院長回診

 最上階の15階にエレベーターが着くと、神羽は足早に院長室へ向かった。通路には大勢の医師、看護師などスタッフがまるで大名行列を待つように並んでいた。目指すはまっすぐ、院長室だった。


 院長室の前に、白髪混じりの髭を生やした白衣を纏った大柄な男が立っていた。胸には神羽記念病院:院長、と書いてある。

 隣に立つ小柄な丸顔の医師が神羽を見つけて、あっ、という表情を見せた。


「院長、神羽副院長が来られました」


 院長と呼ばれた男が、神羽を見つけた。神羽は院長の前に駆け寄ると、服装を整えた。


「院長、遅れて申し訳ありません。急ぎの患者の対応をしておりました」


 院長、神羽源氏はうむ、と表情を変えずに唸った。


「患者様第一の病院だからな、それは当然のことだよ」


 はい、と神羽は背筋を伸ばした。


「いやいや、素晴らしい。副院長先生は患者様のことをいつも考えていらっしゃいますからね、さ、回診を始めましょうか」


 小柄な丸顔の医師が高い声をあげた。ネームプレートには「統括診療部長:肥後 玉之助」と書いてある。

 肥後がスタッフに合図をすると、館内にアナウンスが流れた。


『ただいまより、神羽院長の総回診を始めます』

 

 大柄な神羽源氏院長、そのすぐ後ろには副院長である神羽佑介、そして統括診療部長の肥後。

 それに続くように医師や看護師がぞろぞろと廊下を歩き、病棟へ向かった。 



「よくなっていますよ、主治医の御堂先生のおかげですね」

「いやいや、ほんとにお世話になってます。院長センセ、どうもありがとうございます」


 ベッドの上で、正座をしている老人は院長の診察に何度も頭を下げ、手を合わせて拝んでいた。それに対し、院長は腰をかがめ、優しく目を細めた。


「そんなにかしこまらないでください、ここは患者様第一の病院ですから、当然のことです。元気になって退院しましょうね」


 院長の総回診という大名行列のはるか後方、その診察風景すら全く見えない看護師達のあいだでは回診とは全く別の世界が繰り広げられていた。


「あーあ、次期院長はドラ息子か」

「佑介先生? ありゃだめでしょ。院長って器じゃないし。御堂先生とかがなればいいのに」

「なれるわけないじゃん。知らないの? 神羽記念病院ガイアの遺伝子」

「なにそれ」

「初代院長が、この病院建てた時に院内規則で院長は代々神羽一族が務めるって決めちゃったのよ。だからよっぽどのことがない限り、時期院長は神羽佑介ドラ息子に決まり」


 看護師達が雑談しているうちに、回診の塊は次のフロアへ移っていた。慌てて行列の背中を追いかける。


「こんな大病院にそんな無茶な世襲が許されるの?」

「ここって政治家や芸能界とかもつながっていてかなり金の動きも桁違いでしょ? 院長狙っている人なんて山ほどいるのに」

「だから院長は息子に条件を出したらしいよ」

「条件?」

「1月15日の膵頭十二指腸切除術PDのオペ。一人でやるんだって」


 看護師たちは数秒間、絶句した。


「できるわけない、簡単な虫垂炎アッペの手術ですら、手取り足取りしてもらわなきゃできないんだから、あのドラ息子は」

「でもやるしかないでしょ、院長になるくらいなら。今必死で頑張ってるらしいよ」


 回診もいよいよ終盤にさしかかっていた。

 院長の横の看護師長が、患者の紹介をした。


「立志 信雄さん、膵頭部腫瘍の患者さんです」


 院長は神羽をみた。


「この患者さんは副院長先生が手術をする予定の方だね」


 神羽は、はい、と答えた。

 院長は鋭い表情で、神羽を正面から見た。


「分かってるな、私も早く譲りたいんだ、この院長という椅子を」


 神羽は力強く頷いた。


「はい、問題ありません。無事成功させて、院長の名に恥じない結果を残してみせます」


 肥後が頭をかきながら入り込んできた。


「佑介先生ならきっと大丈夫ですよ! 何せ、院長の息子さんなんですから。ね?」


 神羽は苦虫を噛み締めたような表情をしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

霹靂 〜翼のない天使と翼しかない傀儡〜 木沢 真流 @k1sh

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画