幽霊探偵

タケノコの子

第1話  0℃の人間

桜舞い散る4月。温かい日差しに最適な気温……長い冬の寒さから一転、過ごしやすい日々が続いている。


 去年の春はとても寒く桜も中々開花しなかった。


だが、今年は各高校の入学式に合わせたかのように開花し、今でも登校路を彩っている。


 街路樹をボーっと見つめながら、新しい制服に身を包んで登校する少年は...坂本 詩音さかもと しおん、白上しろがみ高校普通科に進学して1週間。


そろそろ見慣れた景色でも何気ない日常が幸せだと思える日々を送っている。


 学校に近づくにつれ他の生徒が見えるが……皆誰かと登校しており、一人で歩いている詩音が若干目立つようにも見える。


 何を話しているのかは分からないが楽しそうにしている姿に少年は少し笑顔を浮かべてつつ、学校へと急いだ。




※※※




朝から騒がしい教室で、一際目立つ生徒が居た。


 クラス中に挨拶をし、静かに本を読んでいた人にまで挨拶を強要する。




「おっは!」




詩音も適当に挨拶をして、窓の外を見つめている。


 恐らく「あれ……何の意味があるんだ?」と考えているようだが、すぐに夕飯の献立のことで頭が埋め尽くさせる。




「おはようーみんな」




一人の女子生徒の挨拶にクラス中が注目する。


 その挨拶に男子達はヘラヘラしながら手を振って答え、女子の一部は一瞬嫌な顔をするがすぐに猫をかぶって挨拶する。


 身長自称150(実際は147)桜色の髪を丁寧に束ねツインテールにし、手入れされた艶やかな髪を肩まで伸ばしている。


 胸は非常に残念だが、それ以外はテニスで鍛えあげられているのでスタイルはクラス一と言ってもいいだろう。


 可愛らしい外見とは違ってとてもわがままで負けず嫌い、ある意味外見通りの子供っぽい一面のある女子生徒。


 テニスで中学校の時全国制覇を果たし特待生で入学したテニス部新人エース、そして坂本詩音の幼なじみ、雨水あまみ 陽菜ひな。


 明るく真面目な陽菜は、みんなの心をわしづかみし、クラスだけではなく1年生の間では知らない人がいないぐらい有名な人である。


 風の便りに聞くと、男子の間ではファンクラブまであるらしく、一部クラスの女子からは反感を買っているとのこと。




「詩音!おはよう」




陽菜の挨拶を一瞬怪訝そうに受け止めた生徒たちのことを不安に思いつつ、詩音は陽菜が差し出した手にハイタッチして挨拶した。




「おはよう陽菜。朝練はどうだった?」


「まあまあかな?皐月は調子良かったよね?」


「は、はい…」




少し遠慮気味で答える陽菜のコンビの月本つきもと 皐月さつき。


 青色の髪を白いリボンでまとめ、その長い髪はそよ風に揺られ、腰のあたりで踊っている。


 陽菜と対照的にとても大人しい性格で、身長も172と男子の詩音と2㎝違うだけ、バストも膨らみが見え、いつも陽菜にうらやましいと言われている。


 そんな月本もテニスで個人2位の成績を出しているのでかなりの練習をしている成果が体に表れている。


 陽菜が人懐っこい小型犬だとすると、月本は警戒心が強い猫と言えるだろう。


 でも話してみると普通に優しいお姉さんみたいな感じなので子供っぽい陽菜とは相性がいい。


 陽菜がたまに「お姉ちゃん」と言うぐらい程、面倒見がいい人で人見知りが激しい性格だと詩音は感じている。


 相変わらず...そんなことを思いつつ二人を見つめていると、独特の匂いが漂ってきた。




「二人ともいい匂いするけど、香水でもつけたのか?」


「うんん、シャワーしてきたんだよー。やっとシャワー室使えるようになったんだ」


「ふん…」




この学校は体育系の部活の待遇がいいが、テニス部は全国大会でもかなり上位の成績を出しているので設備も充実している。


 噂によると陽菜が入学してくるからと、設備をより強化したとかしてないかとか...そんなことなどつゆ知らず、本人はくるりと周りながら匂いの自慢をしてきた。




「すごいいい匂いでしょ!皐月のシャンプー貸してもらったんだ!私も次からはこれ使うよ」




香りの自慢をされても困る詩音だが、いい香りなのは間違いない。


 子供を相手するように「そうだな」と笑う詩音に気づかずくるくると回り続ける陽菜。


 女の子特有の甘い匂いと花のような香りをまとっている陽菜、そんな彼女を見て詩音はとある人もこれぐらい女子力を身に着けてほしいと願っていた。




「し、詩音…あのね。聞きたいことがあるんだけど…」




突然陽菜は動きを止めて、顔を赤くして詩音を見つめた。


 体をもじもじさせながらすごく恥ずかしそうにしているので、詩音が首をかしげていると...




