3話

 鱗熊を仕留めたリリィは、人差し指を立て、ムスッとした表情で雪に言ってきた。


「もう、気を付けてよね、ユキ。せっかく仲良くなったのに次に見る姿が血塗れの姿なんて私は嫌よ?」

「ご、ごめんなさい……?」

「あ、また謝ってる! さっき、イザベラさんにもっと堂々としなさいって言われたばかりでしょ?」

「イザベラさん?」

「アタシの名前だよ」


 初めて聞く名前に首をかしげると、すかさずリーダーらしき女性がそう言ってきた。


「にしても、アンタ。旅人のくせに戦えないなんて、今までどうやって生きてたんだい?」

「ふ、普通に……?」


 そもそも、旅人なんて嘘なのだ。

 雪がどうしようかと内心焦っていると、イザベラは雪の髪をジッと見て言ってきた。


「その髪、庶民にしては随分と手入れされてるね。もしかしてアンタ、訳アリって奴かい?」

「あ、そ、そうかも……しれない、です……?」

「歯切れの悪い奴だねぇ。ま、旅人だから戦えるって決め付けたこっちに非もあるからね、炎に焼かれて何もないけど、好きなだけ村に滞在するといいよ」

「ありがとうございます!」


 元々滞在する気満々だったが、いろんな人に認めて貰えるのならそれに越したことはない。


(田舎ってのは、仲間を増やしていかないと簡単に生きづらくなるからね。田舎生まれ田舎育ちの私を舐めてはいけない。本当は東京に生まれたかったけど、まさかここで役に立つとはね)


 雪は腹黒くもそんなことを考えていると、イザベラらクスクスと笑いながら悪い顔で言ってきた。


「それに、人手はいくらでも欲しいからね。戦わない仕事なんていくらでもあるさ。若い奴には、みっちりきっちり働いて貰わないと」

「わ……あ……が、頑張ります……」


 つまり、利害の一致。

 雪は、自分よりも腹黒い人を見て、その威圧感に押されてしまった。


 そうしている内にリリィが仕留めた鱗熊は、速やかにその場で女性達に解体され、あんなにも大きかった鱗熊が手で持てるサイズになった。


(まだ温もりがあるんですが……)


