第34話 こういうのも悪くないかな

 結局、赤ちゃん猫はシオリが引き取ることになった。

 動物に助けられた彼女が動物を虐めるはずがない、というのが先生の結論である。


 それ以前の問題として、シオリは猫語が判るからね。

 彼女以上に適任な飼い主は、世界中探してもそんなにいないと思うよ。


 そして、赤ちゃん猫の名前も決まった。

 ライム。

 シオリは最初、ドラセナライムって名前にしようしてたんだけど、本人の強い希望でライムって名前になったのである。


 そりゃそうよ。長すぎるもの。私のぴろしきだって、猫の名前としては長い部類なんだから。

 ドラセナライムなんて、人間だって噛まずに言えるかどうか微妙だって。


 ちなみに意味は「幸福」。

 花言葉だそうよ。


 いままで不幸だった分、幸せになって欲しいって祈りをシオリは込めたの。

 これには赤ちゃん猫あらためライムも大喜びで、シオリに身体をすり寄せていた。

 まだ人間が怖いだろうに、それでもシオリには心を開こうとしていたの。


 私もちょっとうるっときちゃったわ。

 さくらなんて、私や先生に打ち解けるのに一ヶ月近くかかったんだから。


「そこてボクを引き合いに出さないで!」

「先生に怪我までさせたんだから」

「反省してる! ちょー反省してる!」


 そんな感じで、にぎやかにライムを見送ったふたりだった。






 問題が起きたのは、その数日後からである。

 ちょくちょくシオリが訊ねてくるようになったのだ。


 私やさくらとしては猫語が判る人間というのは大変に貴重で、言いたいことを通訳してもらったりなど非常に助かる存在なのだが、このことに関してモココの主が、ひっじょーに面白くなく思っているらしい。


「妙齢の女性が独身男の家をほいほい軽率に訪れるのは感心できないって、もうぷりぷり怒ってるんだよ」

「どの口が言うって話なんだけどね」


 遊びにきたモココの言葉に、私は頭を抱えた。

 いままで軽率に遊びにきてるじゃない。先生のご友人自身が。

 そして泊まっていってるじゃない。


「そもそも今日だってきてるの!」


 しゅたっとさくらが尻尾をあげる。

 うん。正論過ぎて笑っちゃうわね。


「そこはそれ、主としても焦りがあるんじゃないかな。相手は有名人だもの」

「先生は、そういう基準で相手を選ばないし、それはモココのご主人だって同じでしょ」


 微妙な女心というやつだろうか。

 人間ってそのへんがめんどくさいわよね。明確に発情期ってないから、一年中、いつでも恋の花が咲いてしまうんだもの。


「でもって、今日は一大決心をしてきたらしいんだよね」

「いつもの二人飲み会じゃないってこと?」

「プロポーズ! プロポーズ!」


 さくらが先走りしている。

 けど、そろそろちゃんと形にした方が良いとは思うのよね。私としても。


 友達以上で夫婦未満って関係さ、たしかにしがらみも生まれなくてラクなんだろうけど、それは同時に型に収まってないから不安にもなるのよ。

 たかが紙切れ一枚の話でも、けっこう形って大事。


 自由と独立を愛する猫がいっても、あんまり説得力がないかもだけどね。


「ちょっと偵察してくる!」


 むふふふー、好奇心で青い目をらんらんと輝かせたさくらが、ダイニングへと走って行った。

 さすが子猫。行動に迷いがないぜ。


「僕としてもさ、いつもいつもキャリーケースに詰め込まれて運ばれてくるより、ここで落ち着いて暮らしたいけどね」

「わかる」


 猫は狭いところが好きだからキャリーケースにも喜んで入る、なんて思ったら大間違いだ。

 これからどこに連れて行かれるのか、とても不安なのである。


 モココだって、うちにくるかどうか到着するまでわからないしね。

 病院とかだったら普通に最悪ですよ。


「三人で時代劇を見て暮らすのも良いよね」

「それ好きなのあなたとさくらだけじゃない。私まで巻き込まないでよ」


 くすりと笑ったところで、とてててー、とさくらが戻ってきた。


「あるじ泣いてた! 先生抱きしめてた! そして! ちゅーした!」


 えらくストレートな報告とともに。

 私とモココは顔を見合わせた。

 これは、本当にひょっとするとひょっとするかもね。


「先生が、SNSに載せてる写真のタイトルも、「ぴろさく」から「ぴろさくもこ」になる日も近いかな」

「ちょっと待ってくれ。僕が最後なのかい? 「ぴろもこさく」にすべきだと思うんだけど。年齢順に」

「もこはボクより新参なの! したっぱなの!」


 ソファ上で、さくらがぴょんぴょんとはねる。

 無駄に元気だ。


「人間二人と猫三人になるわけね」


 ふふ、と私は笑った。

 もともとは、先生と私だけだったのにね。


「さくらがきてから、どんどん変わっていくわ」


 良い方向へか悪い方向へか、判らないけれど。

 でも判っていることもある。


「どんどんにぎやかになっていく。私の静かな生活はもうどこにもないってことよね」


 くあ、と、あくびをした。

 だからこそ人生は面白い、などと思いながら。

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ぴろさく! 南野 雪花 @yukika_minamino

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