「さっき私「やっとシャワー室使える」って言ったよね?」


「あぁ…言ったけど…」


「それでね…今までは使ってなくて…その…汗臭かったりしなかった?」


「え?」




以外な質問に少し動揺する詩音。


 今までそんなこと気を使ったことなど無く、むしろ今までシャワー室を普通に使っていると思っていたぐらいだが。


 陽菜はそれが相当気になるようで不安そうに見つめている。




「別に匂いなんてしなかったぞ…普通にシャワー室使ってると思ってたし…」




俺は思った事を素直に言うと陽菜は「ふうー」と安どの一息をつくと…




「良かった…ずっと匂ってないかな?って心配だったんだ…ちゃんと汗も拭いて匂わないようにスプレーもかけてたけど…心配で…」


「陽菜が頑張っているのに汗臭いなんていう人に見えるか...?」


「詩音……ありがとう!」




感情が顔に出やすい陽菜。


 そんな陽菜を詩音は密かに憧れている。


 自分も少しは素直になって誰かに優しくできる人になりたいと思っていた。


 自分に新しく名字をくれた人、また友達になってくれた陽菜、こんな自分でも優しくしてくれている皐月。


 詩音は考える「この人達に恩を返せる日は来るのだろうか?」


 今でも助けてもらってばかりで申し訳ないと思っている本人とを他所に、陽菜主導で朝練の様子を話してくれる二人。


 そんな時、教室のドアが開いて担任の先生が入ってくる。




「はーい席に着け、朝礼始めるぞ」




先生の一声でクラスに点々としていた生徒たちは席に着いく。


 出席確認のため順番に名前が呼ばれ、確認が終わると先生は伝達事項を話す。




「最後に、なんだか最近物がなくなる事件が多発しているらしい。変な場所で見つかったりするけど……とにかく自分の物は自分で管理すること。以上」




先生は忙しいのか、要件を伝え終えるとサッと教室を後にした。


 詩音的には先生はクラスにあまり関心がないのかなと思っている。


 実際のところは知らないが、先生はクラスでの滞在時間が短く、伝達事項を伝えてどこかへ行ってしまう。 


 まあ、忙しいから仕方ないと思いつつ、隣を見ると、陽菜がカバンをあさっているのが見えた。


 何やら取り出してポケットに入れているように見えるが…




「陽菜、何してるんだ?」


「え?さっき先生に言われたから貴重品持ってようかなって思って…」




普段はカバンに置いたままだと知り、不用心と思う詩音。


 だが陽菜の場合、持ち歩いて失くす可能性の方が高いのでカバンに入れていた方がいいのかとも思う。


 正解が見つからないまま陽菜を見つめていると、貴重品を全部身につけたのかカバンを閉じようとしていた。


 だが…よく見るとカバンの中に財布がまだ入っていることに気づく。




「財布忘れてないか?」


「うん?詩音、お金ってものはいつかなくなるものなんだよ」


「なに真理に気づいたみたいに言ってるんだよ…いいから財布も持て」


「財布は別にいいんだけどな…20円しか入ってないし…」




