第2話  紛失物事件(1)

青い瞳は詩音を見つめたまま離れない。

 おかしな質問をされた彼は混乱していたが、謎の生徒はとても嬉しそうに笑っていた。

 まるで数年ぶりに人に出会ったかのように…


「え?」


改めて考える「私が見えるの?」そんな質問、ふざけているに決まっている。

 容姿は確かに幻想的な感じはある。

 金色の髪をサイドテイルにしており、顔つきはどちらかという外国人っぽい。

 目の色が薄い青だが、日本語は問題なく話せている。

 ご両親のどちらかが外国人ってこともありそうで、普通の男子なら誰もが憧れる美人さん。

 身長は160は超えてそうな感じで一見平凡に見えるが、手足が長くモデルのようにも思えた。

 そして一番の違和感は制服、周辺高校などの制服てもないがこの学校の制服でもない。

 もし他の学校なら簡単に校内に入ってこれるはずがないため余計に混乱する。


「私は…あす…あ、アスタ。あなたは…詩音って言ったっけ?」


アスタと名乗った生徒は詩音の手を握り締めて目を潤ませた。

 学校にこんな生徒が居たら絶対噂になっている...ならばこの学校の生徒ではない。


「(いや待て...もしかしてこの場を乗り越えるための不思議ちゃんアピールとか?)」


状況からして自分のカバンを漁っていたのは確か。

 詩音は納得できるように状況を分析し、その結果。


「冗談言わないでください。あなたが見えるのは当たり前です」


アスタは他校から侵入してイタズラしようとしたが、自分にバレて色気で乗り切ろうとしている痛い人という判定が下された。


「おお!すごい!自分からも触れるんだ!」


握られた手を握り返した詩音に対してまたもや変な発言をするが、彼はもうアスタを信用していないため、知らないふり。


「どこ行くの?」

「職員室です。観念してついて来てください」

「別に抵抗はしないけど…他の人には私の姿は見えないよ」

「…」


呆れてものも言えない…見えてる、掴めてる...まるで自分が幽霊とでもいうアスタに、詩音は大きくため息をついた。

 そして先ほど携帯で撮った写真を見せながらアスタを問いただす。


「証拠はここにあります。もう観念してその不思議ちゃんアピールやめたらどうですか?」

「...その写真ちゃんと確認した?」

「はい?」


その言葉を聞いて詩音は写真をはじめてしっかりと確認し、思わず携帯を落としそうになった。

 そこに写っていたのはただ教科書だけが浮いている奇怪な写真。

 今話して、握っているアスタと言う人は写っていない。

 

