第26話 続・トリガーハッピー

 一命をとりとめたらしい婿養子を置き去りに、俺はアニータを背中にしがみつかせたまま、勝手知ったる城内をズンズン歩く。ベアトリーチェの記憶をフル活用だ。


 目指すは最上階の奥にある王妃の部屋。


 護衛の兵をショットガンで吹き飛ばし、分厚いを扉を蹴り倒して入ると、案の定愛人がいた。


 いつの間に夜になっていたのか、バルコニーに続く窓からは月の光が差し込んできている。


 風景は綺麗だが、暗殺の心配とかしなくていいのだろうか。


 まあ、俺の知ったことではないか。所詮は的だし。


「こおおおんばあああんはあああ」


「ひい!?」


 淑女らしい微笑みを浮かべて挨拶したのに、愛人一号は人の顔を見るなり露骨に怯えだした。


「どうしてそんな顔をするんですかあああ? せっかく会いにきたんですよおおお? 楽しくお話をしましょうよおおお?」


「だ、誰か! 不届き者を成敗なさい!」


 王にチヤホヤされて、王妃になったつもりの女が声を張り上げる。


「今日はいい夜ですからね。護衛の皆様もぐっすり眠っていらっしゃいますよおおお? ちょっと焼けてますけどねえええ!」


 言い終えるなり、適当な調度品に焼夷弾をドン。粉々に砕け散った破片が近くへ飛んだのを受け、立ち上がっていた愛人が腰を抜かした。


「困りましたねえええ。そんな様では的になれないじゃないですかあああ! ほおおおらあああ、早く立ってえええ、逃げないとおおお」


 右隣にファイア。ついでに左隣にもファイア。


「なによ、これ、なんなのよおおお!」


 取り乱して泣き出した。


 髪の毛をかきむしりそうな勢いだが、俺が求めてるのはコレじゃない。


「ピーピー泣くんじゃなくて逃げるんですよおおお! 人を亡き者にしようとしたんです。反撃を受ける可能性くらい考えてましたよねえええ!?」


「違うの! あれは陛下が勝手に……!」


「いいから逃げろっつってんだろうがあああ!」


「ひいいッ!」


 目の前への着弾を受けて飛び上がり、すぐさま逃げようとして、室内で響く爆音によって目を覚ました赤子がギャン泣きする。


「ああ、坊や! この母が守ってあげますからね!」


「素晴らしい! なんて素晴らしい心がけでしょう! 私、感動しました! とてもとても感動しました!」


 何故か期待するような目を向ける愛人一号。


「何発食らっても我が子のために身を捧げ、逃げ続ける。それこそ的の鑑! 私、あなたにとてつもなく濃い友情を感じます!」


「あなたには人の心がないの!?」


「ベアトリーチェを蹴落とした者がそれを言うのですか? 取り入るのが上手いだけの下級貴族の娘が、取り入るのが上手いだけの王と夢を見られたのです。よかったですねえええ! 幸せな気分で的になれますよねえええ!」


「いやあああ!」


 なにやら水音が聞こえると思ったら、愛人一号、盛大に失禁中。


「いい声ですねえええ! 聞いていると達しそうですよおおお! あああ、もっと素敵な悦楽に浸りたいいいい!」


「助けて! お願い! 助けてくださいいい!」


 愛人が俺のうしろにいたレイナードを見つけるなり、赤子を両手で抱いたままでのスライディング土下座を決行。


 床に敷かれた絨毯から煙が立ち上りそうなくらい、せっせと額を擦りつける。


「二度と逆らいません! 息子への王位もいりません! なんでもします! いいえ、なんでもさせてください! ですので、どうか、どうかお慈悲を!」


 必死である。この愛人、とてつもなく必死である。


 そして俺も必死である。


「なにを言ってるんですかあああ? 仕事を放棄しないでくださいよおおお! 人生で最後の輝かしい的になる仕事ですよおおお? 嬉しいですよね? 嬉しいですよねえええ?」


「ごめんなさいいい! 私が思い上がってましたあああ!」


 今度は俺に向かって土下座。靴でも舐めそうだ。


「あの、知ってますか!? 王は国費に手をつけて、色々な物を私に買い与えてくださってたんです! それも全部、王妃様のせいにしていたんです! 悪い男ですよね!? 全部、あの男のせいなんです!」


 愛人が自分可愛さに婿養子の罪を暴露し始めた。愛はないんか。


 あるわけないよな。所詮は金と権力で結びついてただけだろうし。


「横領した挙句に、王妃へ罪をかぶせて追放。その前に王女が男だったのを気付いていながら、隣国へ嫁がせたというのも追加しましょう」


 ナスターシアが前に出て、くるりとレイナードを振り返る。


 レイナードは王子らしく厳かに頷くと、愛人の横に片膝をついて、震えっ放しの背中を優しく撫でた。


「その子は、父親は違えど私の弟です。王族としてしっかり遇しますので、心配なさらないでください」


「ああ……ありがとうございます! この子は次代の王を支えるための側近として、しっかり育てます。決して裏切りません!」


 感動にむせび泣いているところ申し訳ないが、それでは困る。


 俺が困る。


 実に困る。


 だって燃やせない。


 せっかくの的を撃てない。


 欲求不満でおかしくなりそうだ。


「私も鬼ではありません。赤子はそのようにいたしましょう。赤子は」


 愛人をチラリと横目で見ると、面白いくらいに震えだした。


「わ、私、こう見えて、というか、見た目通りに、人に取り入るのだけは上手いんです! その力を活かして、今後は王妃様のために働きます! きっとお役に立ってみせます!」


