第5話 紛失物事件(4)
「はい、アスタ。使い方は言ったとおりだ」
朝早く学校に登校した詩音はアスタに家から持ってきた型落ちのスマホを渡した。
電話などは出来ないが、カメラとして使う分には何も問題はない。
試しに数枚写真を撮ってみて、動作確認もバッチリだった。
「俺が触ったらどれだけの時間触れるんだ?」
「分からないけど…確実に1日は持つと思うよ」
「そうか」
霊力を消費するという具合が分からない詩音にとって、「自分が触ったものなら持てる」が有効期限があるのかどうかはかなりの不安に感じた。
そして、まだ試していないアスタがスマホを持った状態では周りからどう見えているのか...まだまだ不確定要素が多い中、アスタはスマホを触って何か思いついたように詩音の肩を叩いた。
「詩音の携帯番号教えて」
「いいけど...それ電話出来ないぞ」
「うん、でもいけるはずなんだ」
SIMカードが刺さっていないスマホは、データ通信も電話もできないはず...
アスタに自分の携帯番号を教えた詩音はそう思いながら彼女を見つめていると――
「は?!」
アスタが通話ボタンを押すと、通話画面に「アスタ」と表示された文字割れした謎の番号からの着信が届いた。
「も、もしもし」
「聞こえるー詩音?」
目の前から電話をかけているにも関わらず、寒気がする状況...スピーカー越しのアスタの声は少し聞き取り辛かったが、ゆっくり会話すれば問題ないと思えた。
「どういうことだ...これ」
「ほら、幽霊から電話がかかってくるとか聞いたことない?」
「聞いたことはあるけど...」
「私もね理屈はよく分からないけど...いわゆる霊力って「こんなことも出来るはず」を具現化する力なの」
幽霊から電話がかかってくるはず...認識の下地がしっかりしているものに対して、霊力を込めて現象を引き起こすことは簡単だという。
今アスタは生まれて初めてスマホを手にしているため、イメージが掴めず音質が不安定になっているが、慣れていけば次第にクリアに、遠くと電話することが出来ると説明した。
「実際に使えるか使えないかなんて関係ない、この携帯はあくまで補助に過ぎないの、「電話をかける道具」という認識が強く染みついた物を手にしてあなたに「幽霊から電話がかかってくる」現象を霊力で引き起こしてるだけ」
「全然よく分からないが、これで簡易的に連絡が取れるっていう認識でいいのか?」
「うん、通話できる距離については学校内は保証できるけど...学校外はちょっと電波悪いかも」
「電波悪いって...昔っぽいな」
何故か幽霊とジェネレーションギャップを感じてしまった詩音は、一旦電話を切って本題へと戻った。
「兎にも角にも、一旦は証拠集めだ。あとは関係者と接触出来れば少しは進展するけど...面識が全くない状態で首を突っ込むことは難しい」
「だよね...かと言って面識を作るのも難しいし」
「最悪...イジメの証拠を親御さんとかに匿名で送付するしかないな」
「優さんは望まないと思うけど...それも一つの手段ね」
全員が納得する形で決着をつけることは出来ない。
現状では出来ることが少ない詩音とアスタだが、それでも精一杯動いてみると約束した。
少し暗い顔をしてカメラを握りしめるアスタは自分は止めることもできないでただ写真を撮るだけの現状に激しく無力さを覚えていた。
詩音もどう言葉をかけていいかよく分からなかったのでとりあえずアスタの手を掴んだ。
「詩音?」
「ごめん、どう言葉かけていいか分からないから…頑張ってとか無責任だし…」
「頑張ってでいいよ。私も同意した作戦だから」
「…じゃあ一緒に頑張ろう。アスタ」
「うん!」
詩音の言葉に元気を取り戻したアスタは強く頷いて証拠を集める作戦を開始することとなった。
※※※
アスタと別れた後、やることが無かった詩音はテニス場へと向かった。
陽菜と約束していたこともあり、一応メッセージを入れてみたが既読が付かないため練習の真っ最中だと予想した。
一度様子をみて取り込み中だったら退散も考えていたその時。
「あ!詩音!」
目を星のように輝かせて、今にでも飛びついてきそうなすごく元気な陽菜に見つかってしまった。
様子からみてさっき練習が終わったのか、彼女はタオルで汗をふきながら詩音に近づいて来た。
「お、おはよう陽菜」
「どうしたの?こんな朝早くに」