「な………」


幽霊...お昼休みに話した陽菜の言葉がよぎる。

 幽霊が夜にしか出ないなんて誰かが決めたわけではない。

 動揺する詩音が後ずさりすると、アスタは悲しそうに自己紹介をした。


「学校に通っているなら噂ぐらいは聞いたことない?私は20前にここの屋上で死んだ生徒…つまり幽霊よ」

「そ、そんなはずない!だ、だって今こうして話しているし!」


驚きのあまり大きな声で反論したが、アスタは冷静に言葉を返した。


「それは詩音が特殊だからよ。私も20年間ここにいて初めてだもん」


アスタはとても嬉しそうに言うが…それでも詩音は信じられなかった。

 今まで幽霊が見えたことなんて無かった。

 心霊現象を体験したこともなく、ごく平凡な日常生活を送っていた。

 思考が追い付かない彼をみて、アスタはまだ信じてもらっていないと感じ、近くの壁に手を置いた。


「信じられないならこれ見せてあげる」


言葉ど同時にアスタは壁を半分程すり抜けて見せた。


「う、嘘…」


なんの変哲もない壁を自由にすり抜けられる。

 マジックとかそんな人間ができる技ではないことは理解できた詩音だが、状況を飲み込むことができない。


「まだ信じてくれないの?なら…」


すると今度は体が宙に浮き天井を通り抜けて、ニッコリ笑いながら天井から顔を出すアスタ。

 ニッコリと笑っているその表情を見てまだ信じられない部分はあるが、壁や床をすり抜けてこんなことが出来るのはもはや人間ではない。

 だが、一つ気になることがある。


「あなた、さっき俺の物触ってましたよね?」

「うん」

「幽霊って物すり抜けるんじゃあ...」

「普通はできないよ。いや…しようとしないの。だって人気ひとけがある物を触るにはかなりの霊力を消耗するから、下手したら消えるもん」

「え…?」


アニメとか漫画の設定のうよな言葉に更に混乱する詩音...アスタは上手く説明できないものかと思考を巡らせて、嚙み砕いて説明する。


「私もよく分からないけど、幽霊って霊力っていう力の塊なの、だから霊力=命みたいなもの。幽霊が幽霊らしいことをして、あんまり使い過ぎると消滅するの。詩音の物を触れられるのは詩音が触った物だから、つまり詩音が幽霊が見えて触れるから私も詩音を触れるし詩音が触れた物も触れるみたい」


その証拠を見せるかのように他の人が置いていった教科書を触ろうとするアスタだが、中々掴めずに手からすぐに手をすり抜けてしまう。


「ほら、霊力をあんまり込めないとこうなるの」


理解は出来ていないが、認めるしかない...詩音は目の前にいる人が幽霊だと確信した。

 だが、何故?突然幽霊が見えるようになった訳が分からない。


「その様子だと自分でも何で幽霊が見えるか分からないみたいだね」

「は…はい…」


何かきっかけがあったわけでもない。

 唐突に非日常と遭遇してしまった詩音だが、その原因はアスタにも分からなかった。

 そして謎はもう一つある。


「あ、アスタさん…」

「うん?何?」

「紛失物事件ってあなたの私情で起こしたことなのですか?」


霊力を消費すること、命を削ることに等しい。

 アスタの説明によるとそうだが...そうまでして紛失物事件を起こしている理由が分からない。


「私は手伝っただけよ」

「どういう事ですか?」


手伝っている...謎が深まるばかりの発言だが、アスタは詳しく説明しようと口を開く。

 が、いきなり廊下の方に視線を向けると詩音に静かにするようにジェスチャーした。


「詳しく説明したけど…私と話していた変に思われるから今日はもう帰った方がいいと思う。明日の放課後に屋上で待っているから」


それだけ言い残すとアスタはふわっと宙に浮いてその場を立ち去ろうとした。

 その瞬間、ふと思い出したように詩音に忠告する。


「丑三つ時の前には必ず寝る事、寝ていなかったら絶対に目を開けたらダメだよ!」


そう言うとアスタは完全に天井を通りぬけそのまま消えてしまった。

 本物の幽霊…詩音は改めて現実をしっかり受け入れた。

 幽霊が見えるようになって20年前に死んだはずの生徒に会ったこと。

 何かの始まりを告げるかのように訪れた出来事に、不安が沸き起こり、詩音の呼吸が軽く乱れてしまっていた。


「あれ誰かいたじゃんー」


後ろから生徒の声が聞こえて視線を向けると、同じクラスの竹宮という生徒だった。

 相手は残っていた生徒が詩音だと気づくと少し怪訝な顔をしつつ教室へと向かった。

 詩音は軽く会釈をして一度教室から離れて歩き始めた。


「はあ...」


疲労が押し寄せた詩音は軽くため息をついてしまう。

 心が落ち着いたらカバンを取って家に帰ろうと思った彼は何気なく陽菜と皐月の部活を見に行くことにした。


※※※


詩音がテニス部が使っているコートの付近に来ると、ちょうど部室付近から出てきた皐月と目が会った。

 皐月は他の部員に何かを話して、すぐに詩音の元に駆けつける。


「詩音さん、見学に来て頂いたのですね」

「まあ、ちょっと」


照れていると思った皐月は嬉しそうにテニスコートがよく見える位置に案内してくれた。

 そこには先輩と練習をしている陽菜の姿があり、結構無理がある軌道のボールでも凄まじいスピードでボールより先に着地点に着き正確にボールを弾き返すカッコイイプレイが見れた。


