第16話 人生、もう余裕だな

 いっそのこと自らが起業しようと、ただの思いつき。

 失敗を恐れるなんてことは皆無。

 であれば、人は簡単に行動に移すことができる。


 哲人は居酒屋経験を生かして己の自店を持つことにする。

 夜遅くまで残らなければいけない居酒屋は嫌だったので、“気の赴くままに開ける店”といったコンセプトの洋食店を開業する。


 従業員を一から見つけるのも面倒だったので、“くまんだもん”で働いていたアルバイトたちに声をかけてみる。


「まじっすか。河村さん、そんなに向上心高い人でしたっけ?」


 大学2年生の佐藤がニヤニヤとする隣で、4年生の三浦はなんとも無表情に近い顔で頭をポリポリと掻く。

 レストランの一角で、テーブルを囲う4人。

 哲人の隣に座っていた稲瀬は面白そうに歯茎を見せる。


「いいじゃないですか! 私、興味ありますよ。新しく来た店長とはウマが合わないし、もう“くまんだもん”は辞めようかな~って思っていたところですし」

「俺はパスします。もうすぐで卒業して内定の決まっている会社で働くので」


 稲瀬が賛同し、三浦が拒否をする。

 残すは佐藤だったが、彼は「う~ん」と悩まし気に考える。


 べつに思いの力を使えば、彼らの意志をどうこうすることは可能であったが、そこまでして彼らが欲しいというわけでもなかったので、哲人はとりあえず様子を見ることにした。


「ちゃんとお金が出るんならいいっすよ~。あ、でも“くまんだもん”よりも高い時給でお願いしゃす」

「うーん。まぁ、どうにかなるだろ」


 従業員2人を確保した哲人。

 あとは――調理師でも雇うか。


 彼の中では端から己が調理に務めるという考えはなかった。

 居酒屋経験がある中で、少しぐらいは手伝ってやっても構わないというマインドである。

 元より彼は働きたくないので、スタッフを使って自分は動かずに稼ぐ。

 そういう理想の形を実現させてみたいという、ただの思いつきの願望。


 調理師を雇い入れることに苦労はしない。

 適当にSNSで呼びかけて、適当に採用をする。

 給与だとか休日だとかは、それらしいことをかざしておきながら、ちゃんとしたことは決めてなどいない。


 ただ、それでも調理師が疑問を持って辞退してこなかったのは、言わずもがな哲人の思いの力が影響したからである。


 開業するにしても、運転資金だの仕入れ先だの店の物件探しなどやることは多い。

 さっさと始めたかった哲人は、新宿の一等地の貸ペナントから中抜きで借りることに。以前が喫茶店だったということもあり、キッチン等の飲食店に必要なものは十分に事足りた。


 起業する上で必要な知識など彼には当然としてなかった。

 インターネットで調べたりもしたが、次第に面倒になってくる。

 そんなわけで、彼は代役を立てることにする。

 まずは金銭管理を人間。これは会計士や税理士、あるいは簿記検定を持っている者から雇い入れる。その他の起業に関することは、コンサルタントを付けて経営戦略を立て、それ通りに実行するのみ。


 店の宣伝には適した人物がいる。

 夢野絵理奈。国内トップの女優であり、彼女の発信力は疑いようもない。


 勿論、すべてはトントン拍子に進む。

 そこに失敗も狂いもない。

 彼の想いの力一つでどうにでもなったからだ。


(あ~。人生、余裕だな)



――――――――――――――


「森さん、面白いものを見つけました」


 山下が嬉々として飛んでくる。

 普段はそんな顔を見せない彼に、正道も思わず興味がそそる。


「どうした?」

「実は先日、村岡という男が自死したんですよ」

「ほう。で、その仏さんの死が、不謹慎にもお前を喜ばせていると?」

「嫌だな。そんな言い方やめてくださいよ」

「で、面白いという理由は?」

「まぁ、一応事件性も考えて、彼の近辺を調べてみたんですけどね。というのも、自死する直前まで、彼の知り合いからは到底自殺するようには思えなかったと。で、調査するうちに偶然にも見つけてしまいました」

「何を?」

「あ、これ見てください」


 山下は自らが持ってきたUSBメモリーを自身のノートパソコンに突き刺して、あるファイルを開ける。すると、一つ動画が再生される。


 そこにはパチンコ遊技をしている男性の姿。

 ピカピカと光っている台は、どうやら大当たり中のようである。


「ギャンブルねぇ。ここまで負けが込んでて首が回らない状態だったのか?」

「いえ、当人に借金があったという確認はありません」

「では、ここから大負けした挙げ句に自死したというのは考えにくいと?」

「それもあるのですが――あ、ここ見てください」


 山下が遊技している村岡の背後を指差す。

 別の男性の半身がカメラを見切って、村岡のほうへと顔を向けていた。


「別のアングルのカメラに切り替えたのがこちらです」


 別アングルでははっきりと全身が映し出され、殺意に満ち満ちたりたような顔をした男が露になる。

 すぐれそれが誰なのかとわかるやいなや、正道は山下にでかしたと言わんばかりに頬を緩ませる。


「山下、どうしてただの自死ではないと?」

「違和感。あるいは直感ですかね。それ以上の言葉は……」

「構わん。――これは偶然か? またしても偶然として片付けるのか? いや、偶然は偶然を重ねるたびに意図的な必然に変わる。村岡の死について、もう少し深く調査する必要があるかもしれん」


 河村哲人の周りで起こる不可解な出来事。

 なによりも見えない何かの力が働いてるような感覚が正道にはある。

 いずれにしても、このまま放置するには危険な人物である可能性は高い。

 一刻も早く、どんな糸口で彼がに及んだのかを見つける必要があった。

 


 

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