第3話

 次の日、仕事が終わると、俺はその先輩に声をかけた。

「先輩、俺、うまい店知ってるんですよ」

「へー、行ってみようかな」

「今日、一緒に食いに行きませんか?」

「そうだな。鯛も一人はうまからず。今から一緒に食いに行くか」

 こうして、俺と先輩は出発した。

 先輩が言う。

「最近お前、俺に心を開いてくれるようになったよな。魚心あれば水心だな」

「はははっ、そうですね」

 俺は、先輩を山へと案内した。

「山の中にある店なのか?」

 と先輩。

「ええ、そうなんです」

「そうか。綺麗な花は山に咲く。いい店は、人目につかない山の中にあるんだな」

 山の中に入ってきた。俺は周りに人目がないことを確認すると、ポケットから紐を取り出した。素早く先輩の首に巻きつける。そして、思いっきり締め上げた。

 先輩は動かなくなった。鼓動を確認すると、止まっている。俺は先輩の死体を置いて、その場を立ち去った。

 頬を汗が伝っていった。


 その日も、デバロの時間が近づいてきた。果たして、俺を追い詰めた敵は、俺が殺した先輩なのだろうか。俺は、デジタル空間へ移動するボタンをタップした。

 一瞬でデジタル空間に移動した。俺を追い詰めた敵はいない。やはり、あの敵は先輩だったのだろうか。

 そう思った直後、その敵が現れた。先輩は敵ではなかったのか。俺は何てことを……。

 しかし、どちらもことわざを多用していたのだ。勘違いして殺してしまっても、仕方なかったのではないだろうか。仕方なかったのだろう。仕方なかったのだ。

 そんなことよりも、今は目の前の敵だ。このままでは母の命を救えない。こんなこともあろうかと、対策を考えてきたのだ。うまくいくかわからないが、一か八かやってみよう。

 俺は言った。

「負けるが勝ち。こんな勝負、勝っても意味がないぞ」

 俺の考えてきた対策とは、試合が始まる前に、ことわざを使って、俺を倒さないように説得することだった。この敵はことわざを多用する。そのことから、ことわざを深く信じているのではないかと考えた。そこからさらに、ことわざを使えば説得できるのではないかと考えたのだ。試合が始まるまで、まだ少し時間がある。俺はさらに言った。

「悪銭身に付かず。人を殺して手に入れた金なんて、すぐになくなるぞ」

 すると敵が言った。

「どうした、命乞いか?花は桜木、人は武士。潔く死ね」

 だめか。それなら、これはどうだ。俺は言った。

「情けは人の為ならず。ここで俺を助ければ、それはお前に返ってくる」

「それはどういうことだ?」

「俺がお前の戦いに協力するってことだ」俺は答える。「俺はお前を倒しても、他のプレイヤーと戦っていかなければならない。そいつらと戦うとき、お前と協力した方が確実に勝てる。それはお前も同じことだ。俺と戦うのは、プレイヤーが俺とお前の二人だけになってからの方が、いいんじゃないか。それがお互いのためだ。損して得取れ。目先の勝利にとらわれるな」

「うーむ、なるほど。ことわざを使って言われると、説得力があるな」

 相手は少し考えると言った。

「わかった、提案を受け入れる。協力して戦おう。よろしくな」

「ああ、よろしく」

 俺は言った。

 それからまもなくして、試合が始まった。相手は銃を下ろした。俺は言った。

「近くの敵のもとへ向かおう」

「ああ」

 相手は俺に背を向けて歩き出した。俺はそいつから素早く銃を奪った。そして、そいつに向けて撃った。

「くっ……、『人を見たら泥棒と思え』だったか……」

 そいつは苦しげに言うと、消えた。よかった、成功した。


 数日後、俺は母とリビングで過ごしていた。今日もまた、デバロの時間が近づいている。俺の胸は高鳴っていた。なぜなら、デバロのプレイヤーが俺を含めて二人になっているからだ。今日、優勝者が決まるのではないだろうか。もう少しで母を救える。最後の戦い、頑張ろう。

 母もなぜか気持ちが高まっているように見えた。俺の気持ちの高ぶりを感じ取り、それに影響されているのかもしれない。

 そろそろデジタル空間に入ろう。俺は自室へ行き、デジタル空間に入った。

 しばらく待つと、笛の音とともに、目の前の空間に「ゲームスタート」という文字が現れて、消えた。試合が始まった。よし、優勝するぞ。俺は、最後の敵のもとへと向かった。

 敵の姿が見えた。俺は銃を連射した。敵は岩陰に隠れる。俺が撃つのをやめると、敵が岩陰から銃を撃ってきた。俺はとっさにかわす。岩陰からのぞいている敵の頭を狙って撃った。しかし、それは外れた。そして俺の銃は消えた。弾切れか。

 俺は武器を探しながら逃げた。なかなか見つからない。しばらく必死に逃げ続けた。負けるわけにはいかない。俺には救うべき命があるんだ。

 やっと武器を見つけた。二本の刀だ。俺は一本を持つと、敵に向かって投げた。刀は敵の右腕に命中した。敵の右腕が切断される。

 俺はもう一本の刀を投げた。刀は敵に向かって飛んでゆき、首を斬り落とした。敵は消えた。

 すると目の前の空間に、「優勝おめでとう!」という文字が現れた。どこからともなく声が聞こえる。

「優勝おめでとうございます。あなたの銀行口座に、優勝賞金を振り込みました」

 そして次の瞬間、俺は自宅の自室に戻っていた。スマートフォンで確認すると、確かに優勝賞金額が振り込まれている。

 やった、優勝したんだ。これで母を救える。次第に実感が湧いてくる。

 早速母に報告しよう。母さん、きっと喜んでくれるだろうな。俺は心を弾ませながら、母の部屋に向かった。

 ノックをして、「入るよ」と声をかける。ドアを開けた。そして息をのんだ。

 部屋の中では、母が死んでいた。首と右腕が切断されている。

 なんてことだ。俺は現実が受け入れられなかった。せっかくデバロで優勝して、母の命を救えるようになったのに。一体誰が……。

 そういえば、俺がデバロで最後に倒した敵も……。まさか……。

 いや、そんなわけない。たぶん強盗にやられたんだろう。俺は、母を殺した奴を許さない。

 風がゴウゴウとうなっていた。

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救うべき命 川砂 光一 @y8frnau4

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