耳の聞こえない少女がアイドルになるまで。

白雪りょうや

第一話 夢

 騒がしい教室にも孤独や哀愁は存在する。誰もが友達と楽しそうに喋っている中で、そこだけ切り取れば青春と形容できるのだが、全体を見渡せばそうではない。


 極少数ではあるが哀愁を漂わせているクラスメイトだっているのだ。


 その中でも一際目立っているのが銀色の長い髪が特徴的な女の子。横顔が美しく端正。一般人とは異なる雰囲気を醸し出している一言で表すならば美少女。美少女なら普通は異性問わず人気者になる未来が想像出来るが彼女は存在が浮いていた。


 逆に目立っているのだ。外見だけならこれ程話し掛けたくなる欲求を駆り立てられる人物はいないというのに、誰一人として話しかけない。


 理由は単純明快なのだが、私はそれをあまり気にしない。


 私は教室に登校すると自分の机に荷物を掛けて、彼女の元に向かう。


 彼女――新實にいみ言美ことみと話すにはスマホが必須なので右手にスマホを持っている。


 言美の傍に向かうと彼女は小さく手を振ってくれた。その愛らしさに顔が綻ぶ。私も手を振り返すとスマホを取り出しメッセージアプリで挨拶をする。


『おはよう。今日もいい天気だね』


成海なるみちゃん。今日は曇りだよ……、私ツッコミ苦手だからボケないで』


『ごめんごめん。私、将来はお笑い芸人を目指しているからさ』


『嘘。将来は親のすねを齧る引き籠りでしょ?』


『いや、ボケにボケを返さないで!?』


『じゃあ、パティシエ?』


『じゃあって何!? 私甘い物好きじゃないけど!?』


『甘い物好きじゃなくてもパティシェになる人だっているんじゃないの?』


『そりゃいるかもしれないけど、そもそも私の夢は小説家だから! そして芥川賞を取ることが夢なんだ!』


『ふふっ。良い夢だね。応援はしないけど』


『酷いっ!? 応援してよ!』


『冗談だよ。応援してるよ。親友としてね』


『ありがとう。言美の将来の夢も応援してるね』


『……私の将来の夢は叶わないからいいよ別に』


『まぁ、そう言わずにさ。人生何があるか分からないんだし、頑張ってみようよ』


『無理だよ。だって耳が聞こえない人がアイドルになんてなれるわけないもん』


『そうかな……? 言美はめちゃくちゃ可愛いからアイドルになれると思うけど』


『でもアイドルって歌って踊らなきゃいけないでしょ? 耳が聞こえないと歌えないよ』


『卑屈にならずにさ。アイドルって言っても色んな形があるでしょ? 例えば私が歌って言美がダンスをするとか。一人ならダメでも二人なら叶えられるんじゃない?』


『成海ちゃんには迷惑掛けられないよ。だって小説家になりたいんでしょ?』


『小説家と兼業でアイドルやるから大丈夫!』


『それは無謀だよ……』


 二人で微笑み合う。この青春と呼べる日常は素晴らしいものだ。


「あの二人共」


「どうしたの委員長。私たちに何か用?」


 言美と会話を繰り広げていると委員長の女の子が話しかけてきた。


「どうしたのじゃないよ。二人共、進路希望の用紙出してないでしょ」


「あれ、提出って今日じゃなかったっけ?」


「……昨日よ」


『私もうっかりしてた。てへっ』


 なにやらあざとい文章が送られてきたが一旦無視。


 私は自分の席に戻り、リュックから進路希望調査を取り出す。そして委員長に渡した。


「……芥川賞作家ね。随分、大きな夢だけれど市瀬いちのせさんならなれると思うわ。え~、新實さんの夢は……、アイドルか」


「なに? もしかしてなれないとでもいうつもりなの?」


 委員長が無言になったのが腹立たしく私は口を尖らせた。


「ごめん。勘違いさせたね。そういうわけじゃないんだ。ただ、嬉しいなって」


「嬉しい?」


「お世辞にも絶対叶えられる夢じゃないと思うんだアイドルって。新實さんなら尚更だと思う。でも諦めずに夢を追う姿はカッコいいと思う」


『……委員長優しい』


 もしかすると私がいない時の言美を知っているから心配してたのかもしれない。彼女に対してクラスメイトは他人のような態度を取っているからだ。ただ聴覚障害者というだけでなぜ仲間意識を持てないのか。


 しかし委員長は言美にもよくスマホで会話をしているしクラス全体を俯瞰して見ることが出来ているのだろう。


「私、応援してるから。二人なら絶対に夢を叶えられるって」


 その言葉に私と言美は励まされたのだった。

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