第7話 紛失物事件(6)
夜遅く、島崎からメッセージが来る。
詩音を信じてみることにしたこと...そして、村川が今置かれている状況を簡単に説明してくれた。
「あの鎖を見たら普通じゃあないって分かるよな...」
アスタを白上高校に縛りつけている黒い鎖。
地縛霊であるアスタの怨念が具現化したあの鎖は、詩音が触れた際とても不気味な思いをした。
触れているとアスタの怨念が...感情が、苦痛が肌を通して突き刺さるように浸透してくる。
心霊体験などしたことのない人にとったあの鎖を一瞬でもみて、触れたのはかなり強烈な印象になってしまうだろう。
「アスタには...あ、そっか」
連絡が来たことをアスタに伝えるため、電話帳を見るが...アスタの電話番号の登録はない。
目の前で自分に電話をして表示名も「アスタ」だったため、登録されているものだと思っていたが、あれは心霊現象に過ぎない。
アスタからの一方通行の連絡手段のため、諦めて明日伝えることにした。
※※※
深夜2時10分頃ベッドで寝てしまっていた詩音が目を覚ます。
携帯で時間を確認し、お風呂に入ったあと寝てしまったことに気づいた。
「変な時間に目が覚めたな...」
詩音はリビングに降りて冷蔵庫のお茶を取り出した。
深夜特有の静けさが、今ある問題への不安を少し和らげてくれる。
まだまだやる事も、解決しなければいけない問題も多い。
だが...アスタと2人ならやっていけそうだと感じている詩音。
「流石にもう一回寝るか」
明日も学校のため背伸びをして自室に戻ろうとした時――詩音の体が突然動かなくなった。
意識はしっかりしている...だが、体が硬直してしまい激しい眩暈と吐き気が襲ってくる。
「(なんだ...これ...)」
金縛り...完全に起きているのに体は全く動かない。
声も出すことが出来ず、静かなリビングでポツリと足音が聞こえる。
「ナンデ、ナンデ、ナンデ」
謎の声ととも眩暈と吐き気は強くなる...匂い、匂いだ。
詩音はその時、リビングに順万している謎の匂いに気づいた。
嗅いだことのない匂い...鼻を通して知覚しているわけではない...もっと深く、自分は何かに対して怯え動けなくなってしまっている。
『丑三つ時の前には必ず寝る事、寝ていなかったら絶対に目を開けたらダメだよ!』
彼は完全に忘れていたが、アスタと最初出会った時にそう忠告されていた。
普段なら絶対寝ている時間のため、気にすることなど無かったが...原因を実体験することになるとは思ってもみなかった。
「ナンデ...ナンデ...」
謎の声はどんどん近づいてくる。
逃げるとしてどこに逃げればいいのだろうか。
体の硬直は徐々に解けていっている気もするが...対策法など全く持ってしらない。
塩を巻く?寺や神社に駆け込む?そんな考えが過る中、突然廊下から悲鳴が聞こえる。
「アアア!!リュウ!!リュウニクワレル!!」
その声とともに体の硬直は溶けてリビングに漂っていた匂いも一瞬で消えた。
焦った詩音は体を触って自分が無事であることを確認した。
「な、なんだ...」
全く何が起きたのか分からない...廊下に居た何かが怯えて消えた?
恐る恐る廊下を見ると、倉庫の扉が少し開いている。
先程までとは変わって廊下には雨の匂いがしていた。
何か濡れているわけではない...そしてその匂いがする方へ詩音は足を運ぶ。
「これは...」
倉庫に入ると保管してあった箱から光が漏れ出ている
中にはお守りのような袋が入っており、鱗らしくものが光を放っていた。
500円玉ぐらいのサイズがある大きな鱗はこの世のものとは思えないほど綺麗で、淡い水色の光を放っている。
お守りには「水月神社」という文字が印字されており、学校の近くにある水月神社で販売しているお守りと思われた。
「...ちょっとこっちの問題も急がないとな」
自分は過去、幽霊が見えていた。
今のように得体の知れない何かに襲われなかったのは、もしかかするとこのお守りがあったから?
