5話

 ウィステリア軍皇国。

 それが、この国の名前である。

 そして、雪とリリィが向かっているウィステリア軍皇国の首都の名は、フローラだ。



「えっ、冗談ですよね、三ヶ月なんて……」


 首都フローラまで三ヶ月と聞いた雪は信じられず、ついリリィに聞き返してしまった。


「冗談じゃないわよ。だって私達、お金がないから馬車ではなく徒歩だもの。あの村は、首都からかなり離れてる場所に位置してるから遠いのよ」

「そ、そんな……」

「でも、道の整備はされているから、あくまで普通の道よ。この国は、各国の中では比較的治安が良くて、いろいろと整備されてるの。あのくらいの村になっちゃうと流石に水道も電気も届いてないけど、首都はすっごいわよ。水道に電気があれば、医療も発達してる。勿論、ウィステリア軍皇国首都フローラは、ロイラでも万年不動の住みたいランキング一位よ!」

「へ、へぇ……」


 異世界と言えど、首都の方は思ったよりも地球の先進国に近い生活様式らしい。


「まあ、今、その首都がどうなってるかは行ってみるまでわからないけれどね」

「……そうですね」



 道中は、当たり前のように野営だった。

 歩いては休憩し、暗くなったら寝る。食糧が尽きれば森で食材を採取をする。

 雪とリリィは、それを何日も繰り返した。


(キャンプの上級版みたいな感じだなぁ)


 なんて思う雪。

 

 歩いている時にも寝る前でも旅でやれることなんて数少なく、あるとしたら話すことのみ。

 おかげで雪は、リリィからこの世界について聞く機会がかなり増え、世界についての知識がかなり増えた。


 中でも重要なのが、三つ。

 まず、この世界を牛耳るのは、魔法であること。

 次に、神という存在が至る所に実在すること。

 そして、神に逆うことは禁忌とされること。


「まあ、神に逆らうって言っても神話の中での話。具体的にどう逆らったとらダメとかなんて書いてないし、国のお偉いさんが何をしたかなんて庶民にはさっぱり予想できないんだけどね」


 また、軍皇国と言うだけあり、この国の要は軍であるらしい。だが、それとは別に皇帝もいるようだが、存在自体は謎に包まれているようだ。


(聞いている限りは、軍事政治みたいだなぁ)


 なんて思う雪。雪とて決して政治に詳しいわけではないが、日本人ならば義務教育でやる範囲だ。


(こんな知識どこで使うんだとは思ってたけど、日本の教育が異世界に来て少し役に立ってるなぁ)


 知識の有無で理解度がかなり変わるのだ。

 雪は、日本の義務教育に少し有り難みを感じた。



 三ヶ月が経った。

 季節は、夏から秋へと変わった。

 だが、旅は順調に進み、山を越え、海が見える。

 しばらく海沿いの山々を歩くと、次第に大きな紅葉の木が見えてくる。


(異世界にも紅葉の木があるんだ……)


 雪が紅葉に見惚れていると、その下に街があることに気付いた。


「!!」


 崖っぷちにそびえる、規格外に大きい紅葉の大木。そして、山々から国を通り、崖下の海へと流れる川。


  地球であれば絶対に見られないだろう、あまりな幻想的な風景に雪は目を輝かせる。

 同時に、ここが異世界であると改めて自覚した。


「ふふ、驚いた?」


 リリィが悪戯っぽく笑う。

 雪がコクコクと頷くと、リリィは軍皇国をバックに両手を広げて大声で言った。


「ウィステリア軍皇国は、紅葉と滝の国。――通称倭ノ国よ!!」



 リリィから倭ノ国と聞いた雪は、歩き進めながら考え込んでいた。


(倭ノ国って、なんかめっちゃ日本っぽいな……シラキユメっていう人も日本人みたいだし、異世界には私以外にも日本人が沢山いるのかも)


 自分が異世界に来てしまったように、自分以外にも日本人が来ていても何も可笑しくはないのだ。


(それにしても、近いように見えて遠いな……街も紅葉の木もどんだけ大きいんだ……かなり歩いているはずなのに全く着く気配がないんだけど)


