第4話 紛失物事件(3)
18時過ぎ頃...詩音は玄関の鍵を開けて帰宅した。
樹からは残業のため帰宅時間が遅くなるとメッセージが入っていた。
彼は着替えるために自分の部屋に入ってカバンを下し、制服をハンガーにかけた。
数時間前の学校で聞いた話はかなり衝撃的な事実だった。
「詩音、紛失物事件はただのイタズラじゃあないの。私も犯人も全部とある人を助ける為にやっているの」
「とある人?」
幽霊は
そして幽霊は霊力使いすぎると消滅してしまう。
身の危険を顧みずアスタは紛失物事件に加担している…どうしてそこまでしているのかその真相が語られる。
「その人の名前は
1年生の詩音が2年生の先輩を把握しているわけではない。
陽菜のようにある程度有名なら名前ぐらいは...となるが、あいにくその人は全く聞き覚えのない人だった。
「音楽室で俺を見て逃げた人?」
「そっちは紛失物事件の犯人、
「犯人は分かったけど、何でその島崎さんは紛失物事件を起こしているんだ?」
詩音の質問にアスタはなるべく平常心を保ちながら経緯を説明する。
「私がこの事件を知ったのは詩音が入学する前の2月…その日は私が死んだ屋上でボーっと空を眺めていたの。そうしてたら校舎裏に何人かが集中していたのを感じて興味本位で近づいたら……」
話している途中、アスタはいきなり強くこぶしを握り絞めた。
そしてゆっくり一息をつくと…
「優さんが何人かにいじめられてるのを目撃したの」
「っ...」
「もう終わった後みたいだったから優さんは壁にすがって無気力に座っていて…周りはそれを写真に撮っていたの……優さんは服がボロボロだったわ…」
「…」
かなりひどいレベルのイジメ、それを憎んでいるかのようにアスタは身を震わせた。
だが、詩音はわかっていた。憎んでいるのもあるが…それは恐怖だ。
イジメられた人しか分からない恐怖...自分ではないと分かっていても体が勝手に震えてしまう。
詩音も若干脈拍が上がってしまうが、アスタの方が心配なため、必死に平均なふりをしてアスタの手を掴んだ。
「大丈夫、ゆっくりでいいから」
「……その後、私はその優さんが気になって調べたの…色々と…そうしたら分かったの、優さんが何でいじめられているか…何で紛失物事件が起こっていたのか」
震えが止まったアスタはなるべくゆっくり事実のみを口にした。
「優さんは1年生の時に静香さんと仲が良かったの…それこそ親友。優さんは周は少し人見知りだったけど、静香さんがそれを支えて他にも結構友達はいたよ…でも…ある日静香さんが調子を崩して教室でその...お漏らしをしてしまったの。それを優さんは自分がしたって嘘をついて静香さんをかばった…そこからよ…イジメが始まったのは」
くだらない...実にくだらない理由、でもいつだってそうだ。
いじめに理由なんて必要ない...今の話だってただのきっかけに過ぎない。
その残酷な事実を二人は嫌というほど知っていた。
「同じクラスの
「…」
「優さんと静香さん最初は抵抗したけど…先に弱点掴まれてね…優さんの露出写真…先生とかに言いつけたらネットにばらまくって…静香さんは山西のご機嫌をとる為に友達のふりをしてる…」
聞いただけで自然と頭に血が上る話、友達を庇った優さんをいじめる理由など存在しない。
あえて一つ理由を作るとするならば...それは「ただ気に入らない」だ。
紛失物事件の根底に潜んでいるのは陰湿なイジメだということが分かった。
だが、紛失物事件が優さんを助けることに繋がるとは思えない...質問をする前に詩音の疑問に気づいたアスタは正解を口にした。
「紛失物事件を起こしたのは静香さん、その理由は…昨日詩音がしている行動が答えだよ」
「俺の行動?」
忘れた教科書を探して放課後の音楽教室に向かった...
