第2話 外と中

 絶体絶命、危急存亡、窮途末路、神谷達が置かれた状況を説明するには絶望感たっぷりの四字熟語を並べるしかないのかもしれない。或いは、そんな事を考えている余裕すらない程危機が迫っていたのかもしれない。神谷は少し前に起きた出来事を反芻していく。


 リアル脱出イベントに参加する為、映画館に入りセンサーとそれに連動する爆弾が仕掛けられてある、という怪しげなアナウンスがあった後一人の女性がセンサー付きの扉を開けようとしたところ、最前列の席が木っ端微塵に吹き飛んだ。

 それを見てしばらく唖然としている現在に戻る。皆体は固まっているが今の状況を理解するのに脳のリソースを割いているのかもしれない。ふと、肩を軽く叩かれる。篠田だった。


「ねぇ、本当に爆弾仕掛けてあるのかな……」


「さぁ……でも席が吹き飛んだところを見るとあながち冗談じゃないのかも」


「俺は爆弾がある方に一票かな」


 何の気配もなく神谷と篠田の後ろに立っていた男がナンパみたいな軽い感じで話しかけてくる。


「えっ、あっ!厳つい人!」


「ちょ?!いきなりはさすがに失礼……」


 篠田が咄嗟に口に出した言葉を押し込むように篠田の口を手で抑えると、男は特に気にした様子もなく手をヒラヒラと振る。


「いいよ別に。自覚はあるから。俺は……佐々木樹っていうんだ、よろしくな」


 不自然な間の後に名前を告げた佐々木という男は握手の手を差し伸べてくるが、さすがに初対面かつ裏社会と強く繋がってそうな人と握手できる勇気はなかった。ここで握手したからといって何かいきなり不条理な契約とか結ばれるわけでは無いのだが、本能的に人として付き合ってはダメだ、と感じた。そんな二人の警戒を感じとったのか、すんなり手を引っ込める。


「まぁ信用してくれなくてもいいけどさ。この状況下でいつまでも疑り深いのもどうかと思うけど」


「そりゃ疑うでしょ。明らかにイベント自体が偽物だし、こんな手の込んだことをして私たちを呼んだのには訳があると思うのが普通。そして外に犯人がいるにしろ、中にも共犯者がいるかもしれない、これも普通の感覚じゃない?」


「だからって見た目で俺を真っ先に疑うのはナシだろ。今時見た目で差別なんかダサいよ」


 佐々木はわざとらしく肩をすくめると、館内を見回す。


「それにどうして俺たちが選ばれたと言えるんだ?無作為にイベントの案内をしてそれに応募して来たやつを無差別に閉じ込めれば今の状況は完成だぜ?」


「そうだけど……」


 神谷はその先の言葉を言うことなく口を閉ざす。

 もし無作為にターゲットを選んでいたとして、人数が少なすぎる様な気がした。文面には映画を観に行く人なら誰でも知ってるようなビックネームの会社の名前が使われていたし、クイズを出す人たちも東大卒で構成されたテレビにも出演しているクイズ集団の名前だった。明らかに知らない名前だったら怪しむかもしれないがこれだけのビックネームが揃っていれば疑う人は中々いないだろう。それを数百人、数千人に送っていたら映画館一杯に人は埋まるはずだ。しかしここにいるのは十名ほど。


「無作為にしてはターゲットを絞り込みすぎている気がする」


 神谷の答えに佐々木は少し考えて、


「まぁそこは考えても仕方ないだろ。今はこの館内に本当に爆弾が仕掛けられているのか、あの扉のセンサーは本当に爆弾と連動しているのか」


「まぁそっちを確認するしかないのか」


「ねぇ、あれってスピーカーだよね?その横についている四角いのはなんだろう」


 篠田が指差した先にあるのは、壁についている小型スピーカー。壁には左右それぞれ三つずつ小型スピーカーがついており、よく見るとそれぞれの小型スピーカーの隣に一回り小さな四角いものが設置されていた。


「……皆で確認するしかないよね」


 先程の爆発で神谷と篠田、そして佐々木は意外な程冷静を保てているが他の人は案の定パニックに陥っていた。それが普通の感覚なのだが、今は何とかして皆で協力していくしかない。閉じ込められたという言わば運命共同体。一つでも綻びが出ればそこが命取りになるかもしれない。神谷は後ろから出せるだけの大きな声で話す。


「あの!すみません!ここは皆で協力して出られる方法を探しましょう!その為には今の状況を確認する必要があります!」


 その言葉に問いかけたのは先程の女性とは別の、大人しそうな三十代の女性だった。


「あの、さっきの爆発ってその……センサーに反応して?」


「それは分かりませんが、とにかく本当に爆弾が仕掛けられているのか、それだけでも確認して警察に連絡しましょう。幸い時間制限とかは無いみたいですし」


 神谷の呼び掛けにしばらく沈黙が続いたが、老夫婦の男性の方が声をあげる。


「そうですね、今の状況を確認しないと。私達自身も何が起きたのか整理しないと先に進まないと思います」


「あなたがそう言うなら……」


 老夫婦の後に扉を開けようとした女性も少し気まずそうに話す。


「このままじゃ、埒が明かないしね。私もそれでいいと思う」


 他の人を見ても反対の意思は無さそうだった。神谷は協力出来そうな雰囲気に満足しつつも、本来はコミュ障の自分が今している事に少し驚き慌てて身を竦める。佐々木は思い出した様に声をあげる。