 持ち運びのノルマ分として渡された熊肉は、さっきまで生きていたこともあって温かかった。


 雪がまだ温もりのある熊肉に軽く引いていると、イザベラは皆に聞こえるように言った。


「肉も狩れたことだし、皆、村に戻るよ! 村で力作業をしてる男共に食わせてやんないとね!」



 そうして村に戻ると、男性達は燃えた家や倉庫を建て直しており、ある程度年の取った女性達は、大きな焚き火のようなものに火を付けて、その上に大きな釜を吊るしていた。


「おかえり、イザベラ」

「ただいま、婆ちゃん。鱗熊の肉はあっちに置いておいたから晩に使ってよ」

「うん、ありがとねぇ」


 イザベラが物腰の柔らかそうな老婆と話している。

 雪は熊肉を置きながらその様子を見ていると、イザベラに来いと手招きをされた。

 手招きされるまま行ってみると、肩を掴まれ、老婆の前に差し出された。


「あと、婆ちゃん。コイツに料理をやらせてやってくれ。若いのもいれば、力仕事が楽になるだろ?」

「おやおや、それは有り難いねぇ。貴方、お名前を教えてくれる?」

「鈴木雪です。あ、えっと、雪が名前で……」

「初々しい子だねぇ。イザベラ、この子にはめっちりみっちり料理を教えておくからね、任せるんだよ」

「あぁ頼むよ、婆ちゃん」

「!?」


 物腰の柔らかそうな老婆からとんでもない台詞が聞こえた気がして、雪は思わず老婆を二度見する。

 リリィを見ると、ひらひらと手を降りながら頑張れと言ってきたので、助けを求めても意味はないだろうと雪はなきたくなる。


 そうして雪は、クロエと言う老婆に連れていかれ、炊事をすることになった。


 炊事場所には十名ほどの老婆達がいた。各々が慣れた手付きで素早く調理をしており、食堂のような風景を彷彿とさせた。


「皆。イザベラから人手を貰ったよ」

「あらら! 若い子じゃない!」

「これなら、力仕事を任せられるわね!」

「うちらは腰と膝を大事にしないといけないからねぇ! あっはっは!」


 雪を見ても手元は決してブレることなく調理を進め、豪快に笑うお婆様方。


「ゆ、雪です。よ、よろしくお願いします……」

「初々しいねぇ!」

「村じゃ見かけないタイプの娘だねぇ!」

「うちの娘達は、豪快な子が多いからねぇ!」

「「あっはっはっは!」」


 挨拶をすると、さらに豪快に笑うので、このお婆様方ありにして、先程の森の中の出来事かもしれないと雪は思う。


「その娘は、クロエ婆ちゃんに任せるよ」

「クロエ婆ちゃんは村一番の料理上手だからね、みっちりきっちり教えてもらうんだよ、ユキちゃん」

「勿論さ。この道、八十年の私が教えるんだ。どこの嫁に行っても恥ずかしくない娘にするよ!!」

「え!?」


 雪は驚いて、思わず声を上げた。

 あの物腰の柔らかそうな老婆が目をシャキッと見開いて人が変わったようにそんなことを言うので、そこのギャップにも驚いたが、そもそも……


(私はまだ十七歳だし、嫁に行く前に家に帰りたいし……まだ親元でぬくぬくしてたい……!)


 つい願望が出てしまったところで、クロエ婆ちゃんは包丁を渡してきた。


「ユキ、包丁は持ったことはあったかい」

「あ、あります」

「コラ、シャキッとする! あるならあると自信を持って言いなさい!」

「ああああります!!!」

「ならよし! 早速、そこの食材を切るように!」

「はい!」


 雪は元気よくそう答えたものの、いざ食材を見ると見たことのない食材ばかりだった。


(え、なにこれ。じゃがいもみたいなにんじんみたいな……こっちは大根? ……え、なにこれ)


 雪とて、料理をしたことがないわけではない。


 雪がマジマジと野菜らしき食材を見つめていると、それを見かねたクロエ婆ちゃんが言ってきた。


「まさか、包丁を持ったのは嘘とは言わんよね?」

「あ、いや、見たことのない食材ばかりで……」

「それは……ユキは、一体どこからやってきたんだい。これらは一般的な野菜なんだけどねぇ」

「あ、えっと、海の向こう……?」


 雪は、リリィに海の向こうと言ったことを思い出し、話を合わせるためにそう言っておく。


「うーむ……なら、仕方がないかもねぇ。どれ、包丁貸してみ。これはこうやってやるんだよ」

「あ、ありがとうございます」

「シャキッとしなさい!」

「ありがとうございます!」


 雪は、クロエ婆ちゃんに野菜の切り方を教えてもらい、順調に食材を切り分けていった。


「やっぱり、若い子は物覚えがいいねぇ」

「頭が柔らかいんだよ、うちらと違ってね!」

「「あっはっはっは!」」


「あ、こらユキ! 塩のひとつまみはこうじゃなくて、こうって言ってるでしょ!」

(……違いがよくわからん)


 賑やかなお婆様方と体育会系なクロエ婆ちゃん。

 そうして二時間もすれば、村の全員分の料理が出来上がった。 


「皆! ご飯の時間だよ!!」


 クロエ婆ちゃんが声を上げれば、復興作業を進めていた村人達が笑顔でわらわらと人が集まってくる。


「飯だー!」

「待ってました!」


 日が落ち、すっかり暗くなった屋根もない外で火を囲み、ご飯を胃にかきこむ村人達。

 村人が一箇所に集まったことで、村の人口が百人ほどだとわかった。


「ほら、ユキも食べなさい」

「あ、ありがとうございます」

「シャキッと」

「ありがとうございます!」

「うむ、よし」


 クロエ婆ちゃんに言われて雪も村人達に紛れてご飯を食べ始めると、後ろから誰かが近付いてきた。


「ユキ!」

「リリィさん!」

「イザベラさんから聞いたよ、ユキは調理班のところにいたんだってね。いいな、お婆ちゃん達に囲まれて。私なんて、男に囲まれて力仕事ばっか! 木を沢山運んでやったわよ!」


 食べながら今日の文句を言うリリィ。

 雪は食べながらそれを聞き続け、満腹になったからか次第に眠くなり、気付けば朝を迎えていた――

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