第3話 決断

 9番スクリーン内


 佐々木の指揮(何となく不愉快だが)のもと男性陣は爆弾の有無を、女性陣は出入口の確認を行っていた。

 閉じ込められたのは全員で九人。神谷と篠田を含めて女性は六人、男性は三人だった。爆弾を探す人数にしては圧倒的に不利だったので、最初に扉を開けようとした飯倉みどりと神谷、篠田が爆弾探しに加わった。その際、上品そうな出で立ちの老齢男性が『女性に危険な真似はさせられない』と断りを入れていたが、佐々木が人手が増える分にはいいじゃないか、と説得していた。その後の「じゃなかったら女性とか関係なしに皆吹き飛ぶわけだし」というデリカシーのない発言が無ければ良かったが。


 爆弾探し班はスクリーン内で言うと両サイドの壁に分かれて上を見上げていた。

 篠田は上を見上げて首の後ろを痛そうに摩る。


「爆弾か確認するって言っても、あんな高い所にあったら確認しようがないよね」


「まぁ犯人にとってはそう簡単に爆弾外されたら意味無いもんな」


 篠田の意見に肯定をする佐々木は反対側の壁にいる男性陣三人を見る。向こうもそれに気が付いたようだが、無駄だと言わんばかりに両手をあげて首を横に震る。


「ねぇ、とりあえずさっき爆発した椅子調べてみない?それと扉もね」


「それが一番早いね。扉は一番危険だけど……」


 最前列の席に捜索班が集合する。粉々になった椅子を見て改めて先程の出来事は夢では無いことを再確認する。

 成澤幸仁が恐る恐る椅子の残骸を掻き分けていく。座面部分だったものは真ん中から大きな穴を開けて焦げていた。


「これ、座面の真下に爆弾があったってことですよね。ほら、ここに破裂したパイプがある」


 成澤が指さした場所には確かに銀色のパイプがぐしゃぐしゃにひしゃげていた。まさに内側から大きな力がかかり外に爆発した感じだ。神谷は火薬の匂いなのか分からないが、鼻を突く匂いを感じた。


「まさかと思うけど、毒じゃないよね」


「もしそうだとしたら、さっきの爆発の勢いでスクリーン内に毒が蔓延してると思う。爆弾してから少なくとも三十分、俺達がピンピンしてるってことは毒じゃないってことか」


 佐々木の意見に紳士老人の四ノ宮賢治は上品に頷く。


「それは私も思いました。ただ火薬の匂い、と言うよりは何かの薬品のような匂いなのも確か……爆弾と言っても色々あるらしいですからね」


「化学反応系の爆弾ってことですか。それだったら起爆剤となる液体なんかがあると思うんですが、多分それがこのパイプの中にあったんでしょうね」


「でもこれ、かなり小さいよな。爆心っていうのか?とにかく爆発の起爆剤であるパイプも掌サイズだし、もし閉じ込めた犯人の言葉が本当だとして壁についてるのが爆弾だとしたら……」


 佐々木の言わんとしていることを嫌でも理解した神谷は壁に付けられた何かを見る。隣の大きなススピーカーと比べても半分程度の大きさだが、爆弾となればその威力は計り知れない。爆弾捜索班は既に確証を得ていた。ここに閉じ込めた犯人は間違いなく爆弾を仕掛けており、壁に付いているのも爆弾であると。そして犯人は本気であると。現実から目を背けつつ、出入口を調べている女性陣の元へ駆け寄った。


「そっちは何かわかりましたか?」


 神谷の問いに飯倉みどりは疲れた様子で答える。


「何も。出入口と避難口には同じようなセンサーと爆弾らしきもの。触れたらさっきみたいにどっか爆発するんじゃない?」


 自分の行動を思い返したのか、少しバツが悪そうに顔を背ける。


「どっちにしても閉じ込められたのは変わらないし、爆弾があるのも変わらない。そして……」


 佐々木はスマホを操作して画面を見せてくる。通話画面が映っていたが、すぐに通話は切れてしまう。理由は右上のWiFiの接続感度を示す波マークが示していた。


「通話もできない。アナウンスでも言ってたよな」


 佐々木の言葉に皆が自分のスマホを確認する。神谷と篠田もスマホを確認すると、どのアプリも通信が切断されていて使えない状況だった。各々が外との連絡がつかないという絶望的な状況を再確認し、表情がより一層落ち込んでいた。神谷はどう足掻いても絶望的という状況にたった一つの、そして避けたかった提案をする。


「もう、やるしかないですよね」


 神谷の言葉に顔を向けなくとも、耳だけを傾ける。神谷の重い声が静かなスクリーン内に響く。


「やりましょう。皆の『罪の告白』を」


 ━━━━━━━━━━━━━━━


 9番スクリーン外


 ショッピングモールに入ると寒すぎるくらいの冷風が建宮と蟻塚を襲う。まだ夏の暑さの余韻が残る季節だが、さすがに設定温度が低すぎないかと思う。目的の場所までエスカレーターを乗り継ぎしなければならないが、広いショッピングモールでそのエスカレーターを探すのは意外と苦労した。


「ショッピングモールってなんで入り組んでるんだろうな。それとエスカレーターもっと作れよ」


 建宮の愚痴に蟻塚は苦笑いしながら答える。


「ショッピングモールなんてどこもこんなもんですよ。建宮さんご家族とこういう所来ないんですか?」


「俺が行くように見えるか?仕事ばかりで家空けてたら、いつの間にか妻と娘で勝手に行くようになったよ」


「寂しいんですね、気をつけないと」


 建宮の強烈な肘打ちを脇腹に食らい、悶絶する蟻塚を他所に今日の奇妙な通報を思い出す。


 本所警察署刑事課の建宮と蟻塚は、休憩から戻ったすぐ後に錦糸町にあるショッピングモールに向かって欲しいという話をされた。最初に警察にきた通報は「映画館の扉に変なものが仕掛けられている」という通報だったらしい。変なものって何だよ、と思ったが既に鑑識が臨場していると聞いて、どうやら只事では無いと感じた。

