管理と支配の違いとススメ。

さんまぐ

管理と支配の違いとススメ。

20XX年。

遂に人類はAIに管理してもらう世界を手に入れた。


良し悪しは別として、色々な所でそれらは受け入れられた。

古い老人達は不満を口にして、AIの管理をAIの支配と言い出した。

そんな老人に限り、AIからの管理を放棄させて、それ以外の日本人は皆AIの管理を受け入れさせた。


良い点は持ち出せばキリがない。

健康管理もAIが行い、進学も就職もAIが希望を聞いて、その希望に沿って本人適性に合わせて行う。

病院の予約も学校や会社の休暇申請もAIが行ってくれる。


とにかく、40代の中年世代はAIが参入した時に飛んで喜んだ。

AIが学習した中で、人々の不満に多かったのは片手落ちの公共事業や社会ルールだったからだ。


熱が出たら通院して。

インフルエンザだと言われたら仕事を一定期間休む。


そのルールにも関わらず、休めない会社、休める会社、休めない人間、休める人間がいて、様々な理由はあったが、とにかく平等ではなかった。


AIが不調を検知して、休むように促し、会社に連絡をして病院の予約を取る。


自己決定や自己責任が薄れるなんて声も出ていたが、それ以上に調子が悪いから医者に行く、休む、と言った当たり前の事ができたことに、不調が顕著に現れる40代は喜んでいた。


健康診断にしても喜ばれたのは、健康診断が行われて検査結果が悪くても、診断結果の書類には再検査と書かれるだけで何も変わらない。仕事を休めと言われるが休めない。再検査の結果が悪くて病魔に冒されていても、急な欠員は困ると言われて手遅れになるケースもあったし、そもそも再検査の病院が間違っているケースもあった。


健康診断が国民全員に義務化され、それをAIが一元管理をする事で、検査結果に問題があった時には、AIが正しい病院の手配も済ませ、家事代行、ヘルパーの手配、仕事の調整もしてくれている。


それだけではない。

仕事も適性に沿ってAIが見つけてくれる。

流石にアイドルになりたい、スポーツ選手になりたい、歌手になりたいなどは無理だが、最低限の希望職種を聞く事もしてくれて、どの業種にしても最低賃金の補償もあり、なにより周りのくだらない反発があっても「AIが選んでくれた」という錦の御旗があれば、案外悪く言われることもなくなるし、心無い悪口もAIが収集して耳に入らないようにしてくれる。


AI元年は最早人類の春だと言われた。

日本をモデルケースとして、次々と世界各地にAIを普及させていこうと、日本の新たな産業だと言われていた。


導入前から散々言われたが、対人面はAIの独壇場だった。


学生時代の友人から交際相手、結婚に至るまでAIの補正が入る。


子供同士のいざこざも、AIが見ていて善悪の判断もしてくれる。犯罪行為の前には「これは犯罪行為」だと警告も入るし、実行されそうになっても間に合えば警察や周りの大人も止めに入る。

いじめ問題も軽微なものはほとんどなくなり、問題の洗い出しまでAIが行えば、家庭内の問題なら家庭に手が入り、子供個人の問題なら、いじめた子供の方が特別カリキュラムを用意される事になる。


友達を作る行為にしても、興味深そうに相手を見ていると、AIから「遊びに誘ってみますか?」と言う質問と共に、相性が数値化されて表示される。

初めは眉唾でも…正確な結果を得られ続けるとAIへの信頼度はグンと上がる。

相性のいい友達たちといられる事で成績も向上し、人生の幸福度も上がる。


AIがお勧めしたからといえば、男女仲ですら邪推されずに済むので、本当に相性の良い人達と遊べるし、嫌な思いをすると、AIが言語化を手伝った上に相手に伝えてくれて、相手も学習するし、改善が無理な点は無理と出て、今後どうするかを決められる。