「相変わらず運動神経は化け物だな...」


何を食べたらそんな動きが出来るのか...陽菜が得意としているのはテニスではあるが、スポーツ全般を万能的に熟せるほど身体能力が高い陽菜。

 陽菜にとっては運動なんて体を動かすなら全て一緒...その中でもテニスを選んだ理由は詩音もよくわかっていない。


「なんで陽菜はテニスはじめたのか知ってる?」

「あ...はい理由は聞いたことあります。確か――「試合の時に着る制服が可愛いから」ですね...」

「あいつらしいな...」


別にテニスに固執しているわけでもないが、冷めているわけでもない。

 真剣に練習して結果も残している陽菜だからこそ、始めるきっかけなんて本当に些細なことだ。


「皐月はなんでテニスはじめたんだ?」

「私は...陽菜に誘われてっていうのが一番ですが、やってみたら意外と自分に合ってたので」


特待生として入っている陽菜とは違って、皐月は普通に白上高校に受験して入っている。

 県内でも偏差値はかなり高いがこの学校だが、入学試験トップ成績は皐月である。

 難関大学を目指す特進クラスにも余裕で入れた彼女だが、陽菜と一緒にテニスがしたいと普通科に来ているあたり、テニスには熱い思いがあるのは明白。

 だが、本人は陽菜ほどではないと毎回熱意を否定している。


「陽菜に声かけましょうか?」

「ちょっと見にきただけだから、案内してくれてありがとう」


二人を見てホッとした詩音はそのまま教室に戻ろうとした。


「し、詩音さんは...」


その時、皐月が声をかけ詩音を呼び止めた。

 詩音は振り返って皐月を見つめるが、言葉は中々出てこず...もじもじとしている。


「その...今の...生活は楽しいですか?」

「唐突だな...」


何を聞かれるのかと少し身構えいた詩音だったが、予想外の質問に拍子抜けしてしまう。

 陽菜からある程度引っ越しした理由も、こちらに帰ってきた事情も聞いているだろう皐月なりの心配と感じた。


「まあ、高校生活不安は沢山あるけど...楽しいよ」


ごくごく普通の回答だが、皐月はその言葉を聞いて嬉しそうに笑った。

 改めて皐月にお礼を言って教室に戻る詩音の後ろ姿が見えなくなるまで、皐月はずっと小さく手を振り続けていた。


※※※


スーパーの袋を片手に帰宅した詩音は、樹が帰っていることに気が付いた。

 リビングに行くとテレビを見ながらソファーに寝転がっている女性の姿が見える。

 少し色落ちしているような薄い黒髪が特徴的で、食べても太らない体質からきたスタイルの良さは年齢を感じさせない童顔と相まって男性からとても人気がある。

 そんな人が薄着でソファーに寝転んでいるのは、年頃の男子からすると刺激的...と思いきや、詩音は母が子供を見て呆れるようにため息をつきながらキッチンへと向かう。


「樹、ただいま」

「おかえり」


テレビを見たまま生返事をする彼女の様子はいつもどおりという感じで、夕飯の支度をする詩音。

 坂本 樹は詩音の親権者で、詩音のお母さんの妹にあたる人。

 詩音の両親が離婚後、詩音の親権は母が、妹は父についていき家族はバラバラとなった。

 彼の母は詩音が中学校の頃再婚相手に夢中になり、相手側の子供にご執心...詩音の育児を放棄している状態が続いた。

 そんな時、親戚である樹が詩音の親権者を名乗り出て養子として引き取った経緯がある。

 坂本 詩音として家に来たはいいが...樹はかなりの仕事人間...というより、仕事以外のことが全く出来ない人であった。


「晩御飯は肉じゃがにするぞ」

「人参抜いて」

「子供かよ」


好き嫌いも多い、家事も出来ない...かなりダメな大人である樹だが――それでも詩音は樹に心から感謝しており、一番信頼している。

 その訳は――


「学校で何かあったの?」

「っ―――」


食材を取り出す手が止まる...何も言わずとも、樹は詩音のことをよく見ている。

 ちょっとした変化にも敏感に気づいて、いつだって声をかけてくれる。

 姉のような樹は、母とは違う温かさを感じる。

 本人の何気ない行動に詩音はこれまで何度も助けられてきた。


「学校で紛失物事件が起きてて、たまたま拾い物をして届けたら疑われてうんざりしただけだ」

「ふーん...」


20年前、学校で死んだ生徒の幽霊をみた。

 なんて相談できるはずのない詩音は、咄嗟に言い訳をした。

 改めて考えても突然幽霊が見えるようになった理由が分からない...