「い、いや…たまたま目が覚めたから…練習でも見に行こうかなって…」
アスタと会うために早く来たなんて言えるはずもなく、詩音は若干後ろめたい気持ちを隠しつつそう答えた。
「そうなんだ!ありがとう!でももう終わっちゃったかな…よかったら皐月と一緒に軽く試合するけど見る?!」
純粋な眼差しが詩音の心に突き刺さる。
陽菜は詩音が見に来てくれたことがよほど嬉しかったのか一段と目をキラキラさせて返事を待っていた。
彼がみたいというならいくらでもボールを打ち続けるであろう勢いに、詩音はますます心を痛めた。
「今日はいい…陽菜も疲れてるだろう?また今度来るからその時にカッコイイ姿見せてくれ」
「うん!待ってるからね!」
人に嘘はつくものではない...改めてその言葉の正しさを理解した詩音だが、陽菜は突然「はっ」と何か思いだした顔をし、瞬時に彼から距離を取った。
「えっ?」
突然の行動に詩音が戸惑っているが、陽菜は裸でも見られたかのように顔を真っ赤にして恥ずかしがっていた。
「に…に、匂ったでしょう…」
「はい?」
「あ、あ、汗臭かったよね…?」
「…?」
全く気にしていなかったが、陽菜はさっきタオルで汗をふいていた。
練習が終わってちょうど詩音を発見した彼女はまだシャワー室へ行っていない。
確かにところどころ汗は流れていたが、汗臭いとは全く思わなかった詩音は心配性な陽菜を見て自然と笑顔がこぼれてしまう。
「前にも言っただろう。匂いは気にしないって」
詩音は陽菜に近づくと軽く頭を撫でた。
いつもは撫でてくれと言わんばかりに頭を突き出してくるのに対して、今回は逃げたいが逃げたくないといった様子で恥ずかしがっている様子。
「手…臭くなるよ…」
「匂いなんかしないって、何でそんなに気にするんだ?」
「だ、だって…臭いと詩音も嫌でしょう?」
「心配しなくても汗臭くなんてなし、俺は陽菜が汗臭くても気にしないぞ」
「そうなんだ……詩音ひょっとして匂いフェチ?」
「何でそうなるんだよ」
呆れた詩音は軽く陽菜にチョップを入れて離れた。
少し頭を抱えつつ彼の言葉を嬉しく感じた陽菜は笑顔で聞いた。
「詩音…シャワー行って来るから待っててくれる?」
「あぁ、いいぞ」
もう恥ずかしがっている様子はないが、陽菜は急いでシャワー室へと向かった。
自分にとってはまだまだ子供っぽい陽菜と感じるが、高校生の年頃の女の子...もう昔のような距離感で接することは難しいと寂しく感じていた時だった。
テニス場から奥から何人かの部員とともに、皐月が出てくるのが見えた。
彼女も詩音に気づいたのか軽く会釈をしながらニッコリ笑顔を見せた。
テニスボールの入った籠を持っていたので後片付けしてから来たのだろう…重そうにも見えたので、手伝うことも考えたが...何故か一緒に出てきたテニス部員たちの視線が痛かったため少し離れた場所で二人を待つことにした詩音であった。
※※※
数分後、シャワーを終えた陽菜と皐月と並んで歩いて教室へと向かう。
その途中で詩音はテニス部員の視線が鋭く感じたことを口にすると――
「詩音さん...少し耳を」
皐月は陽菜に聞こえないように詩音の耳を借りて小声で真実を話した。
「詩音さん...陽菜の彼氏だと思われてて...それでちょっと...」
単純に彼氏がいるだけ...そんな嫉妬心ではなく、テニス部で過去恋愛に現を抜かして、大会直前に退部したとんでもない人がいたと皐月は説明した。
先生には「自分の実力では大会がプレッシャー」と訴えていたが、実際部員たちが知っている真実は「彼氏がテニスのユニフォームが好きだったから」とそもそも部活に興味すら無かったことを語っていたという。
結果その部員が試合を目前にして引退、ペアを組んでいた人はダブルスのみ出場だったため、試合を放棄せざるを得なかった。
「前例があるだけ、結構テニス部内ではピリピリする話題なんですよ」
「ええ...」
何かと面倒だと思いつつ心配そうに陽菜を見つめる詩音。
皐月の話によるとシャワー室で詩音のことを聞かれて、彼氏であることは否定し、幼馴染で友達として仲良くしていると話したとのこと。
三人が知るよしはないが、陽菜の言動で詩音に少なからず好意があることは筒抜けで...陽菜の話を聞いたところで部員の警戒態勢が解かれることは無かった。