これは結婚の部分にも行き渡り、幸福な結婚が増えた。


恋愛結婚、お見合い結婚、そこにAI結婚が追加されるようになり、すぐにAI結婚が殆どを占めるようになる。

外見重視主義者達も、相性よりも外見を選び、多少の苦難すら受け入れる。

コレが可能なのはお互いに相性が違うからで、自分から見た相性が50%でも相手から見た相性が80%なら受け入れられたりする。


食事や運動も適切な管理がされる。

個人の能力にもよるが、宅配事業と連携して食材が家まで配達されて調理する場合もあれば、出来合いが家まで届く場合もある。

これにより肥満なんかも減る。

肥満が減れば国全体の医療費も浮く。


なぜ今までやらなかったのか?そんな声すら聞こえてくるようになる。


そんな世界でも100人いたら100人全員が幸せになるなんていう事は難しい。

それこそAI支配なら上手くいくかもしれないが管理の限界だった。



・・・



細谷慶介17歳は正に今、AI管理の限界を体現していた。


周りより性欲が強い。

それは自分も認めている。

街中の監視カメラと、腕や足に装着する体調を常にモニターする端末。

AIはそこから不調を読み取ったりする。


徹底管理をしても支配ではないので自由はある。

肥満防止と言われていても、コンビニエンスストアは健在で、24時間お客様を待っていて、食べ物や飲み物を用意してくれている。


細谷慶介は年齢確認なんて野暮な真似はしない、昔から街にある古本屋で成人雑誌の中古品を買って帰り、性欲を発散させていた。


慣れは怖いもので、いきなり着用を求められた20代や30代は、トイレの回数がバレる事すら恐れていたが、子供の頃から着けていれば恥も何も感じない。


細谷慶介はモニターされていても気にせずに発散させるし、電車に乗れば向かいの座席に座る女性のスカートの中や首元、素肌の部分に目がいく。


そうなるとAIから端末に「今週は8回目。欲求が溜まっています。解消を提案します」と表示されて、下に三つの選択肢が表示される。


・スポーツで発散させる。

・政府公認の性的な施設に行く。

・提案を受けない。


流石に16歳でこの表示が出た日。

細谷慶介は本音を抑えて「スポーツで発散させる」を選択した。


スポーツも悪くなかった。

AIが適性を見て、近くのスポーツ施設なんかを紹介してくれる。陽気な連中以外でもAIが勧めてくれて、AIが能力を数値化して相手に伝えれば、「このくらいの人なのね」と納得されて、ミスをしても「ドンマイ」と言われて、トラブルにならずに楽しめる。


だが、いくら爽やかな汗を流しても、細谷慶介のムラムラは収まらない。


もう高校2年になる頃には我慢ができずに、政府公認の性的な施設に行きたくて、狂ったようにタップした。

そこには自分と同じで、性欲が強い男女が集められていて、本番行為なしで解消出来るようになっている。

これさえあれば犯罪は減るし、逆に細谷慶介のような存在は、少子化を更に止める存在として重宝される。

AI結婚が主流になると少子化も抑制され、人口推移は緩やかにマシになっていく。

だがまだ緩やかで、中には子なし夫婦を選択する家庭もあるし、AIから身体的な問題を理由に、子供を勧められないと警告される夫婦もいる。

なので細谷慶介のような、子沢山がありえる人間は貴重なのだが、邪魔をする存在がいる。


細谷慶介の母である。

未成年、学生である間は政府公認の性的な施設に行くのに、保護者の同意が必要になる。

細谷慶介の母の元には、AIから「息子さんから承認を求められています」というアナウンスの後に【許可】、【拒否】、【カウンセリングの予約】が表示される。


許可を出せば息子は施設へと行き、性欲を発散させてくる。

拒否をすれば拒否を選んだアナウンスが息子に届く。

何よりカウンセリングが一番嫌だった。

一度押してみたが、カウンセラーから、息子さんの個性を受け入れてやれと言われるだけだった。どれだけ息子が性獣なのが嫌かを訴えても、「それは息子さんの個性、多様性を受け入れられない、お母様の気持ちの問題なんです」で片付けられる。


「薬でもなんでも使ってやめさせてください!」と声を荒げれば、AIから別のカウンセリングを勧められる。


細谷慶介の母は周りの目を気にして生きている。

だから見た目なんかを無視した、相性抜群の夫と暮らして、平和な日々を手にして、ようやく穏やかだったのに、授かった息子が成長して男に変化したら、暮らしが一変してしまう。


