第3話 紛失物事件(2)

一緒にいても全く違和感のないアスタの雰囲気に詩音は幽霊と一緒にいるという事実を忘れてしまう。

 

「あの、アス…」


本題を口にしようとした詩音だったが、彼女の寂しげな横顔に言葉が詰まってしまう。

 風でなびく髪…そして薄い青の瞳…お人形さんみたいなアスタは何かを引き寄せる魔力があるようだった。

 座っている姿はとても上品で、一枚の名画を見ている気分…


「あ、アスタさん?」


なぜか知らないがこのまま放置したら消えてしまいそうに感じた詩音は少し早まる心臓を落ち着かせながら声をかけた。

  「はっ」と我に戻ったアスタはゆっくりと視線を向けた。


「ごめんね。なんか今が現実とは思えなくって…」


詩音と同じように、彼女もまた今の現実が夢をみている感じのようだ。


「20年間ここにいたけど…誰とも話せなかった。…今こうしてあなたと出会ってお話することは夢のようなの」

「そうですよね…」


20年間も人恋しかったのだ…普通だと気が狂いそうな時間をアスタは一人で過ごしてきた。

 自分はそこにいるのに誰も認識してもらえない苦しさと戦いながら。

 その事実を聞くと詩音は胸が締め付けられる。

 かつて自分はそんな人達の友達になっていて…突然消えたことになる。

 友達だった人もまた…先ほどアスタが見せたような顔をしているのだろうか…


「アスタさん…俺から話したいことがあります」

「うん、いいよ」


アスタは少し笑みを見せながらそう言った。

 詩音は落ち着いて話をする為に深呼吸をした後…ゆっくり口を開いた。


「俺が幽霊を見れるようになった原因…それははっきりとはしていませんが…俺は最初から幽霊が見える体質だったのかもしれません」

「え?本当?」

「はい…証拠と言ってはなんですが、家からこれを持ってきました」


詩音は昨日見つけた風景の写真をアスタに手渡す。

 ゆっくり写真を観察するアスタは徐々に真剣な表情になっていく。


「これ、単純に風景を撮っている感じじゃあないね」

「はい...明らかにそこに誰かいたような感じがして」

「確かにこの写真を撮った時の詩音は幽霊が見えていたのかもしれない...」


幽霊からの意見を聞くと、やはり写真の信憑性が高くなる。


「それで俺は昔幽霊が見えていたと考えました。でも…いきなり見えなくなりました。その理由としては…小2の時に起こった交通事故だと思います。そのせいで俺は小2以前の記憶が全くないです」

「そうなんだ…」

「でも…俺は思うんです。それは本当に交通事故だったのかって…」

「え?どういう事?」


アスタはいきなりの言葉に少し驚いている様子だった。

 詩音もまだ憶測でしかないため、変に思われるかもしれないと思いつつ、その憶測を口にした。 


「一番おかしかったのは今まで記憶が抜けているのに全く違和感を感じなかった事です」

「それはおかしいね…少しならともかく何年も記憶がないってなったらすごく不安に感じるが当たり前だと思うけど…」


数年経った今ならともかく、記憶が無くなってからも詩音は特に不安を感じることは無かった。

 まるで最初から存在しなかったような...なんの違和感もなく普通に過ごしていた。


「記憶を無くしたからの行動が以前とあまり変わらなかったらしいです。今更ですが、俺は絶対おかしいと思います…だから…意図的に誰かが俺の記憶を消した。そう思っています」


その話を聞くとアスタは深刻な顔をした。

 人の記憶など簡単に消せる物ではない。現代の科学技術でも不可能な現象…それを意図的に出来る人物が存在している。


「俺と一緒にいるとアスタさんの身が危険になる可能性があります…だから、アスタさんが引くならここだと思います」


昔自分と友達だった幽霊が巻き込まれた可能性は十分にある。

 死んでいるのにまた辛い思いをするなんて、考えたくもない。

 だからこそ、そんな思いは他人に味会わせたくない。

 何かあった時にアスタに守ってほしいと期待をしていたが、今回アスタと話すうちに詩音はそれは願ってはいけないことだと判断した。


「確かに危険な感じはあると思う。意図的に記憶が消されて幽霊が見えなくなったのに...再び幽霊が見えるようになっている。犯人に知られればまた記憶を消されるかもしれない」


