4話
朝日が昇り、雪は目覚めた。
村人達は自分と同じように焚き火を中心に土の床で雑魚寝をしており、疲れているのか眠っている。
(夢オチじゃなかったか……)
実は少しだけ期待していた夢オチではなく、かなりガッカリする雪。
そんな雪に誰かが話しかけてきた。
「あ、おはよう、ユキ。もう起きたのね」
コソコソと小さな声でそう声をかけてきたのは、剣を背負っているリリィだった。
「私達は今から森に行くんだけど、雪はあっちで顔を洗ったらお婆ちゃんのいるところに行くといいよ。多分、朝ご飯を作り始めてるから」
雪はリリィに言われた通りに動き、昨日調理をしていた場所へ向かうとお婆様方は元気に調理していた。
クロエ婆ちゃんは雪を見つけるなり、朝とは思えない大きな声で言ってくる。
「あら、ユキ! 起きてたのね! さっき見た時はよく寝てたから起こさなかったのに、起きてるならさっさと手伝いなさい!!」
「は、はい!!」
朝ご飯が出来上がると、昨晩のように村人全員でご飯を囲み、再び各々が復興作業へと戻っていく。
「ふぅ、疲れたね。さ、うちらは昼時までゆっくりお茶会でもしようかね」
束の間の休憩を取り、またすぐに昼食作りを始める。村人全員でご飯を囲んだあとは、再び各々が復興作業に戻る。束の間の休憩を取ったかと思いきや、昨日のように夕食の準備を始めた。
「ユキ! 動きが遅いよ!」
「す、すいません!!」
クロエ婆ちゃんにバシバシと鍛えられる雪。
夕食を食べながら疲れたように眠るが、起きればすぐに朝食の準備が始まる。
そうして数週間も経てば、優先して建てていたらしい倉庫の他にある程度の数の家が建ってきたようで、外での雑魚寝から屋根のある雑魚寝に変わっていった。
ちなみに雪が居候する場所は、リリィの家である。
雪はリリィに誘われ、リリィの家に居候することになった。ついでに服もずっとセーラー服だったので、村人達と同じように中世ヨーロッパのような服を貰い、そちらを着るようになった。
数ヶ月も経てば、村の復興も終わりに近付いており、雪も料理や暮らしにも慣れ、村人達と騒がしくしたり、村の子供達と遊んだりとすっかり村に馴染み、それなりに楽しく過ごしていた。
(いや、違うでしょ)
昼食を作り終わり、束の間の休憩中。
雪は、冷静にそう思った。
(異世界に馴染んじゃった……馴染んでどうするの……家に帰りたいんですけど……)
優しい村のおかげか異世界もわりと楽しく過ごせており、異世界に適応してしまった自分に驚く雪。
最近は余裕も出てきて、この国では十六歳から飲めるお酒も嗜むようになってしまい、夜は村の皆と踊って歌って騒いでいる始末。
「うぇ、二日酔い気持ち悪……」
そして、二日酔いは地獄だった。
(前も考えたけど、リリィさんがこの国が戦ってるのは神とかなんとか言ってたし、神とどうにか接触できれば帰れるかも、なんて。全方面で詰んでるんだけど……どうしろって言うんだ……)
雪が悩んでいると、リリィが隣に座ってきた。
「あ、ユキ。二日酔いは大丈夫?」
「な、なんとか……」
「ならよかった! お酒は程々にするのよ?」
「すいません……」
「それで、今日は何を考えているの?」
「えっと……」
リリィは、この数カ月間、雪が何か悩んでいるとすぐに気付いてこうして聞いてくれた。
いつもは話していたが、今回は少し癖のある悩みなので話そうかどうか迷ってしまう。
「話したくないこと? それとも、話せないこと?」
「そういうわけではなくて……」
「ふふ、ユキってば本当に隠し事の多い子ね」
リリィはそう言って、くしゃりと笑った。
別に隠しているわけではなく、どう説明すればいいのかわからないだけなのだが、と雪が思っていると、リリィは語り始めた。
「あのね、私は孤児なの。本当は、この村の人じゃないのよ」
「え」
まさかの発言に驚いてしまう。
「元は首都の孤児院で暮らしていてね、五年前に孤児院を出て、ここに来たの。剣術も孤児院で習ったものでね、そこの先生はすごくいい人で今でも文通もしているんだど、首都は戦争で忙しいのか数カ月間も手紙が返ってきてないの。村々を攻撃していた神様は、ついに痺れを切らして首都を攻撃し始めたみたい。数ヶ月前、先生は首都にもいつか攻撃が来るって予想していたけど、本当にそれが起こるなんて思ってもなかった。……先生は強いからきっと生きてるとは思うけど、孤児院の子達もいるから、もしかしたらそうとも限らないのが怖いところね。……本当に戦争は良くないわ、こんなのするべきじゃない」