 建宮と蟻塚はエスカレーターを乗り継ぎ、目的の映画館に着くとすぐに規制線が張られている場所が見えた。映画館のスクリーン入口から左右に道が分かれ、スクリーンがいくつか並んでいた。十四時半ならまだ映画が上映されている頃だが、既に他のスクリーンは閉じられ観客は外に出されていた。


「建宮さん、ここまでする必要ありますかね?」


「何だか嫌な予感がしてきたな。避難とくればアレしかないだろ」


「アレ……ですか?」


 ピンときていない蟻塚を他所に一番奥のスクリーン入口前に来る。規制線をくぐり抜けると、既に鑑識による臨場は終わっていた。まだ詳細を聞かされないままやってきた建宮は顔馴染みのベテラン鑑識官を見つけ、何かあったのかを聞く。


「建宮じゃないか。今更来たのか」


「そう言わないでくださいよ、君波さん。休憩時間だったんですって……それで扉に変なものが仕掛けられているって通報を聞いたんですけど」


「え、お前何も知らないで来たのかよ。なら早く爆発物処理班呼んでくれよ」


 出てきたフレーズに蟻塚は先程建宮が何を言おうとしていたのかをようやく理解した。建宮はやはり、という顔をして蟻塚に目配せをする。蟻塚はその意図を汲み取り、すぐに爆発物処理班の要請をする。


「爆弾……ですか」


「あぁ、俺も専門じゃないがこれでも数十年は鑑識やってんだ。それなりに知識はあるが……相当複雑な爆弾だな」


「というと?」


「爆弾物処理班でも、多分解除には時間かかるだろうな」


 君波はそれだけ言うと、現場を後にした。入れ替わりで蟻塚が駆け寄ってくる。


「爆弾処理班もうすぐ到着するみたいです」


「あれ、早いな」


「何か君波さんが既に連絡してたみたいです。何度も連絡してくるなって怒られたんですけど……」


 じゃあ何で改めて自分達に爆弾処理班を呼ぶように言ったんだよ、と君波の訳の分からない行動に少しイラッとして蟻塚に今後の方針を決める。


「とりあえず俺達はこの扉に爆弾を仕掛けた人物を探すぞ。これだけの代物だ。リスク無しで仕掛けられるとは思えない」


「つまり、犯人自身がここに来ていたってことですか?」


「まぁ人を使ったかもしれないがな。とりあえず最初に見つけたスタッフに話を聞くぞ」


 わかりました、と返事をする蟻塚がそういえばと別の話を切り出す。


「今回の捜査本部、映画館に爆弾が仕掛けられたっていう特殊な状況下なので少し離れた7番スクリーン内に捜査本部を設置するみたいですよ」


「え、マジで?そんなのってありなの?」


「あり……だからやってるんじゃないんですか?」


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 東雲と先輩スタッフは爆弾の第一発見者として警察から話を聞かれることになっていた。自分が面接をした応接室に二人で座っていると、少しして刑事と思われる男性二人が入ってきた。男性は東雲達に警察手帳を見せると、ゆっくりとソファに腰掛ける。先輩刑事らしき建宮という男性は少し気だるそうに、後輩と思われる蟻塚という男性はしっかりとメモを取ろうとしていた。先に切り出したのは建宮だった。


「お二人が爆弾を見つけた時、周囲に不審な人物を見かけませんでした?例えば……見慣れないスタッフとか」


 建宮の問いに東雲が先輩スタッフの顔を見ながら答える。


「すみません、自分はまだ新人なので……俺は怪しい人は見ませんでした」


「私も……知る限り怪しい人はいませんでした」


「なるほど、では9番スクリーンで行われていたリアル脱出イベントについて、あれはどこの誰の主催ですか?」


 この問いには先に先輩スタッフが答えた。


「えっと、私が今日聞いたのは運営会社から9番スクリーンでイベントを行うこと、当日9番スクリーンに行く人がいたらそれはイベント参加者だから担当スタッフに引き継ぐことしか……」


「待ってください、その担当スタッフというのは?」


「運営側の人らしいです。スクリーン入口前で改めて参加者を確認して中に入れるって……」


「あ、先輩!」


 東雲の声に先輩スタッフはビクッと肩を震わせ驚かさないでよ!と背中を叩かれる。地味に痛い攻撃に耐えつつ、先輩スタッフと共にある事を共有する。


「その運営側のスタッフ、俺達が隣のスクリーン内に清掃に入った時にいましたっけ?」


「……いや、いなかった……です」


 どちらに対しての発言か分からないが、少なくとも建宮はその意図を汲み取った。


「あなた達が隣のスクリーン内の清掃に入ってる間、もしくはその前に既に犯人は爆弾を仕掛けて中に入った」


「建宮さん、防犯カメラ見てみましょう。その人も犯人に使われたかもしれないですし」


「おふたりとも、ご協力ありがとうございました。また何か思い出したことがありましたら連絡してください……といってもどうやら捜査本部が7番スクリーンに設置されるみたいなのでそちらに来てもらっても構いません」


 それだけ言うと、二人は足早に部屋を出ていった。呆気にとられる先輩スタッフに東雲は場違いな発言をする。


「映画館の使い方って、捜査本部っていうのもありますよね」


「いや、普通ないから」



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エスケープ・シネマゲーム 熊谷聖 @seiya4120

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