的確な言葉に詩音は不安を感じていた。

 やはり出来るだけ今まで通り過ごすしかない...そう思った矢先、アスタの手が自分の頭を撫でていることに気が付いた。


「私はここに20年もいたの、すごく寂しかった…だから詩音との出会いは偶然ではないって思ってるんだ」


そう言うとアスタは立ち上がり、そっと詩音の前に立った。


「20年間もここに居た私、そして高校入学したタイミングでまた幽霊が見えるようになった詩音…これって運命だと思わない?」


確かにどこか都合が良い話しではあるが…それを運命というのなら納得できる話だ。


「身の危険ぐらい私にとってはちょうどいい刺激だよ。私、別に現世に未練があるわけでもないし。明日消えたとしても悔いなんて一つもないよ。だから…」


これから楽しい冒険に出かける少女のように純粋な言葉と笑顔でアスタは詩音に手を差し伸べる。

 優しい風が吹き、彼女の髪が美しく舞う、そして夕暮れが近づき空は金色のように輝いていた。

 役者が舞台から客席に手を伸ばしているかのように、アスタは詩音に言葉をかけた。


「私と友達になって!そして一緒に探そう!失くした記憶も記憶を消した犯人も」


かつて、幽霊と友達で...その思い出と記憶を失くし、友達の姿も見えなくなってしまった。

 同じようなことが起きて、いつか後悔するかもしれない。

 どちらかが悲しむ結末になるかもしれない。

 でも…それより詩音はこの時手を掴まなかった事を後悔すると感じた。

 彼は久しぶりに優しい笑みを見せながら答えた。


「ありがとうございます...アスタさん」


アスタは言葉の代わり笑顔で答えて見せた。

 嬉しいと言う気持ちが彼女の表情から、そしてその震える手から伝わってくる。

 詩音はまた…幽霊の友達をつくる。

 いつか別れる日が来ると知っていても。


※※※


数分後ある程度情報を共有しつつ、談笑しているとアスタは思い出したように口にした。


「もう友達なんだから言葉も気にしなくていいし、アスタでいいよ」

「えっ…でも…」


20年前に高校生なら…断然詩音より年上。

 幼馴染の陽菜や親戚の樹はともかく、出会ってばかりの先輩ともいえる人物にため口は使えない。

 詩音が悩んでいるのが分かったのか、アスタさんは「フフ」と笑いながら彼の肩を叩いて呼びかけた。


「私は20年前に高校1年生だった。でもそれは過去...時間が流れるのは生きている人の特権。私の時は20年前に止まっている…だから私は事実上詩音と同じ学年よ」


悩む詩音に気を使っての発言かもしれないが、その言葉の重みはずっしりと詩音の心に伝わった。

 その言葉どおり幽霊であるアスタの時間は二度と動くことがない…


「そう言うならそうするよ。アスタ…」

「よろしい、それじゃあ本題の前に...一つ謝罪したいことがあるかな」

「謝罪?」

「記憶も記憶を消した犯人も一緒に探そうとは言ったけど...場所が限定されてしまうかな?」

「え?」


そう言うとアスタはベンチから立ち上がって中に浮き空へと飛んで行った。

 幽霊だからどこまでも飛んでいける...そう思ったのも束の間、10mぐらい行った時点でいきなりアスタが立っていた場所から黒い鎖が姿をみせた。

 黒く不気味なオーラを放つ鎖はアスタの足につながっていた。


「なっ…」


アスタは降りてくるとその鎖を手にとって詩音に見せた。


「見てのとおり私は地縛霊、だから学校の外には出られないの」


20年間ずっと学校に留まっていたアスタの行動を疑問に思っていたが…詩音だったが、地縛霊だとは思ってもいなかった。

 黒い鎖を詩音も掴んで見るが、重さを全く感じないが、頑丈でとても切れそうにはない。

 そして鎖を触っているととても気分が沈んでしまう。

 理由があるわけではない...ただこの鎖がとてもネガティブな感情が込められていることだけがハッキリと伝わる。

 地縛霊はその地に何らかの未練があり繋がれていると聞く...この鎖はアスタの未練が具現化したものだと詩音は感じた。


「ごめんね…」


すごく申し訳なさそうな顔をするアスタ。

 大きいことを言ったわりには行動できる場所が限られてしまう。

 何かあったとしても学校内でしか何かすることが出来ないということだろう。


「まだ何をするか決めたわけでもないし...正直学校にアスタが居てくれるだけで心強いよ」

「ありがとう...学校での安全は私が全力で保証するよ。ここに長くせいなのか、学校内の気配は全てを把握することができるの、私こう見えて幽霊ぽいこともできるし」


それならばとても心強いと安心する詩音、とりあえず学校生活は問題なく保証され彼の問題はひと段落した。


「それなら俺はアスタを助ける。紛失物事件、何か関与してるんだろう?」

「うん。友達として最初のお願い…聞いてくれる?」

「お願いなんてしなくてもいい、友達を助けるのは当たり前だろう?」


紛失事件もそうだが、地縛霊の件もどうにかしてあげたいと思った詩音だが、今の優先順位はアスタが手伝っていると言っていた紛失物事件。


「ありがとう、詩音」


必死に笑顔を作っているようなアスタに、詩音はそっと手を握ってあげた。

 少し照れくさいようで視線を逸らしているが、そのぬくもりにアスタは思わず涙を浮かべてしまう。


「温かい...人の体温って...こんなに温かいんだ...」

「アスタが冷たすぎるのもある気がするけどな...」

「幽霊は体温ないからね...それこそ0度だと思うよ」


イタズラのように笑いながら、アスタは心を落ち着かせた。

 20年間...人と話せる日を心待ちにしていた。

 いや...それよりずっと前...生きていた頃からずっとかもしれない。


「今から私が紛失物事件を手伝っている理由も、紛失物事件の真相を話すね...」


ゆっくりと真相は語られる。

 この学校で起きている悲しき事件の真相が...聞けるはずのない人からの証言によって明かされ始めた。

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