


「ずいぶんと大きく育ったイノシシですね」


 日本でも巨大なイノシシがニュースになったりしていたが、あれはそれどころじゃない。バスくらいはあるのではなかろうか。


 あんなのの突進を受けた日には、複雑骨折からの死亡ルートまっしぐらだ。


 なればこその先手必勝なのだが、スナイパーライフルがないのが悔やまれる。


 本物のベアトリーチェ特製のチート武器であれば、素人の俺でも十二分に扱えて、暗殺者気分を味わえたものを。


「あれだけ巨大だと、離れていてはあまりダメージ与えられないでしょうね。仕方ありません。接近戦を挑みますよ、皆さん」


「姉御、ワクワクしてるとこ悪いんだけど、生存者がいないなら帝都へ向かうのを優先した方がいいと思う」


 アニータの手が、俺の肩をガッチリホールド。せっかくの単騎突撃の機会が失われて「ぐぬぬ」と唸ってみるが、他の面々はアニータの味方だった。


「リリアーナさんはファンクラブの会長として、私の雄姿を見たいのではないのですか?」


「もちろん見たいですわ! あの恐ろしくもどこか癖になりそうな迫力。私、誰かに屈服させられたいと思ったのは初めてでした」


 俺が彼女に植え込んだのはトラウマの種ではなく、異常性癖だった模様。


 道理で敵対的立場だったはずなのに、アニータたちとの仲をあっと言う間に深められたわけだよ。これこそまさに類は友を呼ぶじゃねえか。


 俺? 俺はノーマルですよ。争いが嫌いな小市民でもある。


「ですが、リュードンのことも思えば、帝国を立ち直らせて魔物との戦線を押し返す、または維持させるのが最優先です」


 アホの子だとばかり思っていたのに、リリアーナがナスターシアばりに優秀そうな一面を見せ始めたぞ。


 ゲームなら敵では強かったのに、味方になれば弱いというのがお約束なのに、彼女は敵だとへっぽこで、仲間に加わると頼りになるのか。


 なに、このご都合主義全開感。もしかしてチート武器を装備した効果は、周囲にも及んだりするのだろうか。


 ……ないな。あれば誰もがトリガーハッピーになって、とっくに収集がつかなくなっているものな。


「なるほど。確かに一理ありますね。ではリリアーナさんの案を採用し、村の魔物を殲滅後に、帝都へ急行するとしましょう。うふ」


「ヤバい! 姉御が暴走一秒前だ。皆、取り押さえろ!」


「私が一番ですわ! 私こそが一号ですわ!」


 アニータの号令を受け、超特急で錯乱したリリアーナがよだれを垂らしながら、俺の背中に張りつく。あ、こら、おっぱいを揉むな。


「リリアーナさん!?」


「申し訳ございません。一生懸命なあまり手が滑ってしまいました。いかような罰もお受けします! 鞭などどうでしょうか? どうでしょうか!?」


 ハアハアと怖すぎるわ。


 チート武器のバフ効果で強化されている腕力を駆使して、リリアーナを最優先で引き剥がす。


 しかし時すでに遅かったらしく、先ほどの所業を目撃したアニータたちがヤバいくらいに瞳をギラつかせていた。


「……いい加減にしないとグレネードランチャーを装備しますよ?」


 不穏な空気がたちまち霧散するものの、代わりに漂うずるいと言いたげな空気。


 慕情を感じてはいても、これまで寝所に潜り込まれたりなどはなかったが、リリアーナによって徐々に現実味を帯びてきそうだ。


「まずは生存者を探しましょう」


 巨大イノシシは暴れるのに夢中で、こちらが多少騒いでも気にしない。


 それを利用して背後からこそこそ近づき、右脚に狙いを定めてファイア。


 胴体に比べて脆い脚の破壊に成功し、素早い動きを封じたところでのヘッドショット。超リアルなVRゲームをやっているかのような爽快感がたまらない。


「さすがです、ベアトリーチェ様!」


 リリアーナからさすベアを頂戴して鼻高々になっていると、ぞろぞろ集まってくる兎型の魔物。


 以前に倒した時同様に可愛げは一切なく、体も大きい。なによりイノシシと比べると個体数が圧倒的に多い。


 おかげで瞬く間に包囲されてしまったぞ。


「姉御、どうすれ……あ、これ、ヤバイ」


 おやおやアニータ嬢。どうして絶望しきった顔になるんだい?


 これからが見せ場じゃないか。さあ、カモン!


「きてください、グレネードランチャー様!」


 ウキウキしすぎて様付けで呼んじゃったぜ。


 期待に応えてグレネードランチャー様が登場し、気分は最高。


「アアッハハハアアア!」


 衝動のままに笑い声を木霊させ、目に付いた魔物を片っ端から燃やしていく。


 魔物は人間と違い、恐れを知らずに向かってくる。まるで後退すれば死あるのみといったような感じだ。


「的がたくさんで素敵です! ああ、これを地上の楽園と呼ぶのでしょうね」


「それは姉御だけだと思う」


 アニータが毎度恒例のドン引きぶりを全身で表現しつつ、それでも俺のすぐうしろを離れない。リリアーナやメルティたちも続いている。


 護衛はどうしたと思わないでもないが、獲物を横取りされないのは素晴らしい。拍手を送ってあげたい。忙しいのでしないけども。


「ほらほら、もっと増援を呼んでくださっていいのですよ。こちらの弾は尽きないのですから。アアッハハハアアア!」


 村に巣食っていた魔物を一掃しても、帝都方面からぞろぞろやってくる。


 それらが一段落した頃にはもう夜で、グレネードランチャーを没収されて自分を取り戻した俺の指示で村を探索するも、生存者はひとりもいなかった。

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