 地球とは何もかも規模が違う、と雪は思う。


「雪! 検門が見えてきたわよ!」


 しばらく歩いて、やっと門が見えてきた。

 五メートルを越えるであろう真っ白な塀に挟まれて佇むのは、鳥居のように紅く塗られた大きい門。その下には、槍を持って笠を深く被り、マスクを付けた顔の見えない門番らしき人が何名か立っている。


「彼らは検問官よ。でも、検問官なのにめちゃくちゃ強いって噂があるわ。ま、こっちが悪さをしなければ大丈夫! ちゃちゃっと検問を通り抜けて、首都フローラに入りましょ! ユキは、ちょっとここで待っててね! 検問官さーん!!」


 ワクワクを隠しきれないリリィは、遠くにいる検問官に大きな声で声をかけた。



 ――そして。


「え? 今は首都への立ち入り禁止だよ。仮にも戦争中だからね。他所から人は入れてないの」


 と、断られてしまった。


「う、うそ……」

「嘘じゃないってば。わざわざ遠くから来たみたいだけど、さっさと立ち去ってね」


 検問官は、信じられないという表情をするリリィを一刀両断した。


「え、ちょ、ど、どうにかなりませんか!?」

「ならないね」


 焦ったリリィがどうにかならないかと聞くが、検問官はやはり一刀両断した。


「先生に会いたいんです! 手紙も返ってこなくて、死んだんじゃないかと心配してて……」

「そりゃあ、郵便物も外に出してないからね。勿論、外から中に入れることもないよ。仮にも戦争中なんだから、情報漏洩観点からそういう風にしてるの」

「え……そんな……聞いてないんですけど!?」

「えぇ……そんなこと言われてもねぇ。一応、ウィステリア全域には通達してるはずなんだけど……君達、一体どこから来たの?」

「えっと、ここから……」


 リリィは、地図を見せて村の位置を指差す。


「あちゃ〜、これは田舎すぎるね。そりゃあ、通達されてるわけないわ〜」

「いや、酷くないですか!?」

「場所が悪いんだよ、そこ。なんでその辺は、そんなに山と森と川と沼に囲まれてるの? 通達する側も大変なんだからね?」

「いつもありがとうございます……?」

「素直な子だねぇ。でも、無理なものは無理だから、帰ってね。もう冬が来るから、君達はしばらくこの辺に滞在することになるかもしれないけど」


 検問官に嫌味を吐かれたリリィは、プンスコと怒りながら雪の元に大股で戻ってきた。


「あの検問官さん、とっても嫌な奴だったわ!!」

「私も聞いてました。嫌味ったらしい奴でしたね」

「でも、彼の言うとおり、今から村に戻ったらすぐに冬が来て、私達は仲良く山の中で凍死するから、この辺で春まで過ごしましょ!」


 リリィはプンスコ怒りながら地面に布を広げ、道中で採った果実を食べ始めた。


(まるでピクニック……)


 なんて雪は思うが、どうにもならない以上、同じように果実を貪るしかない。



 と、果実を貪る二人の前を男女が通っていった。


「ハヴィ! やっと検問所が見えてきたわよ! 迷子になるから、ここまで一年かかっちゃったわね!!」

「お前が大丈夫って言うから俺信じてたのに……信じてたのに……ヒャウラが迷子になるから……」


 元気ハツラツなウェーブのかかった紫髪に輝く金眼を持つ少女と、大柄でいかにも強そうな図体をしているにも関わらず、弱々しくも泣きべそをかく金髪碧眼の青年。


(変な組み合わせ……)


 雪がそう思っていると、二人は例の検問官の元へ行き、雪達と同じように入国を断られてショボショボとした顔で戻ってきた。


「おっかしいわね……」

「なんでだよぉ……」


 その時、雪は少女と目が合った。


「あら? もしかして、アナタ達もあの検問官に門前払いされた的な感じかしら?」

「あ、はい。そうです」

「それなら仲間ね! 私はヒャウラ! こっちはハヴィ! 四人で協力して検問を突破しましょ!」


 ヒャウラと名乗った少女は雪の手を取り、キラキラと目を輝かせてそう言ってきた。

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