何故そんな中途半端な金額を...という疑問を晴らす隙もなく、陽菜は満足げに笑うと後ろにいる皐月に声をかけた。




「皐月は貴重品持った?」




陽菜の後ろの席にする皐月は教科書を机に置くと同時に陽菜の質問を受け、優しく微笑みながら「はい」と頷いた。




「詩音は大丈夫?」


「俺は貴重品って言えば携帯しかないし…」




ポケットにスマホが入っていることを再確認した詩音は、教科書を用意して次の授業に備える。


 その様子を楽しそうに見つめる陽菜の視線を感じ、カバンを閉じた。




「そんなに見ても何も出てこないぞ」


「へぇ?ただ見てただけだよー」


「…昔から変わらないな」


「うん、って言っても詩音は昔の記憶ほとんどないよね」


「まぁ…」




陽菜の言う通り詩音には昔陽菜と過ごした記憶がない。


 小2ぐらいの時に交通事故で重症を負い、それ以前の記憶がない。


 後遺症と言えば記憶と、おでこの傷跡ぐらい...陽菜とは幼稚園から一緒だったというが、写真を見ても全く身に覚えがない。


 それでも詩音が知っている陽菜は幼稚園の頃からこうだった気かすると笑った。


 


「でも私がちゃんと覚えてるから大丈夫だよ!昔の詩音は泣き虫だったな…」


「子供の頃は誰も泣き虫だ…」




昔からからかわれる鉄板のネタで、詩音の保護者をしている坂本 樹いつきもよく口にする。


 本人には全く記憶がないので強く否定はしないが、年頃の男子にその話は酷なものだろう。




「帰ったらまたアルバム見てみようかなー詩音すごく可愛いんだよ」


「アルバムを見るのは勝手だが他人には見せるなよ…」


「え?皐月にはもう見せたよ…」


「………」




詩音はゆっくりと皐月へ視線を向けると、彼女は気まずそうに視線をそらしていた。




「見た?」


「あ、あんまりは見てませんよ…そ、その…ちょっとだけ…」


「大丈夫だよ詩音、一緒にお風呂に入った時の写真は見せてないから」


「なっ?!そんな写真もあるのか!?」




なんでそんな写真があるかと驚いている詩音に、陽菜は嬉しそうに話す。




「うん、私の両親がシャッター押し間違えて…」


「何でとってるんだよ…」


「湯気でほとんど顔しか見えなかったからいいかなって思ってひひー」


「はあ…」




詩音の両親と陽菜の両親は仲がよく、詩音が少小学校4年生になるまでよく家族ぐるみで交流があった。


 その後、詩音の両親が離婚して引っ越しするまで仲がよく過ごしていたが、詩音にはその記憶がない。




「でも、二人すごく仲が良く見えましたよ。陽菜も詩音さんもずっと笑ってましたし…」




皐月は羨ましそうにそうに言うと陽菜は照れたように笑う。


 記憶がないことに不安や違和感を感じたことはない。


 元々無かったかのようにも感じる話に、詩音は戸惑いこそ感じていたが...最近ではその記憶がないことに少し寂しさを覚えるようになった。




※※※


昼休み、詩音たちは毎日3人で机を合わせて食べていたのだが、教室の雰囲気があまりよくなかったので皐月の提案で別の場所に行くことになった。


 


