救うべき命
川砂 光一
第1話
夕闇の中、俺は帰路に就いていた。今日も1日中働き、体は鉛のように重かった。今にも倒れそうになりながら、よたよたと歩く。
両親の離婚後、母は1人で俺を育ててくれた。決して裕福な家庭ではなかったが、母は自分の食事を減らしてまで俺にたくさん食わしてくれた。気が付けば、母は昔よりもずいぶんと痩せていた。
思い返せば、俺は母にずいぶん迷惑をかけた。おもちゃが欲しいだとか、もっと美味いもんが食いたいだとか。
だから俺は、その恩返しと贖罪のために、母に金を捧げるのだ。そのためには、どんなにつらい仕事だってするつもりだ。
俺は母と2人で住む家に到着した。いつものように玄関の扉を開ける。
「ただいま」
俺は母に声をかけた。
いつもならここで「おかえり」と返事が返ってくるのだが、今日は何も聞こえてこない。出かけているのだろうか。俺はそう思いながら家に上がった。そして部屋の中の光景を見て、思わず声を上げた。
「母さん!」
そこには、床に倒れ込んだ母の姿があった。どうやら意識はないようだ。俺はすぐに救急車を呼んだ。
しばらくして、救急車が到着した。母は救急車に運び込まれ、俺も同乗した。
(死なないでくれ。死なないでくれ)
搬送中、俺はそればかり思っていた。
診察室には1人の医師がいた。俺は部屋に入ると、すぐさま質問した。
「母の容体はどうなんですか」
医師は事務的な口調で言った。
「一時は重篤な状況でしたが、現在は落ち着いています」
母が病院に運ばれたあと、俺は数時間待った。そして今、診察室に呼ばれたというわけだ。
医師は話を続ける。
「ですが、厄介な病気が見つかりました。治療をしなければ、余命はあと半年といったところでしょう。その治療には、今のところかなりの料金がかかるのです」
「いくらですか」
医師はその金額を言った。それは、俺と母の全財産の、数十倍はあろうかという額だった。
俺は医師に言った。
「なんとか安くしていただけませんか」
しかし医師は首を振る。
「治療には、こちらもかなりの費用と労力が必要です。値下げはできません」
「そんな……」
その後も粘り強く頼んでみたが、値下げを承諾してもらえることはなかった。
俺はとうとう諦めた。
「わかりました。なんとか金を工面できないか、考えます」
そう言って、俺は診察室を出た。
母を病院に残して、俺は家に向かった。俺は自分を責め立てた。俺が馬鹿みたいにたらふく飯を食ったせいで、母は十分に食事ができなかった。俺が馬鹿みたいにおもちゃをねだったせいで、母はストレスを溜めた。それらのことが、今回の病気につながったのだろう。母が病気になったのは、俺のせいだ。夜の闇の中、風も俺を責め立てるようにゴウゴウとうなっていた。
俺はなんとしてでも、この罪を償いたかった。そのためには、治療費を工面しなくてはならない。しかしあんな大金、どうすれば用意できるのだろう。
俺は家に帰るとインターネットで、大金を得る方法を調べた。すると、気になる情報を見つけた。
「大金が手に入るゲーム、『デバロ』」
見出しには、そう書かれていた。
俺は説明文を読んでみた。それによると、『デバロ』とは、デジタル空間で行われるバトルロイヤルだそうだ。シーズン開始後一ヶ月以内に、残ったプレイヤーが一人になると、そのプレイヤーが優勝する。優勝者には賞金が支払われる。その金額は、母の病気の治療費を、上回るものだった。参加は有料だが、それほど高くない。
優勝すれば、母の命を救える。これは参加するしかない。俺はそう思った。
『デバロ』では、毎日二十時から二十一時までの間、試合が行われる。その時間中は、デジタル空間にいなければ、脱落と見なされる。デジタル空間には、スマートフォンなどを使って行ける。
料金を払えば、観戦することもできるようだ。今シーズンの試合を観ることも考えたが、金が惜しいのでやめた。
そこまで読んだところで、俺の目に信じられない情報が飛び込んできた。このゲーム内で死ぬと、現実でも死ぬというのだ。そんなことが、あるだろうか。それが本当なら、参加するのは考え物だ。負ければ自分が死んでしまい、勝てば人を殺してしまう。
しかし、このゲームで優勝するしか、母の命を救う方法はないだろう。俺にとっては、自分の命や、見ず知らずの人の命よりも、母の命の方が大切だった。それに、本当に死ぬかどうかも疑わしい。
次のシーズンが始まるのは、十日後のようだ。俺は、来シーズンの試合に、参加することにした。
