第17話 刺激がほしい

 飲食店“しどろもどろ”は夢野の宣伝もあって大盛況の日々を送っていた。

 飲食経験者を入れ、経営コンサルタントに頼ったことで円滑に事は進む。

 哲人は金を動かし経営方針を考えるだけ。

 あとは思いの力さえあれば何もかもが完璧なものだった。


 収益が簡単に黒字になり、従業員にも十分なほどの給与を与えられるようになってこれから増々伸びあがりが期待されるころ。


(飽きた)


 すでに哲人の心は自営店に向いていなかった。

 始めたころは支店を幾つも作り、いずれは大手チェーン店にしていく方針であったが、それも思いの力があれば簡単にいくと改めてわかると、やる気が消え失せてしまう。


 潤沢な金が入ってきたわけではないが、大金はいつでも手に入れられる。

 金も名声も地位も、チートな力によって簡単に入ってしまえば、まるで自分が感情をなくしたロボットのような気がしてならなかった。


 手元にある金で、貧乏だった頃に到底買えなかったモノを買う。

 高級マンション・高級車・高級時計……。

 いずれも手にしてしまえばなんてことはない。

 べつに元々そういう高級志向を持ち合わせていたわけではない。

 ただ、大金を手に入れてやりたかっとことが特になかったことに気付かされる。


(俺はなにを欲しているんだろうか)


 幸福への近道を歩める武器があるのにも関わらず、心の力を手に入れる以前と何ら変わらない虚無感。


 もし、自分に思いの力が適応されるのであれば、彼はまごうことなき“己の幸せ”を願うのだろう。


 次は何をしようか。

 ちょっと前までならあったワクワクとした高鳴り。それがいつしか、無理に考え出さなければならないような義務感に変わって窮屈となっていた。


 まだこの力を得て3カ月。

 もっともっと思いの力を利用して、華やかな生活を送る。そ

 う考えていたのが遠い昔のように哲人は感じていた。


(刺激がほしい。もっと日常に刺激が)


 そして彼は、大胆にも――かつ、冷酷な考えに及ぶのであった。



――――――――――――――


 検死をみても、縊死いしした村岡が自殺した可能性は高い。そこをどう調査を進めたところで、覆ることはなかった。

 ただし、調べていた山下には気持ち悪さしか残らない結果となる。


 村岡には4年付き合っていた婚約者がおり、仕事先でも昇格が決定されて給与アップが約束されていた。借金があったという事実もなく、人間関係でのトラブルも皆無といっていいほどに周りの人間とは良好な関係を築けていたのだった。


 そんな男がどうして首を吊って自らの命を絶ったというのだろうか。

 見えない力が働いているとしか思えない。

 正道はその力の根源が河村哲人たる人物にあると確信していた。

 山下はおとぎ話や漫画の世界の見過ぎだと笑っていたが、たしかに正道の推論こそが一番しっくりくると、調査の引きあげ段階で思うのだった。



 ダダダと部署内で慌ただしくなった。

 近くの河川敷で死体が発見されたとアナウンスが流れたからだ。


「山下、行くぞ」


 コートを纏った正道に急かされて、山下も分厚いダウンジャケットを羽織る。


 現場は二級河川にしていされている場所で、車でおよそ20分のところにあった。

 2人が到着するや否や、先に着いていた刑事が顔をしかめる。

 その様子からして、死体の状態は芳しくないようだ。


「水死体ってどうしてこうも、グロいんだろうな」


 一人の刑事が顔をクシャクシャにしながら、バトンを渡すように山下の肩をポンと叩いた。


 死体は全身が水膨れしたように大きくなりふやけている。

 もはや死体とわかっていなければ、怪物に遭遇したと思ってしまうことだろう。


「男性……ですね」


 正道は無言のまま遺体のそばで膝を曲げ、まじまじと眺める。


「所持品は?」


 近くにいた検視官に尋ねる。


「川に流されたのか、確認できるようなものは何一つ」

「どう思う? 事故か殺人か」

「どうでしょうか。検死してみないことには。ただ、死後数カ月は経過しちゃっているので、捜索願が出されている人物かもしれませんね」

「……仏さんを割り出すにはもう少し時間がかかるか。とにかく、この河川の隅から隅まで調べ上げ、この者が何者なのかハッキリさせたいところだな」


 山下は苦笑いをする。

 有名な河でないにしろ、数十キロメートルに渡って続く河を調べるのは骨が折れる。それもこの遺体がどこから流されてきたのか不明であるのなら尚更のこと。


 いっそのこと毛髪等のDNAから簡単に割り出せればいいのだが、そうなってくると、この遺体がこれまでDNA鑑定を受けている必要がある。

 それすなわち、親子関係を調査するためか、あるいは刑事事件に関与したという特定の例しかなかった。

 そういった例は世の中では稀であり、当然として、この遺体にも当てはまる。


「地道にです……ね」


 億劫となっている部下を前に正道はフンと鼻を吹かす。

 事件解決に向けて警察ができることは地道に調査をすること。

 それは以前から正道が口癖のように言っていた言葉であった。

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思ったことが叶ってしまう顛末 小沖 いくや @adam_-_seves

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