「えっと…竹宮たけみやさんだったかな?今日元気だね」




陽菜は気付いていないが、その人は勝手に陽菜を目の敵にしている。


 話題としてもテニスに批判的な意見を無理やり述べている感じだったが...全く持って気にしない陽菜に対して少しイラッとしているようにも見えた。




「陽菜、竹宮って人にはあんまり関わらない方がいいぞ」


「え?何で?」


「何でもだ」




まさか陽菜がいじめられる事はないと思っている詩音だったが、些細な事でイジメに発展する場合が多い…と言うかイジメに明確な理由など存在しないと知っている。




「私も詩音さんの意見に同意します…わざと避けるのは良くないですが、必要以上に近づくのは避けた方がいいと思います」




その考えは皐月も同じようで、二人から忠告された陽菜はよくわかってはいない様子ではあるが、「うん」と頷いた。




「それより私達どこで食べるの?」




避難することに夢中だったため、全く考えてなかった詩音と皐月は顔を見合わせた。


 その時、ふと上り階段を見て詩音は思いついた。




「屋上は?空いてるけど誰も行かないよな?」




昼休みのみ開放される屋上はそんなに広くはないが、話によるとベンチもあるらしい。


 静かにご飯が食べれるのはいいこと...だが、屋上と聞いた2人の表情がいきなり暗くなる。




「どうした?」


「ここの校舎の屋上ってあんまりいい噂聞かなくって…」


「噂?」


「うん…」




陽菜はいきなり手を前に出し、精一杯脅かすような声で言った。




「出るみたいなの…」


「こんな真っ昼間から出るわけないだろう…」


「知らないよ!お化けが昼間にでないって誰かが決めたわけでもないじゃん!!」




幽霊...確かに夜だけ出るとは誰も決めていないが、詩音としてはこんなお昼時に出るとは思えないし、出てもそこまで怖くない。




「それはそうだけど…でも普通昼間には出ないだろう」


「出るよ!UFOとか昼間に出たりするじゃん!」




もはや幽霊は関係なく未知の存在に恐怖しているような陽菜に呆れつつ、ため息をつく。


 幽霊...思えば詩音も噂は聞いたことがある。




「ここの屋上で死んだってここの生徒何だろう?」


「うん…20年前に自殺したらしくて…」


「死にたくって死んだ人が何の怨念があって人を襲うんだ」


「えっと…じ、自分を死に追いやったこの世の中とか?」


「……」




的確過ぎる言葉に確かにと納得するが、他に行く場所もないため階段に足をかける。


 


「15年も前だったらもうとっくに成仏してるだろう…他に行く場所もないぞ」


「ううっ…」


「大丈夫ですよ陽菜、ね、念のためにお、お守り持っているんで……」




振るえる陽菜を見て、首にかけていたお守りを出している皐月。


 その手を震わせながら言う様子からして二人で何か怖い映画でもみたのだと推察する詩音は大きくため息をついた。




数分後、屋上には到着したものの、ホラー映画後遺症の二人はドアをあけようとしない。


 