家にいた良くない何かは「龍に食われる」と言っていた。
その言葉を真に受けるなら...この鱗は――
「ま、まさかな...」
普通の神社で売っているものの中身が龍の鱗なんて...考えられないが、詩音はそのお守りを手に自室に戻った。
※※※
「だから言ったのに!!」
アスタに昨日あった諸々のことを相談した詩音は、心配したアスタによって説教をされた。
廊下に居た存在についてはおそらく悪霊...何らかの怨念に支配され、人を襲うことも少なくない存在。
アスタも幽霊になりたての頃は悪霊から逃げ回っており、一番活発に活動し生きてる人間を襲うこもある時間帯が丑三つ時だという。
そして、その悪霊を退治した謎のお守り...その中に入っていたら大きな鱗をみてアスタ少し身震いした。
「...これ、ホントに龍の鱗かも」
「ええ...」
「水月神社は私も知ってるよ。この学校の図書館の本は全部読んでるから...水月神社が何を祀っているのかも知ってる。それを考えるとこの鱗は本物だと思う」
「水月神社って...何を祀ってるんだ?」
「龍神、水月を祀っている神社よ」
昔、白上市は1年を通して全く雨が降らず、飢饉に陥った。
自然に抗うことが出来ない人々は祈りを捧げ恵の雨を望んだ。
そんな時、天から龍が現れ雨を連れて人々を助けた。
天の使いである龍に感謝し、お礼を申し出ると、龍は寝床がほしいと告げた。
自分たちを救ってくれた龍が安心して暮らせるように神社を建て、気に入った龍はそこに住み着き人々を見守ってくれている。
以上が水月神社にまつわる伝説とされており、龍が気に入るだけあって地方の神社にしてはかなり大きくしっかりしているため、白上市の観光名所にもなっている。
「伝説通りであれば、水月神社にはホントに龍が住んでるかもしれないな」
「実際この鱗は魚とか爬虫類とかのものじゃあない...今後のためにも一回水月神社には行った方がいいよ」
「確かに...そうだな」
学校から徒歩で20分の山に建てられている水月神社。
昨夜のようなことが今後起きるかもしれない...だが――詩音は神社に行くことを少し恐れていた。
龍が住まう場所だからではない...何か――思い出さないといけないことがある。
言葉では説明できないため、心配するアスタに伝えることは出来ない。
だが、アスタは詩音のそんな気持ちを少し察していた。
「(水月神社にいるってことは仮にも神様...神様からその体の一部をもらい受けるほどの庇護を受けていたのに...詩音は記憶を失くした。それって神様でもどうすることも出来なかった相手ってことかな)」
鱗は十数年前のもとと思われるが...その鱗は途轍もない霊力を放っている。
生半可な幽霊は近づくことすらできない程強力な力...これが体から抜け落ちた一部なんて彼女には考えられなかった。
「一旦は島崎先輩と村川先輩のことに集中しよう。お守りは肌身離さず持っておくよ」
「そうだね。邪念があるうちに神様に会ったら怒られるかもしれないし」
状況を進展させるためにも紛失物事件のことに取り掛かる二人。
島崎とのメッセージでも重要なこととなったが、被害者本人である村川に戦う意思がないといけない。
証拠はアスタが用意できるが、本人が諦めていたは周りはどうするこても出来ない。
「村川先輩と話したいけど...島崎先輩ですらまともに話せてないから...俺なんて信用してくれるわけないし」
「話をするってなっても...説得するのは難しいと思うよ。島崎さんみたいにオカルトをチラつかせてっていうのはかなりリスク高いから」
「あれもあれでだいぶ賭けだったからな...」
イジメに立ち向かう本人の意思...それが解決の糸口になるはずだが、それが出来ていれば最初っから問題は起きていない。
「いっそのこと山西さんを懲らしめるとか出来ればね...」
「懲らしめる...か...」
山西の裏での素行の悪さはある程度認知している。
テニス部退部の件だけでもかなり身勝手な人物であることは把握できるが...それが分かったところで状況は変わらない。
だからこそ、彼女は人をいじめているんだ。
「俺らがそれをしたら、気に食わない人をイジメる山西先輩と大差ないからな」
「それは...そうね」
義憤を感じるのは特におかしなことではない。
だが、詩音とアスタは事件に置いて第三者に過ぎず...筋を通さなければやっていることは山西と大きな差はない。
焦りを感じているアスタにとって、その言葉は冷静さを取り戻すには十分だった。
