見た目女子とイケメン少女 後編

 気がつけば、山斗は学校の武道場の中、剣道の防具を身につけて竹刀を手に、同じく防具に身を包み、竹刀を手にしている珠美と向かい合っていた。


 あやめは楽しそうに微笑み、他の剣道部員たちは固唾を呑んで見守っている。


「……本当にやるんだな? いくらお前が初心者でも、やるからには一切手加減しないぞ?」


 珠美は静かにそう尋ねながら、蹲踞の姿勢を取り、竹刀を構える。


「ええ。わかってます。自分も勝つつもりでやります」


 山斗は緊張で少し声を震わせながら答え、珠美と同じように構えた。


 なぜ山斗と珠美がこんな風に剣を交える羽目になったのかといえば、それはあやめの提案のせいだった。


 それは山斗と珠美が剣道で対決し、山斗が勝ったら珠美は山斗と付き合い、珠美が勝ったら山斗は珠美を諦めるというものだ。


 山斗はこのまま闇雲に告白しても、珠美の心が変わらないであろうことは正直理解していたし、珠美も山斗に自分を諦めさせる良い機会だとして勝負に了承した。


 なお、珠美の剣道の実力は全国大会レベルの為、今回の対決にはハンデ付きの特別ルールが課されていた。


 珠美が十本取る前に、山斗が一太刀浴びせられたら山斗の勝ちというものだ。つまり、山斗は珠美の防具のどこかに竹刀を当てられれば勝ちというものだ。


 それならば、先手必勝。


 対決の審判を務めるあやめが試合開始の合図をすると同時に、山斗は気合を発しながら即座に珠美に飛びかかり、全身全霊を込めて珠美の面に竹刀を振り下ろした。


 しかし、山斗の竹刀は虚しく空を斬る。珠美が後ろに身を引いて躱したからだ。


 山斗の身体が大きくバランスを崩す。


 その隙を、珠美は決して見逃さなかった。


「メェェェェェン‼︎」


 甲高い声と共に振り下ろされた竹刀は、山斗の面の中央を捉える。スパーンという気持ちの良い音が武道場中響いた。


 試合開始から数秒で、山斗は珠美に一本を取られてしまった。


 やっぱり強い。想像以上だ。


 かなりのハンデがあるため、正直言えば、最終的にはなんだかんだで勝てるんじゃないかと思っていた山斗は、その甘い認識を改める。そんな考えで勝てるような相手じゃない事をはっきりと理解した。


