flexible body

dede

柔軟性に乏しいお姉さん


「固っ!?」


 近年の運動不足を解消しようと、ジャージ姿で運動場で柔軟運動をしていたら、一緒に付いてきたカッちゃんにビックリされた。


「お、オトナなんてこんなもんだよ……?」


 私は震える声で言い返す。

 前屈したら膝の少し先で指先がプルプルしている。もっと先にと気持ちは向かっているのだが体がついてきてくれない。正直今でも辛い。


「いやいや、さすがにそれはひど過ぎるって。ナミってば固過ぎ」


 そう言ってカッちゃんは私をせせら笑う。私の弱い所を発見できて嬉しいらしい。


「カッちゃん笑い過ぎ。あと、何度も言うけど。オトナに向かって呼び捨てにしない。『ナミさん』かせめて『ナミねーさん』にしてくれない?」


「いいだろ? ナミはナミじゃん」


「まったくもぅ」


 このやり取りもすっかり飽きた。最近はずっとこうだ。昔は『おねーちゃん』と言って懐いてたのに、小憎たらしく育ったものだ。


「そういう自分はどうなのよ?」


「おれ?」


 するとカッちゃんはその場に足を伸ばして座ると、グググと前かがみになり……


「柔っ!?」


 胸が膝についていた。


「え、膝に胸がつくなんて人体の構造的にありえるの……? そんなにまっ平らな胸してるのに」

「いや、おれに胸があったらおかしいだろ? へへ、こんな事もできるし」


 調子に乗ったカッちゃんはそう言うと、今度は足を開いて前のめりになる。すると今度は地面に胸が付きそうになっていた。足なんてほぼ180度開いてる。それを特に苦し気な様子もなくカッちゃんはやってのけた。


「え、あれ? 私の知らないだけでバレエとか習ってた……?」

「習ってねーよ。というか、さっきから女の子みたいに言うの止めろよな」

「若い身体は軟らかくて羨ましいわー」

「子供扱いはもっと止めろよ?」


 と、カッちゃんは少し不機嫌そうに言った。最近は特にそうだ。子供扱いしたり歳の差を話題にすると不機嫌になる。大人ぶりたいお年頃らしい。


「ごめんごめん。それよりさ、出来れば手伝ってくれない?」

「手伝うって?」

「背中、押して」

「あー……」


 少し躊躇った後、カッちゃんは私の背後に回ると背中に手を添えた。そして遠慮気味に力が加わえる。


「ちょっと? もっと強く押してくれないと伸びないんだけど?」

「あーもう。分かったよ」


 そう半ばやけくそのような返事が返ってくると、今度は遠慮なくカッちゃんの全体重が背中に加わった。


「アダダダッ!?カッちゃん、お手柔らかに! お手柔らかに!!」

「はい、ナミー? このまま20秒数えようっか? 呼吸は止めるなよ?」

「長い! 痛い! ムリッ!!」

「はい、いーち、にー、……」


 結局20秒、数えさせられた。

「うー、腰のあたりにストレッチパワーが溜まってきた……」

「? なにそれ?」

「え、だからストレッチマンの……え、カッちゃん知らない?」

「知らない」


 そんな!?いつ放送終了したんだ!?こういう時、世代の違いをしみじみ感じてしまう。言わないケド。


「まあいいや。じゃあ、次、開脚ね」

「え、ナミ、まだやるの? 結構ガッツあるのな。じゃあ、おれはどうすればいい?」


 私は脚を開くと、自分の正面を指差す。


「こっち来て。同じように足開いて私の足を足で抑えて。そして私の手を引っ張って」

「え……。あー、わかった」


 言われた通りカッちゃんは私の指示に従った。でも……


「ねえ、なんでコッチ見ないの?」

「別に。いいだろ? ほら、いくぞ」

「アダダダダッ!?」


 20秒、数えさせられた。

 まだストレッチをしただけなのに息切れしてる。


「それにしても急に運動し始めたの、なんで? ダイエット? 秋だから食べ過ぎた? 気になる男でも出来た?」

「失礼な。食事は気を付けてるよ。そうじゃなくて、最近肩こりがひどくてさぁ。少しでも運動で改善できないかなって」

「ふーん」

「いや、本当にひどいんだって。触ってみ?カチコチだから」

「え、いや、いいよ」

「いーや、その顔は信じてないね。いいから触って」

「あーもう分かったよ」


 カッちゃんは私の背後に回り両肩に手を添えると遠慮気味な力加減でグニグニと数回揉む。


「う、柔……」

「え?」

「あ、いや。……確かに固いかも」

「でしょ? あ、そのまま肩揉んでくれない?」

「は? 何でおれが」

「いいじゃん。本当に辛いんだよ。お願い、カッちゃん?」

「……」


 返事こそなかったものの、カッちゃんは無言で肩を揉み始めた。


「ン……。あー、気持ちいい。あ、そこそこ、そこイイよ。カッちゃん、結構上手だね。ねえ、もっと強くして貰ってもイイ?」

「……」






 しばらくして。


「……もういいだろ?お終い」

「うん、ありがとう。スッカリ楽になったよ」


 私は上機嫌で振り返るとカッちゃんを見る。真っ赤だった。


「カッちゃん、どうしたの? 顔真っ赤」

「なんでもない。それより、ナミさ、おれ、オトコだってちゃんとわかってるか?」

「え、もちろん。男の子だって分かってるよ? 急にどうしたの?」

「なんでもない。ちょっと走ってくる」

「え、ちょっと!?」


 行っちゃった。すごい勢いで運動場のトラックを回っている。この後一緒に走ろうと思っていたけど、あのペースは私ついてけないなぁ。カッちゃん、体力あるぅー。

 結局カッちゃんの体力が切れる迄、走り続けるカッちゃんをずっと微笑ましく見続けていたのだった。







 『ナミ』とカッちゃんから呼ばれる度に、『ダメだよ。オトナなんだから』と諫める日々。

 呼び捨てにされて、どうにも喜んでしまっている自分のこの感情は、一体どの私の気持ちなんだろうか。

 と、思い出しては蓋をする日々。

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