第6話 紛失物事件(5)

アスタは20年間白上高校で彷徨っていた。

 そのせいか、白上高校敷地内ではアスタの力が浸透しやすく。

 本人も校内のことを意識すれば全て把握することが出来るとのこと。


「今旧校舎の3階付近かな...空き教室から出て廊下を移動してる」


だからこそ、特定の人間が何処にいるかは下手なGPSより詳しく知ることが出来る。


「...」


アスタに案内されながら島崎のところに向かっていた詩音は唐突に立ち止まってため息をついた。


「どうしたの詩音...?緊張してる?」

「いや...なんというか」


幽霊から追われるホラー映画で、必死に逃げても逃げられないわけだ。

 こんな正確に把握できるのであれば、どこに逃げても無駄だと思った詩音は心底自分が追われる立場でなくて良かったと思った。

 そんな言葉を飲みこみつつ、二人は島崎が移動している先に向かった。


「近いよ詩音」


旧校舎の3階に向かう途中の階段でアスタが上を指さしてそう伝えた。

 3階から4階に移動している最中の島崎に気づいた詩音は少し緊張しながらも声をかけた。


「島崎先輩」


突然自分を呼ばれた島崎は驚きつつ後ろを見た。

 黒く長いポニーテールが揺れ、全体的に引き締まっている体は事前に元陸上部ということを聞いていなくても運動部であることが分かる程。

 島崎は詩音のネクタイの色をみて彼が1年生であることを認識した。

 だが、全く面識のない人物が自分を知っていることに少し警戒している様子。


「1年生だよね。どうしたのこんなところで」


普通ならかなり動揺するはずだが、島崎は物怖じせず詩音を真っすぐみたまま階段を下りて近づいてきた。


「どうして私の名前を?」

「以前会いましたから、放課後の音楽室で」

「!」


紛失物事件の犯人である彼女は、音楽室で詩音と鉢合わせてしまい咄嗟に逃げた。

 後ろを振り向く前に逃げたため、詩音がその時教室に居た生徒であることすら認識出来ていなかったが、詩音からの言葉に島崎の心臓は早鐘を打つ。


「あの時は君だったんだ。ごめんちょっと驚いてしまってそのまま逃げてしまったの」


必死に冷静を保ちつつ、詩音の出方を伺う。

 その時いくつか集めた物を落としているのは本人も把握している。

 彼は何を言う?脅しにかかるか、先生に突き出されるか...島崎の中で不安が大きくなり思わず詩音を鋭く睨めつけている。


「...」


詩音もまた警戒されていることは十分に分かっていた。

 だが、どう話を切り出すかを未だに適切な言葉が見つからない。

 紛失物事件からきっかけを作ることは考えいたが、思った以上に島崎が警戒するものだから、彼としても対処に困っていた。

 知らないふりして紛失物事件の経緯を本人から聞き出す...そんなプランもあったが、これでは紛失物事件は認めてもその裏にある村川のイジメは話してくれそうにない。

 島崎の後ろからアスタが心配そうに見つめる中...詩音の中で一つの突破口が見つかった。


「俺は1年5組の坂本 詩音です。島崎先輩のことは大会で見てたので...走り姿からそうじゃあないかと思って」


島崎は1年の夏の大会を最後に引退している。

 引退理由はアスタにも分からないが、おそらく村川が関係していると二人は推測していた。

 それまで島崎は陸上部として大会でも上位に入賞するなど活躍しているため、これならば下級生である詩音が村川を知っている理由にもなる。

 だが問題は――


「そうなんだ。君も陸上してるの?」


大会で見た...そんな言葉をいうからには詩音も大会に出場していたと考えるのが無難。

 まして下級生ならば特にそうだが...島崎としては詩音の体格はいいが運動をしているようには見えなかった。

 もちろんそのことについても詩音は対策をしている。

 心の中で皐月に詫びを入れつつ口を開く。


「いえ...友達の応援に行ってたんです。月本 皐月...同じくクラスで幼馴染の友達なんで」


陽菜から聞いた話、皐月は元々テニス部ではなかった。

 陸上部で長距離走者であった皐月が、部員に馴染めず孤立していたのを見て陽菜が誘ったということは聞いていた。

 それまで皐月は大会で優勝するなどの成績を収めていたため、皐月を応援して大会を見に行くことは不自然なことではない。

 実際その大会には行ったことはなく...陽菜が見せてくれた写真と語ってくれた話から構築された嘘であっても。


「なるほどね。私は月本さんとかより話題性はないと思ったけど意外と覚えられるものね」


大会優勝経験のある皐月と比べれば...だが、島崎は短距離走者のため比べることは出来ない。

 そして本人はかなり謙遜しているが、島崎も中学校最後の試合では優勝をしている。


「それで...君はなんでここにいるの?わざわざ私を探してきたの?」


とりあえず島崎のことを知っていることについては説明が出来たが、旧校舎の空き教室が多い3階に来ている理由にはならない。

 完全には解かれていない警戒をどうするかアスタが不安がっていると、詩音は状況を一変させる言葉を投じる。


「俺にも手伝わせてください。島崎先輩」

「手伝うって...何を?」

「村川先輩のことです」


いきなり確信を突く言葉に島崎の表情が一気に変わる。

 警戒を通り越して敵対心にも似た鋭い目で詩音を見つめるため、アスタはアワアワとしながら詩音の後ろに隠れる。


「い、いきなりほんとのこと言ったらから!」


段階を経て近づくものかと思ったアスタは、詩音の行動に島崎との話し合いがダメになると心配する。