「ともあれ、村川先輩と話して...なんとか説得しよう」
「...うん!」
※※※
家に帰った詩音はしばらく島崎とメッセージでやり取りしていた。
村川の裸に近い写真をネットにばら撒くと脅し、島崎は便利な召使いのように扱われているらしい。
だから島崎は村川と接触できる機会が少なく、メッセージのやり取りもここ最近返信がないとのこと。
自分もまた村川を追いつめている...そう感じている島崎は紛失物事件という強行手段に出ている。
「もう村川先輩を何とか説得するしかないな」
携帯を置いて冷蔵庫を開ける詩音...そして彼は自分が味噌を買い忘れてしまったことを思い出した。
「(ダメだな...俺も焦ってる)」
そう思いつつ、冷蔵庫を閉め味噌を買いに行こうとした時...丁度帰ってきた樹と廊下でバッタリ出会った。
「お帰り、樹」
「出かけるの?」
「味噌買い忘れて...ちょっと行ってくる」
「一緒いく」
「いや、近くだからすぐに――」
「一緒いく」
樹は書類でパンパンになったカバンを廊下に置いて、靴を履きなおした。
スーツ姿のまま再度出かけるのも面倒なはずだが、今日はいつものワガママとは何か別の雰囲気を感じる。
仕方なく詩音は樹と並んで近くのスーパーまで歩く。
「学校で何かあったの」
「...」
樹は昔から本人でも詳しく知っているわけではないのに確信を突く。
ここ数日、紛失物事件で色々悩んでいたのは事実だが...知らずに言動に出てしまっていた。
こうなったらもう隠すことは出来ない...詩音は足を止めて樹を見つめた。
「樹は...友達でないクラスメイトがイジメられてたらどうする」
「多分見てて不快だから首突っ込んで止めるかな」
「見てて不快って...」
「私は汚い大人だから、自分が大事だと思う物しか守れない」
街頭が照らす光の外で樹は足を止め、そう話した。
「大事だと思うもの全てを守るなんて誰にもできない。何かを諦めてそれでも生きてく。世の中ではそれを大人って言うの」
樹は紛れもない天才...若くしてとある企業のCTO...最高技術責任者を務めている。
今までいくつもの画期的な技術で特許を取得しており...企業内での発言力は絶大。
本人は肩書だけで、実際し研究室に籠りっぱなしなど話しているが...樹が持つ力と責任の大きさは詩音も理解している。
そんな樹でも諦めるものがある...言葉どおり全てを守ることなんて誰にもできない。
「詩音はどうしたいの、その人を」
「...助けたい」
「じゃあそうすればいいよ」
「簡単にいうけど...接点がないんだぞ...」
「関係ある?詩音が助けたいって思ってるんだったらそうすればいいよ。それだけ」
街頭に照らされる詩音は樹がただ「やればできる」と漠然と言っているわけではないことを知っていた。
「やればできる」ではなく、「やろうと思えば出来るはず」そう樹は言っていると。
自分にそんな力があるのか分からない...だが、樹は力の有無を言っているわけではなさそうだった。
「詩音はね。昔っからバカみたいに優しくてさ」
年の離れた姉を持つ樹は、詩音が小学生の時に高校に通っていた。
結婚して2児の母となった姉...家族の中でも変わり者扱いされており、人とかなりズレていた樹は、学校にも家でも馴染めずいつも一人で過ごしていた。
「お節介...って言えばそこまでだけど。なんか...そう言い切れない自分が居て」
はじめて詩音に会った時...詩音は嬉しそうに微笑んでくれた。
変な自分に懐いて、いつも「お姉ちゃん」と後ろをついてきた。
「なんか...それで救われたの私は。詩音は言葉には出来ないすごい力があるってこと」
現実主義な樹はハッキリ説明できないものを言葉にしたりしない。
だが...そんな樹が詩音には謎の力があると励ましてくれている。
本人は詩音の身に何が起きているかなんて分からない...でも、樹は詩音が欲しかった言葉を口にしてくれた。
「ありがとう樹」
「早くスーパーいくよ。お菓子買いたいし」
「ご飯前は食べるなよ...」
「ご飯前に食べるとは言ってないし」
樹と詩音は再び並んでスーパーへと向かう。
具体的な方法を聞いたわけではないが、「何をするか」より「何を伝えるか」それが大事だと言われた気がした詩音であった。
幽霊探偵 タケノコの子 @takenokonoko1215
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