十日後、俺は母とリビングでニュース番組を見ていた。ニュース番組では、「相次ぐ不審死」という特集をやっていた。
母はその後、退院して家に帰っていた。今のところ、症状は落ち着いている。病気の治療費のことは、母も聞いたそうだ。治療を受けることは、諦めているようだった。
俺がデバロで優勝すれば、母は治療を受けられる。それを伝えることも考えた。しかし、このゲームで死ぬ可能性があることを母が知ると、心配するだろう。心配をかけたくなかったため、デバロのことは優勝するまで秘密にすることにした。
もう少しで、初めてデバロをプレイする時間だ。
正直、このゲームをプレイすることを恐れる気持ちが俺にはあった。何しろ、真偽の程はわからないが、ゲーム内で死ぬと現実でも死ぬと書かれていたのだ。
しかし、母の命を救うためだ。俺は意を決して、デバロの準備を始めた。
まず、母に、このゲームをプレイしているところを、見られないようにする必要があった。ちょうど母は自室へ行ったが、いつリビングに戻ってくるかわからない。俺は自室で、デバロをプレイすることにした。
自室に入ると、スマートフォンでデバロのアプリを開いた。すると、武器を持ったキャラクターたちの、イラストが描かれた画面になった。そのイラストの下に、「デジタル空間へ移動」と書かれたボタンがある。
あと数分で試合が始まる。そろそろデジタル空間に入ろう。俺は「デジタル空間へ移動」と書かれたボタンをタップした。
次の瞬間、目の前の景色が一変した。木々が生え、地面には広告が表示されている。周りを見渡そうとしたが、体が動かない。よく見ると、目の前の景色はCGのようだった。
これはどういうことだろう。俺はデジタル空間へ来てしまったのだろうか。アバターを操作して戦うのだと思っていた。しかしこの様子だと、俺がデジタル空間で直接戦うようだ。今の技術を使えば、人間がデジタル空間に入ることもできるのか。驚いた。
人間が直接戦うのだから、これは本当に命懸けのゲームなのだろう。俺は恐怖を感じた。一瞬、このゲームをプレイする気持ちが揺らぐ。
しかし、母からの恩、母への罪、そして母の病気のことを考え、心が決まった。たとえ、人の命を奪うことがあっても、自分の命を奪われることがあっても、俺は優勝を目指してこのゲームをプレイしよう。
体が動かないのは、まだ試合が始まっていないからだろう。俺は目の前の景色を眺めていた。
すると、人間に似て非なるものを見つけた。身動き一つしない。もしかして、あれは他のプレイヤーなのだろうか。この空間では、プレイヤーはあのような姿に変わるのかもしれない。
俺は声を出してみた。しかし、それはいつもの自分の声ではなかった。
そんなことをしていると、笛の音とともに、目の前の空間に「ゲームスタート」という文字が現れて、消えた。俺は体を動かせるようになった。試合が始まったようだ。
俺は自分の体を見た。俺の体も、人間に似て非なるものになっていた。
腕を見ると、腕輪がついていた。そこには、プレイヤーの人数が表示されている。それによると、現在プレイヤーは八百人だ。
またその腕輪には、そのそれぞれのプレイヤーの位置がわかる地図も表示されていた。腕輪の向きに応じて地図の向きも変化し、方向がわかるようになっている。自分の位置は、他のプレイヤーとは異なる表示になっている。
事前に読んだ説明文によると、他のプレイヤーを倒すと強くなるらしい。積極的に敵を倒していこう。
しかし、どうやって敵を倒すのだろう。俺は武器を持っていない。素手で戦うのだろうか。
俺は近くのプレイヤーの位置を把握すると、そこに向かった。すると、地面に落ちている銃を見つけた。あれを使って戦おう。俺は銃に手を伸ばした。
その時、何者かが俺に体当たりしてきた。俺は吹っ飛ばされる。
とっさに相手の方を見た。体当たりをしてきた相手は、銃を拾っていた。まずい。
近くに岩がある。俺はその陰に隠れた。
相手の追ってくる足音がする。俺は岩陰に隠れつつ、武器を探した。
しかし、武器はなかなか見つからない。相手の足音は迫ってくる。
俺は、相手から銃を奪うことにした。
岩陰に隠れて、相手を待ち伏せる。相手が来ると、俺は、素早く銃を奪い取った。
相手との距離を取る。相手はこちらへ迫ってきている。俺は銃を撃ちまくった。
相手は倒れた。そして消えた。祝、初勝利。俺は心の中でつぶやいた。
その後、もう一人敵を倒して、無事にその日の試合を終えた。
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