 詩音にとって変わったことといえば――交通事故で記憶を失ったぐらい。


「俺って昔変な事言ってなかったか?」


今まで過去を知ろうなんて思ってもみなかった。

 ヒントがあるとすれば、もうそれしかない...詩音は藁にも縋る思いで樹に質問した。


「変な事って具体的に何よ」

「その…何か見えるとか」

「なかった。でも、友達思いのいい子だったわ」

「え?」

「自分で工作とかして友達にプレゼントしてたみたいだから。でも今思えば詩音って友達少ないのに、工作しているときに誰にあげるのか聞くと毎回違う名前の人だったわ…変だと言えばそれかな?」


断定はできないがおそらく幽霊だろうと思った詩音、食材を取り出し終えた彼は少し複雑な表情でエプロンを外した。


「樹…俺が持っている昔のアルバムってどこにある?」

「廊下の方の倉庫に」


幽霊は写真には写らない...だとしても昔の自分は幽霊が見えて友達になっていた。

 少しでも手掛かりがほしいと、詩音は倉庫へと向かった。

 リビングを出ようとしたその時、樹も白上高校卒業していることを思い出した。


「樹、白上高校の制服って昔変ったことある?」

「あるよ、7年か8年前にデザインが少し変った。確か昔のは…」


樹は自分の携帯のアルバムを開いて昔の白上高校の制服を見せた。

 女子の方の制服は完全にアスタが着ていた物と一致していたため、アスタが20年前に白上高校に通っていた生徒である確証を得てしまった。


「ありがとう」


改めて幽霊に会ったと思うと、詩音の顔色が少し悪くなってしまう。

 それに気づいた樹は前後の質問も相まって彼を注視しながら質問した。


「急にどうたの?アルバムなんか探して」

「す、少し昔の事が気になって…」

「ふんーまあ、それが当たり前だと思うけど」


ポテトチップスを食べながらそう言う樹の言葉どおり、今まで昔の事に興味がなかった事自体がおかしい。

 詩音の中では、元々なかった物のような気がしていた…今更だが、それって人間としては明らかにおかしい。

 記憶がないと不安になるのは当たり前だが、彼には全くそれがなかった。

 もしかして、記憶喪失の原因は事故ではない...?

 不安が膨らむまま、倉庫からアルバムを取り出して見てみるが、詩音が泣いている写真や陽菜と一緒に撮った写真が目立つ。

 こんな物かとアルバムを戻そうとした時…【詩音の写真】と書いてある小さな箱を発見した。

 他のアルバムとは別に保管されていた箱の中には神社の前で撮った写真や風景を撮っている写真が出てきた。

 風景画としてみるには確かにいいが、自分の名前が書いている写真なのに...本人が写っていないことに違和感を覚えた。


「ああ、それ詩音が撮ったんだよ」

「え?」


詩音が心配だったのか、樹は彼が見ていた写真をみながら笑った。


「私がカメラを買った時だったかな...あんたも写真を撮りたいって言いだしたから一日カメラを貸してあげた時だね。よく撮れてたのに残念そうにしてたからプロのカメラマンにでもなるつもりかと思った」


樹は高校卒業後、家族とは疎遠になってしまっているためこの写真が詩音の手に渡ることは無かった。

 写真の中で特に印象深いのは誰も乗っていないブランコが風に揺られている寂しさを感じる写真...詩音はこの写真がブランコを撮ったものではないと確信した。

 ブランコにはかつて詩音の友達であった幽霊が座っていたのかもしれない。

 写真に写らないと知っていながら、友達との思いでを残そうしていた。


「何か思いだした?」

「全く…」


詩音は表情を変えないように必死に頑張ってそう答えると、樹は当然だと言うような顔をしてこう言った。


「まあ、そう簡単に戻ることならとっくに戻ってるわよね」


少し残念そうにリビングに戻る樹だったが、詩音は幽霊が見えるようになったのは記憶が戻る兆候だと感じた。

 だが、その記憶は果たして取り戻してもよいものだろうか?

