第27話 急報

 レイナードが新国王として即位し、先代が犯罪者として身分を平民に落とされた上、隣国に送られて一ヶ月ほどが経過した。


 その間は特になにもない。


 俺は武器をすべて没収され、さらには仕組みが不明でも、いつでも呼びだせると知られたせいで、常にアニータとメルティが傍にいるようになった。


 他の元山賊団の面々も、現在は俺専用の侍女兼護衛として働いている。


 コルセットだけは断固拒否し、ゆったりめのドレス姿で、今日も自身に宛がわれた部屋でだらけ三昧。


 社畜の頃は憧れまくった日々だが、いざ現実になるとすることがない。


 向こうの地球が恋しくなった頃、部屋のドアがノックされた。


 メルティがテレサへ応対に行かせ、自分はアニータと一緒に俺の一歩前で左右に立つ。


 どうやら隣国のアグーから手紙が届き、兵士が持ってきてくれたらしい。


 テレサが中身に異変がないのを確認し、俺に手渡してくれる。


「兵士の方が自分で届けてもいいと思うのですが……」


「いいえ、ベアトリーチェ様。皇太后たる者、威厳を大切にしなければなりません」


 メルティのにっこり笑顔には、有無を言わせぬ迫力があった。


 言葉通りの意味もあるだろうが、正確には俺を見ると兵士や使用人が怯えるので、それなりの時が過ぎるまではおおっぴらに出歩いてほしくないというものだ。


 一度冗談半分で、グレて暴れてみようかと愚痴ってみたら、レイナードが走ってきて、泣きそうな顔で勘弁してくださいと頭を下げた。


 どうやら俺は、またしても大多数の人間のトラウマとなったらしい。


 助かった兵はそれなりにいたが、チート武器のグレネードランチャーの直撃を受けたのだから、かなり運のいい部類に入る。


 俺が笑いながら乱射したのを見た人間には、笑い声を聞いただけで失禁する者までいるのだという。


 そこまで聞いては勝手もできず、籠の中の鳥ならぬ軟禁皇太后として生活中である。


 そんな中に貰った手紙というのは、最高の暇潰しになりうる。


 だが見かけに反して、アグーの綺麗な字を目で追っていくうちに頬が引きつり始める。


 俺のその様子に、アニータがどこか不安そうにする。


「どうかしたんですか?」


 侍女生活で盗賊っぽい口調もだいぶ改められている。ナスターシアの抜き打ちチェックで失格すると、お仕置きが待っているので必死に頑張ったらしい。


 ちなみにどんなお仕置きなのかは、いまもって教えてもらえていない。


「あの婿養子なのですが……どうやら向こうでの生活に順応してしまったみたいでして……」


「順応……って、そういうことですよね?」


 アニータの確認を、首を縦に動かして肯定する。


 今では先代も含めた三人で、ところかまわずにイチャつきまくっているらしい。


 リュードンとは違う理由で、ガーディッシュにもトラウマを持った兵士が量産されそうである。


 俺には理解できない趣味なので、当然のごとくため息が漏れる。


「やはりあの時、確実に仕留めておくべきだったかもしれませんね。いっそ国ごと滅びた方が世界のためなのではないでしょうか」


 そんなふうにのたまったせいなのかは不明だが、ドアが激しくノックされた。


 テレサが開けるなり、伝令の若い兵士が飛び込んでくる。


 城勤めができるのは、基本的に貴族かその関係者が多い。兵士も貴族の三男、四男が多いので、身なりはしっかりしている。


「大変です! ガーディッシュ帝国が魔物によって滅ぼされました!」


 伝令以外の物言いたげな視線が、一斉に俺を捉える。


「さすがに私のせいではないと思うのですが。いくらなんでも話したことがすぐ現実になるなんてありえないでしょう」


「そうだけど、姉御ならありえそうじゃないか」


 驚いたせいか、アニータ嬢の地が出ている。


「無理です。そんなことが可能であれば、アニータさんに奴隷になりなさいなどと言っても現実になってしまうではありませんか」


 やれやれと肩を竦め、ふと顔を上げれば、頬を朱色に染めてくねくねする侍女がひとり……いや、メルティとテレサもか。


「ベアトリーチェ様相手なら、それもいいのかなと思いまして……」


 生活班出身のテレサは真面目だとばかり思っていたが、他の連中と付き合ううちに歪んだ願望を抱くようになってしまったようだ。嘆かわしい。


 男と女……いや、女と女でもラブラブチュッチュが基本だというのに!