「し、詩音が開けて…な、なんか出てきたら全力で逃げるから」


「俺は捨てるのかよ」


「だ、大丈夫!私足速いからすぐにお坊さん呼んでくるよ!」




白上高校から近くのお寺までは約1時間、確実な見殺しであった。




「はあ…全く、何も出やしないって」




二人の方を見ながら詩音が扉を開けると、いきなり突風が吹いてきた。


 その突風に髪が激しく揺れ、ゆっくり屋上を見ると…予想通り何もいない。


 白いベンチが二つぐらいあることと、他は高い柵の上に有刺鉄線があり、ふざけて柵を超えられないようにできていた。




「ほら、何もな………い」




詩音が後ろを振り向くと2人はいつの間にか階段の下に降りていた。




「おい…本気で見捨てる気だったな?」


「ち、違うよ!た、た、助けを呼びに…」




陽菜はともかく、皐月も怖がっている姿は逆に珍しい。


 数分後、ベンチに座ってお弁当を広げた頃には二人とも怖くなくなった様子で楽しく談笑していた。




「詩音のお弁当は何だか雑だね」


「自分のだから面倒になるんだ。樹の分はちゃんと作ってるけど」


「詩音はすごいよね、男子で家事できるなんてうらやましいなー」


「まあ…」




詩音は中3の終わりぐらいに坂本 樹、詩音のお母さんの妹の家に来た。


 その時は全く家事なんてできなかったが...家の主である樹が全く家事をしない様子に呆れ、家事を始めた。


 ご飯はいつもカップラーメンかコンビニ弁当、そして洗い物はいつも適当に済ませて掃除もろくにしない。


 とある企業の開発部門で働いているらしく、いくつもの革命的な特許技術を持っているとのことだが...それ以外は何もできないような人だ。




「陽菜の弁当は自分で作ってるのか?」


「うんん、皐月が作ってくれてるよ。家隣だもん」




両親が転勤になったしまった陽菜だが、白上高校に進学するためアパートを借りて一人で生活している。


 皐月は家庭環境が少し複雑とのことで、詩音も詳しくは知らないが中学校から一人暮らしをしているとのこと。


 彼女は一人暮らし歴が長いだけあってお弁当がとても美味しそうに見える。


 彩りもよく栄養バランスもすごくいい…細かいところまで女子力があふれている。




「月本さんは料理上手なんだな」


「は、はい…一人暮らしが長いですから…」


「でもすごいと思う。陽菜、少しは見習ったらどうだ?」


「うう…だ、大丈夫!料理以外ならできる!」




料理以外...その言葉に少し身震いする詩音と皐月。


 詩音に再会した陽菜が見栄を張るため、お弁当を作ってきた時があった。


 結果は...それ以来料理を勉強し、当面の間人に食べさせるのは自重している。




「そ、それより私、前から気になっていたんだけど…詩音ってそろそろ皐月のこと名前で呼んだら?」


「でも…」




不利な話題をすり替えるように陽菜が提案した。


 陽菜の友達として紹介してもらったが、皐月は詩音とも気が合って仲良くしてくれている。


 まだ会ってから日が浅いということもあり、遠慮していた詩音だが――




「大丈夫です。私も詩音さんのこと名前で呼んでますし…」


「そ、それなら…さ、皐月さん…」




二人は照れてしまい視線を逸らしてしまった。


 その様子を見て満足そうに笑う陽菜は詩音に卵焼きを突き付けた。




「ま、まあ呼びなれたら大丈夫だと思うよ。今は恥ずかしいと思うけど」


「そ、そうだな…あとそれは食べないぞ」


「えーなんで!皐月が料理したから大丈夫だよ!」


「箸に口つけてるだろう...もう子供じゃあないんだから少しは気にしろ!」




卵焼きを食べてくれない陽菜は頬を膨らませて怒る。


 それを皐月がなだめながら詩音は自分のお弁当を口にした。


 高校生活不安でいっぱいではあったが、こういう時間があると安心できるのであった。




※※※




昼休み後は普通に授業を受け、放課後を迎えた。


 陽菜と皐月はカバンをまとめて部活へと向かう。




「詩音、それじゃあまた明日!」


「あぁ、練習頑張れよ」


「うん!詩音もたまには見に来てよー」


「…まあ近いうちに少しなら遊びに行くよ」




女子テニス部のため、女子だらけのところにいくら知り合いがいるとしても見に行くのは気が引ける。


 たまに男子が覗きにいって怒られているのも聞いているため尚更だった。




「皐月さんも頑張って」


「は、はい。ありがとうございます」




皐月さんはぺこりと挨拶をすると陽菜の後について教室を出た。


