ハッピーハロウィン!

槙野 光

ハッピーハロウィン!

「タケさん! タケさん! トリック・オア・トリート!」


 休日。朝起きて台所にいくと、ユヅルが白いシーツを被ってやってきた。


 ああ、床に引きずってるし、それはどこから持ってきたんだ? まさかベッドの上? 


 いろんな疑念が浮かんだが、シーツの下でユヅルが楽しげに笑ってるんだと思うと急激に萎えていった。単純だなって心の中で自分に呆れつつユヅルの頭に手を伸ばし、ぽんぽんと頭を軽く叩く。


「はいはい。……で、何が食べたいんだ?」


 俺が訊くと、ユヅルは待ってましたと言わんばかりに纏っていたシーツをもぞもぞと脱ぎ取って、俺の腰にがばっと勢いよく抱きついた。


「フレンチトースト!」


 瞳を爛々と輝せてユヅルが言うと、同調するようにユヅルの腹がぐうぐうと鳴った。

 ユヅルが「えへへ」っと淡く頬を染めてはにかむ。


 ユヅルはきっと、食パンがどうやったらフレンチトーストになるのか知らない。本来はパッと作れるもんじゃないんだぞ、と軽いため息を漏らしつつ、愛らしい姿を見ていると何も言えなくなってしまう。


 俺はとりあえずエプロンの紐を腰で結んで、冷蔵庫から卵と牛乳を取り出した。


 まずはボウルの中で卵を割ってよく混ぜて、山盛りの砂糖と牛乳を入れてさらに混ぜる。しっかりと混ざったら耐熱皿に移して、二等分にしたパンを卵液に浸したままレンジで温める。500wで片面1分ずつ。そして、バターをたっぷり溶かしたフライパンの上で、両面が狐色になるまでしっかりと焼いて、最後に蜂蜜をかけたら出来上がり。


「はい、どうぞ」

「わあ! 美味しそう!」


 黄金色に輝くフレンチトーストを前にユヅルが声を跳ね上げて、顔いっぱいに笑みを浮かべながら勢いよく両手を合わせる。

 

「いただきまーす!」


 俺はホットコーヒーと砂糖なしのフレンチトーストをテーブルの上に置く。ユヅルの向かいに腰掛けると、日差しに照らされたアイスのようにどんどんと緩んでいくユヅルの顔がはっきりと見えた。


 もぐもぐと咀嚼し、はあ〜と深い吐息を漏らす。


「幸せの味だあ〜」

「大袈裟だな」


 コーヒーを飲んでふっと笑むと、「大袈裟じゃないよ」とユヅルが顔を引き締める。そして、目元を和らげて大きく笑った。


「だって、タケさんの愛情がたっぷりと入ってるんだもん」


 てらいのないユヅルの言葉に、胸の奥から暖かさが滲み出る。掛け替えのないこの時間が幸せだなってつくづく思う。


 ユヅルにとって俺のフレンチトーストが幸せの味なら、俺にとってユヅルの言葉は幸せの音なんだろう。


 ユヅルと出逢うまでは、ハロウィンなんて気にすることがなかった。ニュースを見たり街中で仮装をしている人とすれ違って、ああ、そういえば今日はハロウィンなんだなってやっと気付くぐらいで、所詮、誰かと集まってはしゃぎたいが為のつまらないイベントだなって冷めた目で眺めていた。


 でも今は、ハロウィンも案外悪くないなって思う。


「タケさん、タケさん! ハッピーハロウィン!」

「はいはい、ハッピーハロウィン」


 大好きなきみが、側にいてくれるなら。

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ハッピーハロウィン! 槙野 光 @makino_hikari

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