「でしたら! まずは私を椅子代わりに使用なさってはどうでしょうか!」


 やたらむちむちの侍女が、どうぞとばかりに床で四つん這いになる。


「……リリアーナさんのお気持ちは嬉しく思いますが、遠慮しておきましょう」


「そんな……」


 ガガーンと擬音が聞こえそうなくらい、リリアーナが肩を落とす。


 この女、例の愛人一号である。二号以降もいたらしいが、それらはとっくに解散させられており、子がいたとしても認知していないので他人だそうだ。


「そうです。背中の座り心地なら私が一番です」


 アニータが張り合いだし、メルティがそわそわし始める。


「ならば私は背もたれ役でも構いません」


 リリアーナの言葉を聞き、そういえば俺になったベアトリーチェが、社畜時代に虐めてくれていた女どもを椅子代わりに使っていたのを思いだす。


 皆、元気だろうか。最後に見たのはホストクラブで、神輿扱いされてたっけな。


 あれ、おかしいぞ。懐かしさも会いたい気持ちも消えていく。


「もしくは足置きでも構いません。偉大なベアトリーチェ様のお役に立てるのであれば、この身はどのようにもお使いください!」


 リリアーナが顔の前で手を組み、キラキラした瞳で見上げてくる。


 初対面時はかなり若く見えた彼女だが、実年齢を聞くと十八歳だという。


 童顔にむっちりボディという男好みしそうな容姿を活かし、身分が上の貴族に取り入りつつ、最終的には王の隣を射止めた猛者でもある。


 そんなリリアーナはトラウマを抱えるはめになった惨劇の夜以降、本当に俺の侍女になっただけでなく、信奉者みたいな感じになっている。


 これぞまさしく、どうしてこうなった、だよな。


「機会があればぜひ。それよりも、帝国の現状はどうなっているのですか?」


 所在なさげだった伝令に目を向けると、綺麗な敬礼が返ってくる。


「ハッ! そのことで陛下がお話をしたいとのことです!」


 伝令の先導により、護衛も務めるアニータたちに守られながら、俺はレイナードの執務室へと移動する。


 室内は広いが、先王の使った国費を補填するために城内の調度品をかなり売り払ったので、どことなく殺風景に思える。


 レイナードは奥にポツンとある木製ながらも高級感を感じさせる机に肘をつき、申告そうに実母で筆頭侍女のナスターシアと情報を整理していた。


「お母様、よくおいでくださいました」


 対外的にはベアトリーチェが実母なので、レイナードは俺を母と呼び、ナスターシアは呼び捨てにしている。


「ガーディッシュ帝国が魔物に滅ぼされたと聞きましたが?」


 案内役を務めた伝令は仕事に戻り、俺は四人の侍女とレイナードへ近づく。


「はい。突然のことだったらしく、北の前線を突破されると、ほとんどなすすべなく蹂躙されたとのことです」


 帝城との連絡が途絶え、不安に思ったマリクを治める辺境伯が、最悪の場合は亡命したいとリュードンへ知らせを寄越したらしい。


 相も変わらず保身第一主義者のようだ。


「帝国が滅んだということは、こちらにもきそうですね」


 陸続きで遮る川もない。魔物であれば国境の山も軽々と越えられるだろう。


「それにアグーさんたちの安否も気になります」


 小さく頷きつつも、レイナードの表情はどこか晴れない。


 まさか父親を案じているのだろうか。


 とことん腐り果てていたみたいだから、いっそ魔物の餌にして食あたりでも起こさせればいいと思うのだが。


 いかん。思考が物騒になってる。チート武器は装備していないのに。


 本物のベアトリーチェがいたら、それがそなたの本来の性格であろうとか言われそうだな。そうなのだろうか。違うと信じたい。


「帝国の生存者からは救援を求められていますが、私たちとしても先代の王に協力した貴族を粛清したり、当主を交代させたりしている影響で、救援どころか魔物の大群に襲われれば滅ぶかもしれません」


 どうやら表情が暗かった原因は、自国の未来を案じるがゆえだったようだ。


 まあ、あの婿養子のせいで王女として育てられるはめになっただけでなく、腐れ汚物皇帝に嫁がされたんだもんな。よく自分の手で討たなかったものだ。


 しかも同じ目に合わせてやろうと、ナスターシア主導でガーディッシュへ送りつけてやれば、あっさり順応してよろしくやっていた。


 血が繋がっていても、親だとは思いたくないだろう。


「わかりました。それでは私がガーディッシュへ赴きましょう。多少は土地勘がありますし、アグーさんたちが生き残っていれば連携も取れます」


 真面目に言ったのに、どういうわけかアニータがジッとこちらを見ている。


「うふって笑わなかった」


「ですから、私を戦闘狂扱いしないでほしいのですが」


 申し合わせたような全員のジト目を浴びる。


 ちょっとだけ癖になりそうな自分に、悔しいビクンビクンと……はならないな、うん。


「それに今度こそは破壊衝動に負けず、自らを律して見せましょう。そうすればアニータさんを始め、皆さんの懸念も解消されるはずです」


 背筋をしっかり伸ばし、椅子から立ち上がってこちらを迎えていたレイナードの目を見る。


「しかし……お母様には王族の血を残す役目も……」


 分家はあれど、本家の生き残りはベアトリーチェだけだ。レイナードは実子ではなく、婿養子には王家の血自体が入っていなかった。


 なので期待される役目が大きいのはわかるのだが、子孫を残す行為に励むのはノーサンキューである。心の底からノーサンキューである。


「血にこだわって国を潰してどうするのですか。それに分家にも少なからず血は繋がっているのですから、レイナードさんがその家の女を娶ればよいのです」


 ナスターシアも俺に子を望んでいるみたいだが、応えるつもりは微塵もない。


 なのでここは押して押して押しまくる。


「それに私は子を産むには年齢を重ねすぎました。レイナードさんが軽々しく動けない代わりに、王族として最前線で指揮する方が国の役に立つでしょう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る