同じく通知が届いた夫は、早々に「行ってこい」と言いながら許可したが、細谷慶介の母は息子の施設行きが許せなかった。


何故そこまで頑なになれるのか、それはテレビで見かけた「なぜ?」というバラエティ番組が原因だった。

成績優秀、文武両道、端正な見た目で女子受けもよく、特待生で国立大学へ入学し、躓くことなく卒業し、将来も明るかったのに、「なぜ、セクシー男優をやっているのか?」と言ってテレビに出た、イーグル細谷というセクシー男優を見てしまったからだった。


また細谷の苗字も良くなかった。


イーグルは自分の押さえきれない性欲を解き放った時、勉強に身が入り、全てが好転した。


そしてAIが勧めてきた仕事の中に、一流企業の営業マンなんかに並ぶセクシー男優を見た時、コレしかないと思い、セクシー男優の道を選んでいた。


過去を振り返り、高揚感に包まれた顔のイーグル。

勿論、AIが管理するようになり、職業差別は殆どなくなった。

差別がなくなれば、実はやりたかったと言って出てくる者はいるし、収入補償まであれば一気に人気職になるものもある。

不要な仕事は淘汰・差別されるが、セクシー男優はある種才能がないと続けられない仕事で、イーグルのように目鼻立ちが整っていると、俳優もやるし、今度は声優デビューもすると言っていた。


だが細谷慶介の母にはそれが受け入れられなかった。

幼い頃からの教育により、職業差別はないが、一流企業を蹴ってのセクシー男優は理解不能で受け入れられなかった。

AIに「心が乱れています。番組の視聴をやめる事をお勧めします」と言われ、言われるままにテレビを消し、その晩には嫌な物を観たと夫に呟いていた。


それが細谷慶介の不幸だった。

理解のない母が、無配慮で無情に押す拒否。


マンション住まいなので、廊下の先、自室から息子の悲鳴が聞こえてくる。

母親からの拒否に頭を抱えているのがわかる。

それでも細谷慶介の母は許可を押す気はなかった。


毎日毎日、承認を求められる。

毎日毎日、拒否される。


辛さを訴えて直談判もしたが意味がなかった。

お互いに言葉の通じる宇宙人と話している気分になる。


早く成人して、早く学校を卒業して、早く扶養家族から外れたい。

そうすればいくらでもそういう店に行ける。

早く成人して、早く学校を卒業して、早く扶養家族から外れて欲しい。

そうすればいくらでもそういう店に行ける。


細谷慶介は流石に無許可でやっている野良の店に行く勇気はない。

病気の有無から金銭でのトラブルまで、多岐にわたる不安を抱える気にはなれない。


彼女を欲しいと思っても、今の細谷慶介は彼女を愛する存在ではなく、性の捌け口にしてしまうので、AIが警告付きで強めに止めてくるし、細谷慶介を良いと思う女子にも「現在、彼には特別な悩みがあり、相応の覚悟が必要」と警告されてしまう。

17年間、AI頼みで生きてきて、AIを信頼していれば、淡い恋心はいとも簡単に「やめておく」を選択してしまう。


AIは無責任ではない。


今日も提案をして、受け入れて、母親に拒否される。

全ては細谷慶介の母が問題で、一度の許可で全てがうまく行く。


だがこの世界はAIの管理であって支配ではない。

その結果、細谷慶介はこれから半月後に起こしてはならないトラブルを起こすことになる。


そして未成年として刑は軽いが、被害者の心には深い傷をつける。

細谷慶介も心に傷を負う。


警察と行政が調査すれば、細谷慶介の行動履歴は明かされて、母親が原因だとすぐに白日の元に晒される。

それはひと組の親子の問題ではない。

AI管理ではなく、AI支配を望む連中の格好の餌になる。


国会では、すぐに議員が「管理なんて甘い事を言うから、彼のような被害者が出てしまうんです!高校生の彼も被害者なんです!最後の決定の部分を人に委ねるからこうなる!AIがそのまま彼を施設に連れて行ってあげていれば、こうはならなかったんです!」と声を荒げた。

それが後の不幸になったとしても議員は声を荒げていた。


(完)

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