「そういえばアナウンスにあった『全員の罪を告白する』って言ってたよな。それってつまり、ここにいる人達は何かしらの罪を犯しててそれを暴こうとしている?」


 神谷は結束しかかった関係を崩すような発言に冷や汗をかくが、意外と皆その内容については受け入れているようだった。


「まぁ罪って言っても、横断歩道の信号を無視したとかそんくらいでいいんじゃない?」


「殺人とか犯してるわけじゃないし……」


「閉じ込めた人だって見てないよ」


 閉じ込めた犯人の言う『罪』とはどの程度のものを指すのかは分からないが、確かに自分がそれを告白するべき罪だと思えば意外といけるかもしれない。篠田の様な楽観的な考えになってきている自分に少し驚きつつも今の状況を打開するべくやる事を確認していく。

 佐々木がいつの間にかリーダーの様になってまとめていく。


「それじゃ、男性陣は爆弾の有無と出口の確認。女性陣は外部への連絡手段の模索って感じで。アナウンスの言う『罪の告白』はそれをやってからにしますか。幸い時間制限は無さそうですし」


 佐々木の軽いノリに篠田は少し嫌な感じがしたが、これ以上にやりようがないのも事実だった。隣の神谷を見ると、珍しくあまり芳しくない顔色をしていたので軽く声をかける。


「あずみ、大丈夫?」


「え、あ、うん。大丈夫……本当にこんな事になるとは思ってなかったから」


「まぁ大丈夫だよ。外に連絡出来れば大丈夫だし、何より映画館のスタッフが爆発音を聞いて不審に思わないはずがないよ」


 と言いつつも、映画館という建物は外に大音量が漏れないように防音対策がとても施されている。爆発音の程度にもよるがもしかしたら映画の音と思われても不思議ではない、と嫌な考えをすぐに捨てる。


「あ、そうだ。皆さんせめて名前だけでも覚えておきましょう。一応、少ない時間だけでも生死を共にしてる訳ですから。俺は佐々木と言います。フリーターやってます」


 佐々木の自己紹介を皮切りに、各々が自己紹介を始めていった。


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 SHOWHOシネマズ錦糸町

 9番スクリーン外


 映画館スタッフのアルバイトとして働く東雲和樹は、バイトとしては楽そうだからという理由で映画館スタッフのアルバイトに応募した。だが、意外にも肉体労働が多くて驚いた。

 映画館にもよるが大きな映画館になるとグッズ販売、チケット販売、フロア業務等に担当が分かれている。東雲はその内のフロア業務に配置されたのだが、上映スクリーンへの案内、チケットの確認、そして上映後のスクリーン内の掃除などとにかく歩き回るのだ。大学生の身としては中々に辛い仕事だった。


「東雲くん、もう慣れた?」


「まぁ何とか……意外と大変なんですね」


「そりゃね、まさか映画の半券とか切ってればいいとか思ってた?」


 先輩スタッフの女性に痛いところを突かれて口を閉じる。実際、客として来た時はあまり動き回っているイメージは無かったのでそのつもりで応募したが、今まさに痛い目を見ているところだった。


「そういえば9番スクリーンで脱出イベントやってるんですね。こういう貸し切りってあるんですね」


「最近は普通だよ。イベントもそうだし、大学の説明会とか企業のプレゼン大会とか。映画館ってどこかのホールを貸し切るよりは安く済むし、大きなスクリーンはあるし色々お得なんでしょ」


 東雲は映画館を映画を見るだけの場所として使わず、様々な用途に発展させているのは時代だなと思った。回転寿司に行って勉強するのと同じ感じだろうか。既に入場時間は過ぎていたので、9番スクリーンの映画のチケットを確認する。


「あれ、これだけですか?」


 あまりの少なさに東雲が驚いていると、先輩スタッフも東雲に同意する。


「うーん、少人数でのイベント?それにしたって映画館貸し切ってやる程の人数じゃないよね。運営会社が背伸びしたか?」


「背伸びって……でもイベント会社としてはもっと多くの人が参加すると予想してたんですかね?」


 東雲の疑問に先輩スタッフは少し考える素振りをするも、他のスクリーンの上映が終わりそうなのを確認して東雲の肩を叩く。


「ほら、私達フロア業務はやる事が山積みなんだから!上映スクリーンの掃除の準備始めるよ!」


 観客がスクリーン内に持ち込んだポップコーンの箱や飲み物のコップ等を出入口で回収する為に待機する。隣は噂の9番スクリーン。そのスクリーンで何が上映されているかポスターが出入口の隣に張り出されるのだが、特には張り出されていなかった。イベントをやっているはずだが、そのイベント名もなかった。

 少しすると、映画の上映時間が終わったので出入口の扉を開け、出てきた観客達を見送る。全員の退出が確認できたところでスクリーン内の清掃に移る。十分後には直ぐに次の観客が入ってくるので急いで掃除をしていると、突然壁を揺らすような振動が東雲を襲う。同時に隣のスクリーンから大きな音が鳴ったように感じた。


「え、今隣から凄い音しませんでした?それに壁も揺れたし……」


「確かに……映画館の音は大きいけどそんな壁を揺らすほどではないよね……っともう次の上映時間になっちゃうよ!」


 疑問を抱きながら急いで掃除をして何とか上映時間には間に合った。先輩スタッフがゴミを纏めている横で、東雲は隣の9番スクリーンの扉を見る。


「あの、先輩。9番スクリーンの扉、何か変なの付いてますよ」


「え?変なのって何?それよりも早く片付けて……」


 先輩スタッフも東雲の言葉を確認するように9番スクリーンの扉を一瞥する。そして見慣れたはずの扉に、無数のセンサーが張り巡らされているのを見て二人は固まった。

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