第2話

 それから、俺は大きな怪我なく敵を倒してゆき、一週間ほどたった。

 最近、ゲーム内の自分が強化されているという実感を得ていた。以前よりも、速く動けるし、力も強くなった。高所から飛び降りた際に受けるダメージも、小さくなった。銃撃の威力も増した気がする。

 仕事の休み時間、俺は先輩に話しかけられた。

「なんかお前、最近疲れてるよな。腹が減っては戦はできぬ。ちゃんと飯食ってないんじゃないか?」

「ちゃんと食ってますよ」

 俺は答える。

「早起きは三文の徳。最近、起きるのが遅いんじゃないか?」と先輩。

「いえ、遅くないですよ」

 俺はまた答える。

「そうか。まあ、過ぎたるは猶及ばざるが如し。頑張りすぎんなよ」

 そう言って、先輩は去っていった。

 確かに、最近母が倒れてから、気を張り詰めて、疲れ気味かもしれない。しかし、デバロで優勝して、母の病気の治療費を得るまでは、気を引き締めていこう。俺は自分に言い聞かせた。


 数日後、この日もデバロの時間が近づいていた。

 昨日デバロで負った傷が痛むが、参加しないと脱落になってしまう。今日の試合も頑張ろう。俺は、リビングから自室へ向かおうとした。

 その時、母が突然苦しげな呻き声を上げた。見ると、胸を押さえてうずくまっている。

「母さん、大丈夫?救急車を呼ぶよ」

 俺は言った。

 しかし、母はこう言った。

「大丈夫、救急車は呼ばなくていいよ……。私は自室で休むよ……」

「本当に大丈夫?かなり苦しそうだけど」

「本当に大丈夫だから……」

 母はそう言うと、自室へと行ってしまった。本人は大丈夫と言っているが、心配だ。俺は、救急車を呼ぶかどうか迷った。

 ふと時計を見ると、二十時間際。やばい、デバロが始まる!俺は慌ててデジタル空間へと入っていった。


 試合が終わると、俺は母の部屋の前に行った。すると、母の声が聞こえた。

「救急車が必要です」

 救急車を呼んでいるのだろうか。住所・症状・年齢・名前・連絡先などが続いた。そして、電話を切ったようだ。

 俺は声をかけた。

「母さん、大丈夫?」

 すると返事が返ってきた。

「やっぱりしんどくなったから、救急車を呼んだよ」

 しばらくして救急車が到着し、母は病院に搬送された。


 それから約一週間後、母はすでに退院していた。しかし、今回再び母が入院したことによって、早くデバロで優勝しなければいけないという気持ちが、俺の中で強くなっていた。

 俺は敵を倒してゆき、自分を強化していた。

 プレイヤーの人数もずいぶん減り、今では二十人ほどだった。優勝まで、もう一踏ん張りだ。

 今日もデバロの試合が始まった。

 俺は敵を一人倒すと、腕輪を見た。すると、自分のすぐ近くに敵がいることが、示されている。

 俺はその敵を見つけると、素早く銃を撃った。

 しかし、それは敵に当たらず、銃は消えてしまった。デバロでは、銃は弾切れすると消えるのだ。

 すると、敵が言った。

「お前は銃を撃つとき、慌てすぎたようだ。やはり、急がば回れだな」

 そして、その敵は銃を向けてきた。俺はとっさに物陰に隠れた。

 敵の追ってくる足音がする。武器が落ちていないか、辺りを見回したが、見つからない。

 敵の声がする。

「相手が武器を持っていないうちが、勝つチャンスだ。時は得難くして失い易し。奴が武器を手に入れる前に、とどめを刺そう」

 俺は必死に逃げた。しかし、飛び出した崖の先端に、追い詰められてしまった。俺は武器を持っていない。

「さっさと攻撃しよう。『兵は神速を貴ぶ』と言うからな」

 敵はそう言うと、銃を向けてきた。

 万事休すか。そう思った瞬間、俺は自宅の自室に戻っていた。今日の試合が、終わったようだ。助かった。

 しかし、デバロの試合は、前回の状況から始まる。明日の試合は、俺が崖に追い詰められた状況から始まるのだ。あの状況では、おそらく俺は負けてしまうだろう。どうしよう。俺は考えた。

 そして、あることに気がついた。俺を崖に追い詰めた敵は、やたらと、ことわざを使っていた。そして俺の職場にも、ことわざを多用する先輩がいる。あの敵の正体は、職場の先輩なのではないだろうか。そうだとすれば、俺がデバロで優勝するためには、明日の試合が始まる前に、先輩を殺さなくてはいけない。

 あの先輩には世話になった。

 俺は今の仕事に就きたての頃、右も左もわからなかった。しかし、わからないことを人に聞いていいのかもわからず、とても不安な日々を過ごしていた。

 そんなとき、その先輩が話しかけてくれた。

「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥。わからないことがあったら、何でも聞いてくれ」

 そう言われて、俺の心は一気に軽くなった。それからというもの、俺は、仕事に関してわからないことがあると、その先輩に相談するようになった。先輩も、俺のことを気にかけてくれた。そんな先輩を殺すのは、ためらわれる。

 しかし、母の命を救うためには、手段を選んではいられない。俺は、その先輩を殺害することにした。

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