2話

 雪は、燃え尽きた家々に囲まれ、ドラゴンが飛ぶ空の下で立ち尽くしていた。


(さ、最悪だ……異世界はファンタジーじゃないの? 空想の話じゃないの? いや、ここが異世界と決まったわけではないし……私が知らないだけでロイラという土地みたいなのが地球にあって、この世界がまだ地球って呼ばれてない時代かも……いや、そうなると今は西暦何年? 私の知る二千年代じゃないことは確かだ……終わった……ロイラってどこ……)


 あまりに唐突で、あまりに無情。


(ここが異世界なんて信じたくないし、異世界(仮)とでも思っておこうかな……)


 神なんて信じていなかった雪だが、もし神様がいるなら、今すぐお家に帰してもらいたいと雪は思う。


(神様……どうかお助けください……あ、そういえば、防空壕で私に声をかけてくれたお姉さんが神様って言ってたな。この国と戦っている相手が神様だっけ? その神様とやらに頼み込めば、地球に返してくれたりするかも……つまり私はこの国を裏切って外部へ行かないと……え、国家転覆? 外患誘致罪? 詰み?)


 絶望を感じる雪。

 そもそも、その神様とやらが自分に友好的とは限らないし、外部からやってきた人間だからと問答無用で殺される可能性もあり得る。


(でも、私はこの国の者じゃないし……この世界に戸籍あるかわからないけど、あったとしても戸籍はないはずだから大丈夫だと思う。多分。……というか、私では神様に接触できるわけがないんだよなぁ)


 仮に接触できたとして、その者が神様であるかどうかも怪しいのだ。


(私は、神も宇宙人も幽霊も否定派。とりあえず生きないと……私、異世界(仮)で生きれるのかな……)


 不安が絶えない。生きれる気がしない。

 雪が再び絶望を感じていると、自分を防空壕へ連れて行ってくれた人が走ってきた。


「お前、さっきからぼさっとし過ぎだ。こっちへ来い、今から復興作業だ。人手がどこも足りないんだ、旅人でもこの村に踏み入ったにはしっかり働いてもらうぞ」

「あ、はい、すいません……」


 そうして連れて行かれた先では、籠を持った若い女性達が二十人ほど集まっていた。


「見慣れない服装だね、アンタ。旅人かい?」

「は、はい」


 この集団では最年長に見える、リーダーらしき四十代くらいの女性に声をかけられ、旅人であると聞かれる。雪は、またしてもはいと答えてしまったが、旅人以外で自分が立場が何なのかわからないので、旅人ということにしておく。


「そう。ま、人手が足りないんだ、きっちり働いてもらうよ。ほら、これを持ちな。森へ行くよ」


 そう言って渡されたのは、籠と――剣。


「剣!?」

「? 剣なんて当たり前だろ? ほら、ぼさっとしてないで行くよ」

「す、すいません……」


 女性は忙しいのか早々と歩いて行ってしまった。


(異世界(仮)やば……本格的だ……)


 雪は、初めて見る剣を見て軽く顔を引き攣らせる。

 周りを見れば、誰もが当たり前のように剣を携帯しており、この世界では普通であることがわかった。



 集団は、森の中で立ち止まった。


「よし、この辺で各自採取だ。皆、あまり遠くまで行かないように気を付けろよ」


 リーダーらしき女性がそう指示をすると、皆が一斉に各自地面や木を探り、食材を籠の中へ入れていく。


(え、どうしよう。何が食べれるのかわからない)


 困った雪は周りをキョロキョロと見渡すと、何人かがベリーのような果実を籠に入れているのを発見したので、同じように行動することにした。


(とりあえず、なんとかこの村? に溶け込めてるけど、ここが村かもわからないんだよなぁ……防空壕を出て周りを見ても全部燃え尽きた後だったし、情報が少なすぎる……。というか、これはブルーベリーみたいだけどラズベリーみたいな……見たことない果実だ。地球にはない品種……? やっぱり地球じゃないのかな……少なくとも日本ではなさそう……異世界なんて信じたくない……)


 せめて、地球のどこかの民族であってほしいと雪は思う。それなら、まだ助かる道はあるからだ。


 と、雪がベリーとにらめっこしていると、後ろから誰かが走ってきた。


「あ、やっぱり! さっきの旅人さんじゃない!」


 振り向いたら、茶髪茶眼の二十代くらいの女性がにこにこと笑って立っていた。


「私は、リリィ! 貴方は?」

「え、っと……雪。鈴木雪と申します……」

「ふふ、変な名前ね! 本当にどこから来たの? 海の向こうだったりするの?」

「あ、あー……そう、かもしれないです……」

「つまり、凄い旅人さんなのね!」


 適当に答えていたら凄い旅人ということになってしまった雪は、軽く苦笑いをする。


「それにしても、まだこの村にいたのね。旅人さんだから、焼き払われたこの村には用がないからってもう行ってしまったんじゃないかと思ったわ」

「し、しばらくはここにいようかなって……」

「そうなのね! 嬉しいわ!」


 リリィは元気にそう言うと、雪の隣に座ってベリーを摘み始めた。


(距離近……でも、しばらくここにいないと本当にその辺で野垂れ死んでもおかしくないし、この村には有り難くいさせてもらおう……)