教師からは注意喚起がなされ、先生や風紀委員会が校内を巡回していることもあるそうだ。
「先生や風紀委員会に学校を巡回させるのが目的なのか?」
「正解、先生達が学校を巡回すれば学校内でのイジメの頻度は下がる。外でいじめるならばと、静香さんは匿名で警察に「怪しい人が最近ひとけのないところに集まっています」って通報してるの」
かなり危険な賭けだが、でも実際は静香さんの思いどおりになっている。
だが、今の方法は長続きしない、警察も一時は警備をするかもしれないが怪しい人物がいないと何度か確認できたら警備を辞める。
学校内のことだって静香さんが犯人として捕まってしまうのが目に見えている。
応急手当程度しかない方法だが、静香さんはそこまで切羽詰まっているのだろう。
紛失物事件だけを解決したら静香さんだけが罰せられる。捕まって真実を話したところで山西って人がネットに写真をバラまかれてしまっては元も子もない。
かと言って今の現状をそのまま報告しても…先生が適切な対処をとってくれるとは正直思えない。
「問題は写真と…山西って人への適切な処罰だな」
「そうなの…もし写真が消えて、真実を言って処罰されても、山西って人が復讐しててくる可能性は高い。そもそもちゃんと処罰されるかも分からないかな...山西って人表向きはかなりいいから」
イジメられている人も学生ならばイジメいる側も学生...学校としては騒ぎを大きくしたくないため、甘い処置をとるってことも少なくない。
ましてや表向き顔がよい生徒なら「魔が差した」なんて言葉でいくらでも逃れる可能性がある。
「昔俺もイジメられてたことがあったんだ」
詩音は中学校の時に理由は分からないがイジメられていた。
今の優さんのような酷いイジメではなかったが、それなりに物がなくなったり、除け者にされたりと辛い経験だった。
「詩音はどうやってイジメから抜け出したの?」
「...樹がイジメてたやつらを警察に突き出した」
「えっ」
最初学校に乗り込んだ樹だったが、中学校3年生の秋...受験と卒業を控えた生徒たちだからこそ学校側は穏便に済ませようとした。
未来ある生徒たちだから穏便に済ませよう...その態度が気に入らなかった樹は、次の日警察に被害届を提出した。
「容赦なかった...もし警察がダメなら民事で訴訟するとも言ってたし...どんな方法を使っててでも後悔させてやるって...」
詩音がドン引きするほどの勢いで怒りを露わにした樹は、本当に容赦はしなかった。
主犯格の親御さんが全員で樹に土下座をして何時間も説得しても、何をしても被害届を取り下げることは無かった。
説得に参加した学校側もイジメを隠蔽しようとしたことで教員委員会にその発言を録音した音声を持っていって抗議するなど大問題となった。
「樹のところに引っ越しが決まってたから...高校になると確実に顔を合わせないことはわかっていたんだ...だから、俺はもういいって言ったんだけど。樹は「それが人を傷つけていい理由にはならない」って言ってな...」
後にも先にも樹があそこまで怒る姿を見ることはないと感じた詩音。
結局、被害届は取り下げとなったが...最終的に樹と学校、相手の親御さんの間でどんな話し合いがされたのかは詩音には分からない。
だが...イジメの主犯格たちは希望する高校には行けなかったと噂で聞いている。
「樹さんってかなり変わった人ね...」
「よく言われる」
「でも――詩音のことをとても大切にしているんだね」
「...そうだな」
当時樹が何を考えてあそこまで行動したのか分からない。
だが、今では考えられない程自分のために怒ってくれた樹のことを詩音はとても信頼ている。
もし、今絶壁に立たされている優さんにもそういう人がいるならば――
「一度話は持ち帰らせてくれ。知ったからには知らないふりは出来ない...でも、俺に出来ることが少なすぎるんだ」
上級生のイジメ問題に入学したばかりの詩音が首を突っ込める話ではない。
それはアスタもよくわかっていたことであり、小さく頷いて話は一度持ち帰りとなった。
制服から部屋着に着替えた詩音はアスタとの話が頭を占有してしまっており、気が重いままリビングへと向かった。
※※※
一人で悩まず相談しよう...大きな文字で記載されているイジメ解決方法を検索したネットページでは、やはり個人の力では限界があることが書かれていた。
それもそうだ。イジメは集団認識でありそれを打破する方法が個人でどうにかなるならとても平和な世の中になっているだろう。
「本人が抵抗する意思があるならだけど...どうかな...」
先生に相談することは容易いだろう。
例え脅されているとしても、相手にとってそれは脅してでもやってほしくないことだからだ。
でも――それをしたところで適切に対応されるという保証はない。
だからこそ本人は孤立してしまう。
周りも信用出来なくなってしまうから、誰にも相談できない。
「....」
詩音もそうだった。
どうせ高校になったらもう顔合わせることはないと、最後まで戦うことを諦めていた。
でも――樹は違った。
ちゃんと今自分の意思で学校生活を楽しめているのはあの時樹がどんな形であれ決着をつけてくれたからである。
今日アスタに話して詩音は改めて思った。
樹は自分がこれからも学校生活を楽しめるように、あの時最後まで戦って決着をつけてくれた。
その結果は無意識であるが、詩音の中で「終わったこと」としてハッキリ認識され今を楽しむことが出来ている。
あの時、樹は詩音がイジメられていたという証拠を片っ端から集めた。
何はともあれ、証拠があれば本人がいざ戦う時に大きな力となる。
「確かアスタって...俺が持った物なら難なく触れてたな」
通常霊力を消費するものを詩音が触ったものなら問題なく掴める様子だった。
ならば、アスタにカメラなどを持たせて証拠を確保することが出来る。
絶対にバレない幽霊探偵という恐らく現代社会に居てほしくない職業が誕生するわけだ。
イジメられている優さん本人に戦う意思があるのか、誰に助けを求めるのか...色々問題は山積みではある。
だが――自分が出来ることを今はやるしかないと決めた詩音は、夕食を作り終えた後、倉庫に向かった。
「確かこの辺に...」
以前使っていたスマホ端末が残っていたはずと、倉庫を探す。
充電すればまだ使えたはずと、しばらく探すと目当ての箱と自分が幽霊を撮った写真を保管している箱が目に留まった。
「...」
もしかするとこの風景のところにいけば何か手掛かりがあるかもしれない。
そう思った詩音は箱を自分の部屋に持ち帰ってもう一度観察した。
「公園が多いけど...これって近くの神社だよな」
学校からも近い位置にある山にある
お社近くで取られたその写真はよく観察すると他の写真と違って何か白い
微かな靄ではあるが、確実に人には見えない何かが写り込んでいる...
「ちょっと調べて行ってみるか...」
宿題は増える一方で詩音の頭を悩ませる。
少し伸びをした彼は疲れからかウトウトしてしまい、そのまま机に伏せて眠りについてしまう。
夕日が沈む中、不気味にカラスが鳴き声を上げていた。
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