 とんでもない早口だ。よくつっかえずにスラスラ言えたものである。


「いやですねえええ、王妃はあなたじゃないですかあああ。王の罪は王妃の罪、その身で贖うのが当然ですよねえええ!?」


「ひッ……おやめください! お許しください! ベアトリーチェ様あああ!」


 なにやら的が叫んでいるが気にしない。


 今を逃せば撃てなくなるような気がするので、引き金にグッと人差し指を食い込ませる。


「姉御ッ!」


 アニータが俺の肩を掴み、狙いがズレた。


 おかげで焼夷弾は愛人のすぐ隣を通り過ぎ、窓に当たって炎を巻き散らす。


「……」


 愛人の黒目が消失し、白一色となったところで口から泡がブクブクブク。


 漫画やアニメでしか見ることのなかった、実に見事な失神ぶりである。


「アニータさん?」


 どういうつもりかと視線を向ければ、ビクッとするアニータ嬢。


 しかし確実に意識は逸れており、その間にメルティたちが一致団結して俺の手からグレネードランチャーを奪った。


 途端に戻ってくる、先ほどまでに比べればずっと冷静な思考。


 言葉を発さずに、周囲をぐるりと見渡してみる。


 騒ぎを聞いて集まってきた兵士も侍女もガクブル中。床にへたり込んで立てない者もちらほら見える。


「……計画通り」


「嘘はおやめください、ベアトリーチェ様」


 決めポーズ付きでとりあえず言ってみたが、意外と毒舌なナスターシアが即座に切り捨てた。


「心外ですね。私が本気で婦女子や赤子に手を下そうとするはずないじゃないですか。アニータさんなら信じてくださいますよね?」


「え? あ、ええと、その……そんな感じが、しなくもない……かな?」


 明らかに本心は違うとわかる弁護である。というかほとんど弁護になってない。


「アニータさん、私は悲しいです」


 相手の肩を叩き、髪を撫で、頭を胸に抱き寄せる。


 ぽよんとした感触を頬で味わった、女性好き疑惑のあるアニータは途端にデレデレになる。


「先ほどの言葉は本心ではないですよね?」


「もちろんだよ。姉御は優しくて柔らかい素敵な女性だよ。ベアトリーチェ様万歳。リュードン王国万歳」


 淀みない賞賛をうんうん頷きながら聞いていると、何故かレイナードとナスターシアがマジかよ、みたいな顔をした。


 なにやらよくない流れなので、自らの所業をうやむやにするためにも、愛人に罪をすべて吐いてもらうことにしよう。


 そうして自供を求めれば、出てくる出てくる悪行の数々。


 ついでにレイナードが近衛兵を連れて王の私室を調べ、横領や不正の証拠を発見。

 ナスターシアがこれで連中を潰せると不敵に笑う一方で、黒ずくめが肩を落としていた。


「あの……どうかなさいましたか?」


 グレネードランチャーとショットガンを没収されただけでなく、武器を持てないように、アニータとメルティに手を握られながら問いかけてみる。


「いつか一族の仇を取ろうと、危険を顧みずに生き残った同胞が王の領地などで内偵を進めていたのですが……こうも簡単に……」


 武力解決されてショックなんですね。わかります。


 声からして少女みたいだが、きっと家族との涙の別れなども経験してきているのではなかろうか。


 ごめんね。高笑いしながらのグレネードランチャー乱射で解決しちゃって。


 言葉にはできないので内心で謝りつつ、命を繋いだ王の処遇に話は移る。


 王は犯罪者として自分の私室に連れてこられたが、抵抗するでもなく左右を近衛騎士に拘束されてグッタリしていた。それでもイケメンなのはずるいと思う。


「やはり私がされたみたいに、王位を剥奪して追放するのが妥当でしょうか」


 ポツリと呟けば、ナスターシアが顔を輝かせた。


「素晴らしいお考えです。レイナード様へ王位を譲ったのち、ガーディッシュ帝国へ送りましょう。特に先々代の皇帝がお喜びくださるはずです」


「先々代?」


 処遇が決まって牢へ引きずられていく婿養子を眺めながら、ナスターシアにどういうことか聞いてみる。


「あの変態先代皇帝の親だけあって、好みがよく似ているのです」


「それはまさか……」


「ウフフ、いい気味です。ガーディッシュへ一緒に渡す書状には、王族でもなければ我が国の民でもないので、好きに扱ってくださいと記しておきましょう」


 殺せないのなら、尊厳を破壊しようと目論む姿はまさに悪魔。


 俺はナスターシアをあまり怒らせないようにしようと決意しつつ、後日に即位するレイナードに合わせて皇太后となるのが決まった。

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