 部活に所属していない詩音は帰って夕食の準備...と思っていた。




「…?」




ふとカバンの中を確認していると音楽の教科書がない。


 移動教室の時に忘れてきたと思った詩音はカバンを置いて教室へと向かった。


 朝礼で紛失物が多くなっていると聞いたばかり...詩音は少し自責しながら教室に到着する。




「えーっと...」




授業の際に自分が座った席を探すと案の定教科書が置きっぱなしだった。


 自分の名前があることを確認していざ帰宅...と思っていると、突然ドアが開いた。


 先生かと思い、教科書を忘れてしまったと口にしようとした瞬間...ドアに立っていたと思った人は突然走り出し消えてしまった。




「なんだ...」




その人が立っていたと思われた場所には物が散乱している。 


 筆箱...教科書、小物入れ...全てに名前が書かれており、全員別人の名前。




「え、まさか...さっきの人って」




紛失物が多発している...そしてここには全て名前が違う人の物が落ちている。


 面倒と思いつつも詩音はそれらを拾って職員室へと向かった。




※※※




「で、拾って届けたと」




担任の先生が居たため、詩音は先ほど音楽教室での出来事を話した。


 当初詩音を疑っていた先生だったが...上級生のものや、女子更衣室に設置されているホワイトボードマーカーまであったため、詩音では無理だと判断。


 おかしな話ではあるが、詩音の言葉が真実だと思ってくれた。




「逃げた人は見なかったか?」


「振り返るより先に消えてたので...」


「...まあ分かった。詩音も紛失物には気を付けろよ」




第一発見者が一番疑われる。


 理不尽な事実を嫌ほど体験してしまった詩音は職員室を後にした。


 しかし、逃げた人は何を考えていたのか...持っていたものを落としてまで逃げてる意味が分からない。


 盗んで自分で使おうとするには物品がそこまで必要ないものばかり。


 いたずらにしても動機も分からない。


 そんなことを思っていると詩音はあることに気づく。




「やばっ…教室にカバン置きっぱなし…」




貴重品は全く入っていないが、犯人は教科書など、なくなっても困るものを盗んでいるため、急いで教室に戻ることに。


 全く迷惑な人だと思いつつ、自分の教室である1年5組まできた。


 流石にもう生徒は帰っていると思いドアに手をかけた。




「おお、何だかこの人の物は掴みやすい!よし!適当にばらまいておこうかな?」




いきなり女子の声が聞えたので少し警戒しながらドアからこっそり教室を覗くと…そこにはこの学校の制服と少し違う制服を着た女子が詩音の席に立っていた。


 カバンをあさっているらしく、次々と物を出している。




「うん…やっぱり教科書とかな?鉛筆とかはなくなっても無視しそうだし」




独り言からして確実に紛失物事件の犯人、だが気になるのは生徒が着ている制服...この学校のものではない。


 他校の生徒がわざわざイタズラのために忍び込んだ?そんなことを考えていると――




「よし、これだけなくなったらさすがに探すよね」




教科書を5冊ぐらいもったその人は後ろを向くと教室から出ようとした。


 とりあえず詩音は携帯で写真を撮るとその音に気づいた女の人がこちらを向く。




「証拠写真は撮りました。あなたが紛失物事件の犯人ですか?ちょっと職員室まで来てください」




詩音は携帯の画面を見せながらそう言うとその女の人はとても驚いた顔をして後ずさりした。


 イタズラがバレて逃げようとしている?


 詩音は警戒しつつ生徒に近づいた。




「あ、あなた…」


「ここのクラスの坂本詩音です。それも俺の物なので返して――」




瞬間、その人は詩音の手を掴んで持っていた教科書をすべて下に落ちた。


 それに気をとらわれていると、その人は顔を俺に近づけ、目を輝かせながらとても嬉しい表情を浮かべた。


 途中「あっ」と何か話しかけたが、感極まったのか一拍子休みスッと息を吸った。  


 その後、息をゆっくり吐くように口を開いて…




「あなた……私が見えるの?!」




夕焼けが差し込む教室に空いた窓から肌寒い風が通る。


 その風をまといながら彼女の金色の髪は美しくなびいた。


 その綺麗な口から歌われた言葉はローレライの誘惑のように詩音を迷宮へと誘った。


 彼は、ただ状況が飲み込めず、首を傾げるだけだった。

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