 だが、詩音は通常の方法ではもはや島崎と話し合いが出来ないと理解していた。

 島崎からするとポッと出の新入生がいきなり自分たちの問題に首を突っ込もうとしている。

 どんなに詩音が二人のことを思っていても、それ想いは二人に通じることは決してない。

 ならばどうするか...通常ではない方法を取るしかない。


「...」


詩音は手をアスタの方に向けてスマホを出すように指示した。

 アスタが所持しているスマホは、彼女同様他の人には見ることは触ることも出来ない。

 でも...それはアスタが持っている時限定、彼女の手から離れれば普通のスマホでしかない。

 だから...こんな目の前でスマホを渡したら、普通の人には突然スマホが現れたように見える。


「詩音...」


何か考えがある...そう信じたアスタはポケットからスマホを取り出して詩音に渡した。

 もちろん何もない空間から突如としてスマホが彼の手に乗ったように見えた島崎は驚き警戒するどころの騒ぎでは無くなった。


「え?!ど、どこからスマホなんて!」


いきなりマジックでもされたのかた思った島崎だが、詩音はそれよりも超常的な言葉を口にする。


「俺...昔から見えるんですよ」

「み、見えるって何が...」

「まあ、そういうものです」


ハッキリと明言はしないまま、アスタが撮った写真の中で山西が島崎を連れて廊下を歩いている写真を選択して彼女に見せた。


「最近ちょっと学校内で黒いものが見えて...辿ってみたら山西先輩って人から出ていて...その黒い先端は島崎先輩でした」


何を言っているのか分からない...それは詩音自身も思っていること。

 でもこういうのは特に名言はしなくていい...島崎が勝手に自己解釈すればいいだけだと思っていた。

 昔から見えていることも、山西が島崎に対して黒い(悪い)ことをしていることは確かだ。

 その事実をちょっとずつ誤解されるように口にすればいい...さっき見せた通常ではあり得ないことと一緒に。


「ハッキリ何があるとかは分からないです...でもよくないことがあるんだなって思ったので力になりたいと思ったんです」

「...」

「まあ...こういうこと言っても今まで信じて貰えなかったので、ダメ元ではありますが...応援していた先輩だったので...どうしても無視できなくて」


多大な誤解と、少しの真実と嘘を口にした詩音は落ち込んだようにため息をついた。

 島崎は彼が見せた写真と、語った言葉で激しく動揺している。

 ここから先は完全に賭け...詩音を変人として無視するか、詩音が語った言葉を信じるか...もう一押しあれば――そんな状況を打開するためにアスタは覚悟を決めた。


「!」


島崎が俯いている時...自分の足から鎖のようなものが廊下のずっと先まで続いているのが見えた。

 詩音がさっき言った黒いもの...禍々しい雰囲気を出している鎖を見て、そう感じた島崎は驚いて尻もちをついてしまう。


「黒いのが...ああ...」


慌てて自分の足を手で払った島崎だが...黒い鎖は見えなくなっており、今起きた現実を受けとめきれずに放心していた。


「(アスタ...何かしたな...)先輩大丈夫ですか?すみません...急に俺が言ったせいで」

「う...うんん...大丈夫」


詩音は島崎に手を伸ばすと、彼女は未だに信じきれない状態ではあるものの...


「あなた...ホントに見えるの?」

「一応...はい」


あながち詩音の言葉が嘘だとも思えないような反応をしていた。

 しばらく呼吸を整えて落ち着いた島崎は詩音を見つめて話した。


「私霊感とかそういうのないから...あなたがどういう感じなのかは分からないけど...助けてくれるの?」

「俺に出来ることなら」

「...ちょっと考えさせて、連絡先もらえる?」

「はい、もちろんです」


かなり慎重になっている島崎の心に少しでも入ることが出来た結果に、詩音は連絡先を交換して旧校舎を後にした。


「もっと攻めなくよかったの?」


旧校舎を出たところで、心配してきたアスタに対して詩音は頭をかきながら答えた。


「加減が分からないからな...まあでも少なくとも揺さぶることは出来た。あとは少しずつ近づいていけばいいと思ってる」

「接点を普通じゃあなくするって方法は確かに良かったかもしれないね。あと島崎さんがオカルト系ちょっと信じるタイプでよかった」

「アスタが何かしたんだろう...」

「私はちょっと自分の鎖を巻き付けて...伸ばして島崎さんに一瞬見えるようにしただけだから。霊力消費も少なくていい感じだよ」


本人も無理ない範囲でということは知っているが、霊力を使うというのはアスタの命を削っていること。

 そのことについてどうしても心配になってしまう詩音だったが、今回はその勇気のおかげで大きく踏み出せたことを感謝した。


「ありがとうアスタ」

「お礼はこっちのセリフだよ...」

「まあ、お互い頑張ったんだ...喉乾いたし何か飲むか?」

「え、私にも買ってくれるの?」

「飲めるならいいぞ、何がいいんだ?」

「ずーーーっと自販機にあって気になってたキノコのお味噌汁があるの!」

「何だそれ...」


幽霊と一緒に校内を歩く...そんな学校生活も悪くないと、詩音は笑いつつ。

 二人で夕日が沈む校内を歩いて自販機へと向かって行った。






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