来世
「……ちゃん、起きて! 起きなさい。今何時だと思ってるの、遅刻するわよ。早く起きなさい!」
遠くに聞き馴染みのある声がした。もう朝なの?
私はムクっと顔を上げ、携帯の時計を片目で見る。
「えっ? ヤバい噓でしょ! もうこんな時間!」
突然覚醒する。今日……学校休みじゃないよね? だよね、待って。目覚めたら家を出る五分前だったという極めて猶予のない状況に焦る。
「ねえ、なんでもっと早くに起こしてくれなかったの!」
「ずっと起こしてたわよ」
母と言い合いながら制服に着替える。こんな日に限って髪は言うことを聞いてくれず、ポニーテールにまとめようにもお気に入りのゴムが行方不明だ。
「パン食べてく?」
「そんな時間ないよ。マジでやばいって!」
とりあえず見つけた黒ゴムで髪を結わえ、リップクリームだけ塗る。
「あなたが遅いから、彼氏くん玄関のところで待ってくれてるわよ」
「は? ちょっとママ、なんでそれ先に言ってくれないのー しかも彼とかじゃないんだって、ほんとに違うからね! じゃあね、いってきまーす」
玄関を開けると、ブレザーの制服にチェックのマフラーをした男の子が寒空の中私を待っていた。
「お前、マジでおっせえ。ほら急げ、学校まで走るぞ!」
「ごめん。颯くん、待ってよー」
私は全速力で駆け出す。スクールバッグに付けている赤いリボンのキーホルダーが大きく揺れた。
今日はお隣の椿の花が咲いてるのを発見した。
冷たい風が肌を刺すから頬が赤くなってるかもしれない。少し恥ずかしい。
前を向いて、いつの間にか大きくなった幼馴染の背中を頑張って追いかける。
私たちはまだ付き合ってないけれど、この先もしかしたらふたりだけの未来があって一緒に人生を歩むのかもしれない……。そんなことを私はちょっとだけ思った。高校生にとって、未来は無限に広がっていて計り知れなかった。
「ねえ待ってー」
私が叫ぶと、振り向きながら颯が微笑んだ。
そして赤い手袋をした右手を伸ばす。だから私も笑って手を伸ばして、彼のあたたかい手をぎゅっと握った。
鬼門に影 片瀬智子 @merci-tiara
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます