6話

「それなら仲間ね! 私はヒャウラ! こっちはハヴィ! 四人で協力して検問を突破しましょ!」


 ヒャウラと名乗った少女は雪の手を取り、キラキラと目を輝かせてそう言ってくる。


(リリィさんといい、この人といい、なんでこうも不法入国する気満々なんだろ……というか四人って……仲間に入れられても困るし、ここは断って……)


 雪はそう考えたが、隣にいたリリィがピクッと反応し、すかさずヒャウラの手を取った。


「えぇ、勿論! 私はリリィ! こっちはユキよ! 私達気が合うみたいね! 仲良くしましょ!!」

「勿論!! よろしくね、リリィ!!」


 ダメかもしれない、と雪は思う。

 リリィとヒャウラは波長が合っているのか、ブンブンと熱く握手を交わしているのだ。

 一方、ヒャウラの連れであるハヴィという青年は、疲れているのかゲッソリとしていた。


(なんとなくだけど気が合いそう)


 雪はそう思い、作戦会議を始めたリリィとヒャウラを横目にハヴィに声をかけることにした。


「あの、ハヴィさんでしたっけ」

「あ、うん。そうだけど」

「ハヴィさん達は、どこから来たんですか?」

「……西の方。というか、年齢なんて同じくらいだと思うし、普通に話さないか?」

「そ、そうだね……」


 あまりにストレートに言ってくるので、やっぱり気が合わないかもしれない、と雪は思った。



 ハヴィ・スミス。

 彼は、そう名乗った。


「私は、鈴木雪。珍しい名前かもしれないけど、雪が名前で鈴木が名字で……」


 雪が名前について説明すると、ハヴィはガッと雪の肩を強く掴んできた。


「お前、まさか日本人か……?」

「えっ、あ、はい」

「アニメとか漫画みたいな名前だからすぐに分かった!! 俺の出身は、オーストラリアなんだ。つまり、俺達は同じ地球人ってことだ! あぁ、まさか、ここで同郷と会えるなんて思ってもなかった……!」


 ハヴィはキラキラ目を輝かせたかと思いきや、泣き始めた。あまりに情緒不安定なので、雪は若干引く。


「俺、ここに来るまで本当に大変で……二年前にこっちに来たんだけど、西の方は治安が悪すぎるんだよ!! 奴隷として売り飛ばされたりして……!」

「う、うわぁ……」

「んで、次はヒャウラっていうあの女に買われたと思ったら、突然求婚されて……! 異世界はとち狂ってる奴ばっかなのか!?」

「く、苦労したんだね……」

「そう!! めっちゃ苦労した!! もう泣きたい。帰りたい。姉ちゃんたすけて……」


 過去の苦労を語ったかと思いきや、また泣き始めた。しかも、発言的に姉っ子のようだ。


「ところで、ユキ」

「うん、なに?」


 泣いたかと思えば、真面目な顔をしたハヴィ。

 雪は何を聞かれるのかと身構えたが。


「日本にはサムライがいるんだろ? 姉ちゃんはいないと言ってたんだが、嘘だよな?」

「……えっ」


 あまりに予想外のことを聞かれたので、雪は目を丸くする。てっきり、異世界について情報交換したりするのかと思っていたのだ。

 一方ハヴィは、子犬のようにキラキラと目を輝かせて、雪の返事を待っていた。


「えっ、あ、うん。い、いるよ」

「だよなぁ!!」


 ハヴィがあまりに期待する目で返事を待っているので、雪はいないとは言えなかった。


「じゃ、じゃあさ! ――ニンジャもいるよな?」


 期待するような輝かしい目から、真面目な表情になってそう聞いてきたハヴィ。


「い、いるね」

「やっぱりなぁ!!」


 しかも、ニンジャもいると言ってしまった。

 ハヴィは、侍も忍者もいると生の日本人から聞いて、フンフンと大興奮している。

 雪は、少しだけ罪悪感が芽生えた。



 一方、気が合ってしまったリリィとヒャウラの二人は作戦会議が終わったようで、二人一緒に悪い顔をしながら、雪とハヴィの方へ走ってきた。


「さぁて、聞きなさいな、ハヴィにユキ! 今からアナタ達に不法入国の作戦を話すわよ!」



 時刻は深夜。

 雪、リリィ、ハヴィ、ヒャウラの四人は、ゆうに五メートルを越える真っ白な塀和の前に立っていた。


「リリィ、縄」

「えぇ」


 ヒャウラが手を差し出せば、リリィは縄を渡す。

 縄を受け取ったヒャウラは、先の方に石を縛って付けた縄を塀に飛ばし、塀の外に投げた。

 少ない言葉で相手の言いたいことを理解する様子から長い付き合いのようだが、二人はまだ出会って半日も経っていない事実。


 塀を登りきったヒャウラは辺りを見渡し、誰もいないことを確認すると両手で大きく丸を作る。


「よし、誰もいないようね。ふふ、幼い頃から街の中を駆け回っていた私を舐めちゃいけないわ。人通りがないとこくらい覚えてるわよ」


 悪い顔をするリリィ。


(昔のリリィさん、ヤンチャしてたのかなぁ)


 雪はそう思いながら、ヒャウラと同じようにスイスイと塀を登っていくリリィを見る。

 次は雪が登るのだが、思ったよりも腕の筋肉がキツかった。


(なんであの二人はすんなりと登れたんだろ……)


 雪はそう思いつつも、異世界に来てから多少なり育った筋肉でなんとか登りきる。

 最後はハヴィの番なのだが、半分くらい登ったところでリリィが何かに気付いた。


「あの忌々しい検問官が来たわ! ハヴィ、早く登って!」

「え、そんなこと突然言われましても……」

「文句言ってないで早くしなさい!!」

「せ、せめて上から引っ張って下さい……!」


 リリィの威圧に押されて涙目のハヴィ。

 三人でハヴィを引っ張り上げようとするが、ハヴィは図体があるので何せ重かった。


「ちょ、なんで、こんな重い……!」

「ハヴィの身体は立派だもの。私はね、そこに惚れ込んだのよ。うふふふ」

「ヒャウラはもうちょっと真面目に引っ張って!?」


 唐突に惚気けられたが、リリィはそんなことはどうでもいいらしく、もっと力を込めるように言う。

 そうして四苦八苦していると、検問官がこちらに気付いたようだった。


「あれ、ちょ、君達、何やってんの!?」

「やば、気付かれたわ!! ハヴィ、早くして!」

「いやだからそんなこと言われても……!」

「まあまあ落ち着きなさい、リリィ。ここは、私の力を見せてあげるわ」


 そう言ってヒャウラは、力強くハヴィごと縄を引っ張り上げた。


「ちょ……!」


 宙高く放り出されたハヴィが涙目になっているが、ヒャウラはそんなことお構い無しに、近くの建物の屋根の上にハヴィを放り投げた。


「よし!」

「ヒャウラったら凄いのね!!」

「ふふ、当たり前じゃない!」


 あまりの怪力に雪はドン引きするが、リリィはキラキラと目を輝かせている。


「でも、これでいくら強いと噂の検問官と言えどこの高い塀までは追ってこれないはずね!」


 そう言ったリリィだったが。


「よいしょ」


 検問官は、到底人間とは思えない脚力で五メートルを越える塀を飛び、雪とリリィとヒャウラの前に立った。


「えっ」


 リリィが目を丸くしている間にも、検問官はナイフのような物を取り出し、こちらに投げてきた。

「!!」

 リリィの目の前まで来たナイフは、いつの間にかに剣を抜いていたヒャウラに弾かれる。


「油断は禁物よ、リリィ」

「!! ヒャウラったら強くもあるのね!」

「ふふ、当たり前じゃない!」

「それにしても、刃物を投げてくるなんてビックリね。助かったわ、ヒャウラ。でも、ここからは任せて! 首都フローラに入ったのなら、それはもう私の縄張り! 逃げ道ならいくらでも知っているから、ついてきて!」


 リリィが塀からハヴィのいる屋根へとジャンプをする。ヒャウラもそれについていくと、屋根へ振り落とされた衝撃で気絶したハヴィを片手で持ち上げた。


(えっ、あんなに重かったのに片手で?)


 雪は、ついそう思ってしまう。

 だが、リリィもヒャウラも屋根へ行ってしまい、塀にいるのは自分と検問官のみになった。


「ユキ! 早く来なさい!」


 リリィにそう呼ばれるが、塀と屋根の距離は三メートルはある上、屋根よりも塀の方が高く、無事に到達出来たとしても着地するだけで足首に痛みが走るだろう。雪は勇気が出ずに立ちすくんでいると、検問官は先の方に刃物がついた縄をクルクルと回していた。