「……そもそも、戦争はどうして始まったんですか」
「さあ、わからないわ。お偉いさんの考えることなんて庶民には一切わからないもの」
「……」
重い雰囲気が漂う。
そういえば、この国は戦争の真っ最中らしいと雪は思い出す。戦争らしい風景なんて、異世界に来た初日に見た、炎に包まれる家々を見たくらいだ。
「というか、神ってなんですか? なんの神?」
「知らないわ。だって、こんな田舎に情報なんて回ってこないもの」
「そうですよね……」
「でも、人並み外れた赤黒い力を扱うあの存在は、神としか言いようがないわ。一度だけ私も見たことがあるけど、本当に恐ろしい力だったわよ」
「……神の姿とか見ました?」
何かしらの情報が欲しい雪は、その神に会えるかはともかく、すかさずそう聞いてみた。
「見たわよ。えっと……わりと小さめだったかしら。子供のようで鋭い目付きを放つ悪魔みたいだったわ」
「神なのに悪魔……」
終わった、と雪は思った。
聞く限りでは、話が通じそうな相手ではなさそうだ。予想でしかないが、話しかける間もなく殺されそうである。
(というか、神がいるなんてますます異世界っぽいな……この村で過ごしてたら、異世界らしいものなんて地球にはない食材くらいだけど)
なんて考えていると、リリィが聞いてきた。
「そういえば、ユキの名字ってスズキよね?」
「あ、はい。そうです。鈴木雪です」
「私の先生は、シラキユメっていうの。なんだか似てるわね、お名前」
「!!」
シラキユメ。
漢字は安直であれば、白木夢。
(……日本人だ)
どうやら、自分以外にも地球から来た人がいるらしい。これには、雪も流石に予想外だった。
「ユキ? どうしたの?」
「あ、いや、もしかしたら同郷かも……なんて」
「え、そうなの?」
「私達は名前が特徴的なので比較的わかりやすくて……多分そうかも、って……」
「確かにちょっと変よね」
「……」
変ではないと思いたい雪。
しかし、日本人なら何か知っているかもしれないと雪は思い、ダメ元でリリィに言ってみることにした。
「あの、そのシラキユメって人に会ってみたいです」
「首都は危険だからダメよ」
「……ですよね」
やはりダメと言われてしまった。
「でも、私も先生が心配だし、首都に行ってみましょ。ただ、危なかったらすぐに引き返すわよ」
「!! ありがとうございます!」
「ちがっ、先生の為よ。いや、ユキの為じゃないわけではないけれど……先生が心配なのも事実だから」
「それで、いつ行きます?」
「もうわくわくしてるわね……まったく……」
早速、お世話になったイザベラさんとお婆様方、そしてクロエ婆ちゃんに報告をした。
「気を付けなよ、リリィ、ユキ」
「ユキちゃんが行っちゃうなんて寂しくなるねぇ」
「まだ料理という料理を教えきってないよ!!」
「え、えぇ……十分なんですけど……」
「むっ、何か言ったかい、ユキ」
「な、何も言ってないです……」
村の人達もなんだかんだでいってらっしゃいと言ってくれて、皆、案外すんなりと受けて入れてくれた。
そうして雪は、リリィと共に旅の準備をする。
「明日の朝には出るわよ」
「はい」
「何かあっても私がいるから大丈夫だとは思うけど、雪も一応剣は持っておいてね」
「わかりました」
「そういえば、ユキって旅人だったわよね? 荷物ってなかったの?」
「……も、燃えました」
「それは残念ね……」
本当は、異世界に来た時から荷物なんて一つもなかったのだが、旅人が無一文なんてあまりに怪しいのでそういうことにしておく。
そうして、次の日。
村の人達に見送られながら、雪はリリィと共に首都を目指すことにした。
「いっていまーす!!」
「気を付けるんだよ、リリィちゃん、ユキちゃん!」
雪とリリィは、村を離れて歩き始める。
「そういえば、何日くらいで首都に着くんですか?」
「うーん……そうねぇ。三ヶ月くらいかしら? 冬になる前には着きたいんだけどねぇ……」
「………………えっ」
地図とにらめっこするリリィは、そんなことを平然と言ったので、雪はただただ絶望するのだった。
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