 仕切り直して、二本目。


 先に仕掛けたのは、今度は珠美の方だった。気合と共に一足で山斗の間合いに飛び込みながら、面に向かって竹刀を振り下ろす。


 山斗は頭を横にずらし、振り下ろされた竹刀をギリギリ躱した。


 しかし、その勢いのまま突進してきた珠美に吹っ飛ばされ、場外に出てしまう。


「止めっ!」


 あやめは試合を一旦中断させた後、山斗に声をかける。


「後輩君、言い忘れていて悪いんだけど、場外に出るのは基本的に反則だから。反則を二回やったら一本取られた扱いになるから気をつけて。とりあえずこれで反則一回ね〜」


 それから試合は仕切り直しとなり――。


 そこからあっという間に、圧倒的な実力差を前に一太刀も浴びせられないまま、山斗は珠美に九本取られてしまった。絶体絶命だ。


「……何本打たれようと向かってくるその姿勢は評価する。でも、次で終わりだ」


 珠美は息ひとつ切らさず、山斗にそう告げた。


「そうですね。次で終わりです。でも、終わった時に勝っているのは自分です」


 対する山斗は息も絶え絶えに答える。


 山斗は勝つ事をまだ諦めていなかった。こちらは防具のどこかに竹刀を当てるだけで、勝ちなのだ。何か……何か手があるはずだ。


 そして、十本目が始まった。


 先手を取ったのは珠美だった。


「やぁぁぁぁぁっ‼︎」


 今日最高の気合を放ち、珠美は山斗との間合いを詰め、そして竹刀を振りかぶる。


 その瞬間、魂の篭った叫びを上げながら、山斗は一歩前に飛び出し――。


 竹刀を真っ直ぐ前に突き出した。


 それは綺麗な突きだった。山斗の竹刀は、珠美の面の顎、その丁度真ん中をしっかりと捉えた。誰が見ても「一本」と思えるようなそんな突きだった。


 しかし――。


「反則二回で、珠美に一本」


「え?」


 山斗は思わず拍子抜けな声を上げた。


「あー、中学生の剣道では突きは反則なんだよ〜。だから、突きが決まった時点で君の反則。いや、ごめんごめん。まさか、初心者が突きを使うなんて思ってもなかったから、言ってなかったけど」


 あやめが申し訳なさそうに頭を掻く。


「……でも、もしこれが高校生以上の剣道の試合だったら、文句無しの一本だ」


 振りかぶっていた竹刀を下ろし、珠美は少し悔しそうに言った。


「じゃあ、自分の勝ちですか?」


 ほんの少し期待を込めて山斗は珠美に尋ねる。


「いや、先に十本取ったのは私だ。私の勝ち……と言いたいところだが、私も反則とはいえ、お前から先に一太刀もらっているからな……」


 珠美はどうしたものかと、首を捻った。


「つまり、珠美は試合に勝って勝負に負けた。後輩君は試合に負けて勝負に勝った。そういうことでしょ? だったら、引き分けってことで良いんじゃない。だから、付き合うとか諦めるっていうのは無しにしよう」


 山斗も珠美もその意見に納得して頷く。


 それから、あやめは悪戯っぽく微笑むと、


「でも、まったくの剣道初心者の後輩君が全国トップレベルの珠美に一太刀浴びせて引き分けたんだし、少しくらいご褒美があっても良いんじゃない?」


 そう言って、珠美に視線を送った。


 珠美は少し視線を下にやって、考えるような仕草の後、


「……そうだな。付き合ってはやれないが、一度くらいご飯を一緒に食べに行くくらいはしてやっても良い」


 それだけ言うと、


「みんな、時間を取らせて悪かった。練習を始めよう」


 周りで見守っていた他の剣道部員たちに声をかけながら去っていた。


「それって……」


 山斗が言われた言葉の意味を理解しきる前に、


「デートしてくれるみたいだよ。良かったね、後輩君」


 あやめが愉快そうにそう山斗に微笑みを向けた。


 自分が先輩とデート? 本当に?


 山斗は、喜びの飛び上がってしまいそうになるのをどうにか抑えるかのように、防具を脱いで――。


 思い出したように、ずっと気になっていたことを尋ねた。


「先輩、一つ聞いて良いですか?」


「ん? なんだい?」


「なんで先輩はこんなキューピッド紛いなことをしてくれたんです?」


 おかげで自分は憧れの人とのデートにこぎつけられたわけだけれど、そもそもどうして花林先輩がこんなことをしてくれたのかが、山斗にはわからなかったのだ。


「それはね」


「はい……」


 神妙な顔になって話しだすあやめの雰囲気に、山斗はごくりと唾を飲む。


「君と珠美が並んだら絵になるじゃん? 見た目女子の可愛い男の子とイケメンの男の子みたいな女子がカップルとか、私の性癖にすごく刺さるんだよね」


「……は?」


 山斗は本日二度目となる拍子抜けな声をあげた。


「あ、だからお礼なんてしなくてもいいからね。どうしてもお礼がしたいならスタバで飲み物奢ってくれるだけでいいから。あ、ちなみに私はキャラメルマキアートが好きだよ」


 言い残して、あやめは先に練習を始めていた剣道部員たちの中に混ざっていった。


 いろんな意味でいい性格だな、あの先輩。


 山斗は苦い笑みを浮かべた後、一礼してから武道場を出た。


 先輩とデート……。どんなことをしようかな。男らしいところをアピールできたらいいな……。


 あれこれとデートの妄想をしながら、頬を綻ばせる山斗のその顔はやはり可愛らしい少女のようであった。

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見た目女子とイケメン少女 風使いオリリン@風折リンゼ @kazetukai142

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