「君は戦い慣れてないんだねぇ」


 検問官の深く被った笠から微かに見えた目はギラギラと青く光っており、相手は今にも自分を殺そうとしていることがわかる。


「ユキ!!」


 リリィに名前を呼ばれ、雪はハッとしてリリィの方を見る。検問官は急所を狙って刃物を飛ばすが、雪が屋根の方へ飛んだことで腕を掠るだけで終わった。


「ユキ、怪我は……!」

「だ、大丈夫です。ナイフが腕を掠っただけで……」

「足が無事なら走れるわね。皆、行くわよ!」


 リリィを先頭に屋根を越え、障害物を足場にして地面へと降りて走るが、その間にも検問官は追ってきて、すかさず攻撃をしてくる。


「あの人、なんで私ばかりを狙うんですか!?」

「ユキが一番弱いって分かったからよ。一人を囮に全員取っ捕まえる気ね」

「そ、そんな……」

「でも、大丈夫。私がいるからには、しっかりアナタを守ってあげるわ!」

「ひゃ、ヒャウラさん……!」


 そう会話している間にも、検問官が飛ばした刃物を剣で弾き返すヒャウラ。


「でも、あんまり長引くと応援を呼ばれちゃうわよ。そこら辺は大丈夫なの、リリィ!」

「えぇ、勿論!」


 そう元気に答えたリリィだが、そんなリリィの前に検問官が現れる。


「!!」

「君はやっぱりそこそこ戦えるね」


 リリィは、検問官の刀を間一髪で剣で受け止めた。

 検問官がいつ自分より前に来たのかとリリィは思うが、考える間もなくヒャウラが持っていた剣を検問官に投げる。


「ッ!」


 検問官がヒャウラが投げた剣に気を取られた間に四人は反対方向へ走り、さらに路地裏を走り続ける。


 だが、それでも検問官は追ってくる。


「ナイフばっか飛んでくるわね!」


 ヒャウラは自分の剣を投げてしまったので、左腕に抱えてるハヴィの腰から剣を取り、先頭にいるリリィや雪に行かないように飛んでくる刃物を剣で弾く。


「皆、こっちよ!」


 目的地に着いたらしく、リリィが言った方向に出ると、そこは深夜にも関わらず祭りのように賑やかな街が広がっていた。


「!!」


 路地裏だと暗くてよく見えなかった建物だったが、明るい場所に来て、やっと全ての建物が日本の由緒正しき京町家造りであることがわかる。

 雪は、思わずその光景に息を呑んでいると、リリィに腕を掴まれて人混みの中に入った。


「皆、背をできるだけ低くして歩くのよ。――ここは、首都フローラの大通り。深夜でもこんな風に人混みだから、一般市民の命を優先する検問官含めて軍人もここまで追ってこれないはずよ」

「流石はリリィね! 私だけだったら、この作戦を思い付いても、大通りのところまで辿り着けなかったわ。アナタの記憶にある首都の地図があってこそね」

「ふふ、まあね!」


 ドヤ顔をするリリィ。

 ヒャウラはそれを見て、くすくすと笑う。


「うふふ、やっぱりアナタを信じて良かったわ。でも、一緒に入れるのはここまで。無事に首都に入れたことだし、私達はもう行くわね。次また会えたら、その時はいろんな話をしましょ、リリィ」

「えぇ、勿論よ、ヒャウラ」


 二人は握手を交わし、ヒャウラは未だ気絶しているハヴィを抱えて人混みの中へ消えてしまった。


「さて、私達も行きましょう、ユキ。目指すは先生がいる場所、私が育った孤児院よ!」


 リリィはそう言って、西の方向を指差した。


「はい!」


 雪は元気良く返事をしたが、その瞬間、視界がグニャリと曲がり、平衡感覚が保てず膝をついてしまう。


「……ユキ?」

「いや、その、なんか頭が……」


 次第に呼吸が出来なくなってきて、異世界に来る直前のように徐々に意識が遠いていく。


「ま、まさか、さっき腕を掠めた刃物に毒が……!」


 リリィはそう気付くが、もう遅かった。

 雪の意識は薄れ、倒れ込み、酸素を吸うために必死に藻掻き苦しむ。


(あ、ヤバい、死ぬ、かも……)


 雪は、自分の名前を呼ぶリリィの声を聞きながら、意識を失った――。







 検問官は、屋根の上から雪とリリィを見ていた。


(君達がナイフとか刃物とか言っていたコレは、苦無。忍者の道具だよ。そして、その苦無に塗ってたのは、遅効性の神経毒。すぐには死ねないけど、いずれは死ぬ。彼女を助ける方法はオレを呼ぶしかない。ヒャウラとハヴィ……だったっけ。そっちの方は、もう姿が見えないけど、あのヒャウラってのは恐らくかなり強いから追うのは敵策。なら、リリィとユキの方を仕留めるのが一番だね。二組は臨時的な仲間みたいなものらしいし、片側を仕留めただけで今後もう片側を見つけれるとは限らないのが悔しいけど……)


 検問官は青い目を凝らし、リリィと雪の動きを観察する。


 リリィと雪の周りには雪が倒れたことで人だかりができたが、リリィは周りをなんとか宥め、意識を失った雪を抱えて路地裏の方へと逃げ込む。


 検問官は二人を追いかけるが、逃げ込んだはずの路地裏には誰もいなかった。


(……完全に見失った)


 とはいえ、ユキの方は死んでも可笑しくない。

 それとも、助かる伝手があるのだろうか。

 検問官はそう考えつつも、これ以上考えてもどうしようもないことは放棄することにした。


「はぁ。まったく、上手く逃げるなぁ……上に報告しなきゃじゃん……だるいなぁ……」


 検問官はそう呟き、疲れた様子で煙草に火を付け、自分の仕事場である検門へと戻っていった――

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