 幽霊と関わって、何か知ってはいけないものを知って記憶を消されたと考えるのが妥当な状況。

 アニメや漫画などで出て来る超能力を持った人達が関わっているならば、詩音が太刀打ちすることは出来ない。

 幽霊が見えるだけ…他になんの力も持っていない。

 もし…自分の記憶が戻った事が記憶を消した人に知られたら?自分はもちろん周りの人だって無事かどうか分からない。


「頼れるのはアスタさんか…」


幽霊に関する知識も何もないが、アスタと名乗った幽霊は色々と知っているような雰囲気だった。

 協力してくれるとどうかは分からないが、詩音は淡い期待をしながら、明日アスタと出会う約束を思いだした。

 アスタは紛失物事件に関与しているが、「手伝っている」だけと発言した。

 何か事情があって関与しているならば...交換条件として交渉できるカードはある。


「はあ...」


昨日までの何気ない日常が懐かしくも感じる。

 詩音はアルバムと箱を元に位置に戻して夕食作りに戻った。


※※※


次の日は慌ただしく過ぎた。

 気づけば放課後になっており、授業も聞いていたのか聞いていなかったのかよくわからない状態だった。


「詩音それじゃまた明日!」


元気よく挨拶をする陽菜の表情に詩音はとても安心感を覚えた。

 何気ない行動かもしれないが、今からアスタに会いに行く彼にとってはとても安心できる要素である。


「あぁ、陽菜も練習頑張れよ」

「今日も練習みに来てくれてもいいんだよ!」

「ま、まぁ…気が向いたら」

「うー今度は絶対声かけてね!」

「分かったよ」

「約束だからね!」


昨日何気なく練習を見に行ってそのまま挨拶せずに帰ったことを少し根に持っている陽菜だが、また詩音が練習を見に来てくれることを期待して、満面の笑みを浮かべ教室を後にした。

 そろそろ詩音も屋上に向かおうとしたその時…


「あ、あの…詩音さん…」


皐月が少し緊張した様子で声をかけてきた。

 いつもどこかおどおどしている彼女だが、今日はやけに何かを心配している様子...詩音は持っていたカバンを置いて皐月を見つめた。


「どうしたんだ?」

「あ、あの…その…」


何かを伝えたいのは明白だが、中々言葉が出てこない様子。

 陽菜以外と話す時は大体緊張していると分かるが…今日はやけに緊張している。


『皐月ー行くよー!』


教室の外から陽菜の声が聞こえると皐月は驚いたように体を震わせて「今行きます」と返事した。


「あっ……な、何でありません…帰りお気を付けてくださいね」


皐月は笑みを見せながらぺこりと挨拶をするとそのまま教室を出ていった。

 気になる行動ではあったが、それでもアスタとの待ち合わせをするため、詩音は屋上へと向かった。

 普段、お昼休み以外に開放しない屋上だが…アスタは屋上で待っていると言っていた。


「開いてる…」


施錠されているはずのドアは簡単に開き詩音は屋上へと足を踏み入れた。

 するとベンチのところにアスタが座っていて、入ってきた詩音に気づいて立ち上がった。


「いらっしゃい」


一夜経ったら見えなくなっていたが理想だと思っていた。

 そんな淡い期待とは別にアスタは確実に彼の前に立っていた。

 ゆっくりとアスタに近づくと同時に屋上のドアが閉まった。

 日が傾き始めている時間なので空はだんだん赤色に変わっている。

 そんな中、アスタは金色の髪をなびかせその青い眼差しで詩音を見つめていた。

 目の前に立っている人が幽霊…一晩たって整理できた詩音ではあるが、分かっていても生きている人間と勘違いしてしまうほど区別がつかない。

 ボーっとしている彼にアスタはベンチを指さすと…


「それじゃ、座って話そうか。お互いいろいろ知りたい事もあるみたいだし」

「はい…」


静かに頷きながらアスタの案内どおりベンチに腰掛ける。

 少し緊張してしまい、詩音は視線を逸らして空を見つめる。

 空は…これから訪れるかもしれない彼の困難を示しているかのように多くの雲が流れていた。

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