「まあでも...詩音さんに何かするってことはないと思います...辞めた元部員が異常というのはみんな分かっているので」
「変な人もいたもんだな」
「なんの話?!」
皐月と詩音がこそこそと話していることに気づいた陽菜が会話に参加するが、元の話題を振るわけにもいかず。
皐月は気を利かせて話題を変えた。
「ダブルスの試合の前に辞めた先輩の話をしていました」
「あ...あの山西 愛って人?」
「え...ちょっと待って、今の話って山西 愛さんのことなのか?」
思いがけないところで情報を得られそうだった詩音は驚きつつ、詳しく話を聞く。
陽菜と皐月が入部する前に起こった事件のため、二人も接点があるわけではない。
ただ、テニス部員からはかなり恨まれているようで...悪評という名の裏の顔が出てきた。
「詩音は山西先輩に興味あるの?」
普段なら聞き流しそうな話題を深堀された陽菜は、不思議そうに詩音を見つめた。
確かに自分が興味を持ちそうな話題ではなかったため、詩音は視線を逸らしつつ言い訳をした。
「ただの気まぐれだよ...世の中変な人もいるもんだと思っただけだ」
「そうだよねー私も聞いた時びっくりしたから」
「縁遠い世界の話なので...正直現実味がないですね」
2年生の先輩の悪事なんて、詩音たち1年生には全くもって関係はない。
縁遠い世界といえば、アスタと紛失物事件だってそうだ。
詩音が学校生活をおくる上で全く関係ない話であるが...それでも無視できないのは何故だろう。
彼は静かに自分の気持ちを向き合って答えを見つけるのであった。
※※※
3日後の放課後、定期的に会ってアスタと情報交換をしている詩音だったが、その日は一段と悩んでいた。
島崎 静香も、村川 優とも面識がない中で証拠だけを集め何も出来ずにいる。
不安は焦りに、迷いに変わっている...そのことは一緒にいるアスタにもよくわかっていることだった。
「詩音...今からでも降りていいよ」
「えっ...」
証拠を確認していた詩音に、アスタは提案した。
思えば死者の自分が「助けたい」と思ったことで始まってしまった紛失物事件。
学校生活を楽しむはずの詩音を巻き込んでまで行なうことにアスタ自身も戸惑いが生まれていた。
「詩音は1年生で二人ともなんの接点もない。動くのも大変だし...それには詩音には関係ない話でしょう?」
「...関係ないね」
その言葉を聞く度納得してしまっている自分もいる。
だが、納得してはいけないと思う自分もいる。
正義感なのか、自己満足なのか、その答えは見つからず...詩音はずっと迷っていた。
「確かに、島崎先輩も村川先輩も俺にとっては接点のない他人だし...事件について何か責任を持てるわけじゃあない」
現状でも二人と接触しないまま、証拠だけを集めている...果たしてこれに意味があるのかと迷うことも多い。
だが、詩音はアスタの言葉を聞いてハッキリと変わった気がした。
「自分がこれ以上事件に関わる理由って何かとずっと迷っていたのは事実だ。でも...気づいたんだ。俺...アスタがそんな顔するの見たくないんだって」
「え...」
追いつめられても笑って誤魔化すことしか出来ない...それでも辛く隠しきれていない涙。
詩音は悲しくて苦しくて助けを求めている彼女を見て見ぬふりすることが出来ないと気づいた。
「イジメは悪いことだ...それに対して義憤に駆られている自分もいる。でも一番は...友達であるアスタが心を痛めているのに、事件に対して無関係だと思っている自分が嫌なんだ」
現実問題というのは確かに存在している。
詩音は事件に最も関係なく、関わるべきかどうかすら戸惑ってしまう。
だが、アスタは紛失物事件に関わり自分の命を削ってまで先輩二人の問題を何とかしたいと願っている。
そんな心優しい彼女がこれ以上心を痛める姿を見たくない...詩音の気持ちはそういう願いであることに気づいた。
「俺も腹をくくる...アスタ、今日島崎先輩と話をつける。島崎先輩の居場所を教えてくれ」
「詩音...」
叶わぬ願いだが、アスタは生きている時に詩音と出会いたかったと願った。
彼は口では事件に対して無関係で、無関心と言っているが...自分と同じぐらい他人のために悲しみ怒ることが出来る優しい人間だと理解した。
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