 雪がそう考えていると、リリィは聞いてきた。


「ユキは、何歳なの?」

「十六歳、です……」

「え、十三歳くらいだと思った!! 幼いのに旅をするなんて凄い子と思ってたら……!」

「え」


 そんな年に見えるわけがないと思った雪だが、日本人は海外の人からすると若く見えるということを思い出した。そして、周りの者達が全員西洋顔で、アジア系がいないことにも気付く。


(でも、言語通じるんだよな……こうやって話していてもめちゃくちゃ流暢に日本語に聞こえるし……まあ、アニメの異世界転生や異世界転移系も普通に喋れていたし、そういうもんなんだろう、うん)


 雪は、深く考えるのをやめた。


「ちなみに、私は二十歳よ。私のことはぜひ頼ってね! 年下の面倒を見るのは、年上にとって当然のことなんだから!」

「!! た、頼もしい……!」

「えぇ、そうでしょうそうでしょう!」


 ドヤ顔をするリリィ。

 四つ上のお姉さんなんて、頼もしいに決まっているのだ。雪は、リリィのお言葉に甘えて沢山頼ることにした。


(だって、今の私は無一文で知識もゼロ。野垂れ死には間違いないからね、頼れるものは頼らないと……ちょっとゲスいかもしれないけど、生きていないと元も子もないし、仕方がないね、うん)


 雪が自分を納得させていると、リリィがくすくすと笑い始めた。


「貴方、すぐ何かを考え込むのね。しかも、表情がころころと変わって面白いわ」

「あ、ありがとうございます……?」


 くすくすと笑うリリィに雪は疑問形の礼を言う。


「さて、この辺のベリーも無くなってきたことだし、移動しましょ。さっき見かけたんだけど、こっちにキノコがあったはずだか、ら……?」


 リリィが茂みの奥を見て固まった。

 雪は何があるのかと不思議に思って覗くと、そこには熊に角を生やして鱗がついたような動物がこちらを見ていた。


「まずい、目が合ったわ!! 皆、武器を持って! 鱗熊が出たわよ!!」


 リリィがそう叫んだ瞬間、それまで果実や山菜を採取していた女性達が武器を取り出し、人が変わったように一斉に鱗熊に飛びかかった。


 女性達はそれはもう強く逞しく、ゆうに二メートルを超えるであろう鱗熊と剣一本で戦っている。


「え……やば……」


 あまりに突然で見たことのない光景に驚く雪にリーダーらしき女性が声を荒げてくる。


「何をぼさっとしているの、アンタ!! アンタも戦うのよ!! 剣を渡したでしょ!!」

「え、私、戦えませんが!?」

「は、はぁ!? 旅人なのに!? チッ、アイツ戦えない奴を寄越しやがったね!! コイツ、何の役にも立たないじゃないか!!」

「す、すいませ……」

「さっきから謝ってばかりだね、アンタ!! うじうじしないでもっと堂々としなさいよ!!」

「え、えぇ……」


 そんなことを言われても、と雪は思う。日本人の謝り癖は、海外に行くと舐められると聞いたことはあったが、どうやらあながち嘘でもないらしい。


(というか、旅人=戦えるって認識は何?)


「あ、コラ! アンタそんなぼさっとしてたら、鱗熊に狙われるでしょ!!」

「え」


 雪が顔を上げると、目の前には鱗熊の爪があった。


(え、死……?)


 死を覚悟した瞬間、誰かが鱗熊の頭上に跳び上がり、そのまま鱗熊の脳天に剣を突き刺した。


「!!」


 鱗熊は泡を吹いて後ろに倒れた。

 そして、光の反射で見えなかった顔が次第に見えるようになる。


「ハハッ、流石だね。ほら、アンタ。アイツに感謝しなよ。アレがいなきゃアンタはとっくにあの世さ」


 リーダーらしき女性が雪にそう言ってくる。


「もう、気を付けてよね、ユキ。せっかく仲良くなったのに次に見る姿が血塗れの姿なんて私は嫌よ?」


 鱗熊の脳天を突き刺したのは、リリィだった。

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