5. 空へ その向こう側へ



 管制室は、世紀の瞬間を前にした高揚感で満たされている。

 関係する全ての人たちが、最善を尽くし、あらゆる注意を払ってここまで来た。やるべきことは分かっている。後はそれを、やるべきタイミングで行うだけ。


 画面の向こうには、彼女を乗せた機体が静かに時を待っている。

 秒読みが始まる。


 始動。着火。そして発射。

 良好、順調……、それから成功へ。


 小さな管制室に、人々の歓声が響き渡った。


 私の本当の仕事は、ここからだ。ヘッドフォンにきつく耳を押し当て、目を閉じる。今この瞬間、彼女が見ている景色を、その感覚を、少しでも自分に重ねたいと願いながら。


 体が操縦席に押しつけられる、感触。

 喉の渇き。

 そして、ほんのわずかの目まい。


 空へ。あの頃に二人で見た空へ。

 空を越えたその向こう。夢にまで見た、漆黒の闇が広がる星たちの海へ。

 彼女の空の旅はこうして始まり、私はそれを地上から追いかけてゆく。



*



「……聞こえる? ねえ、私、空の向こう側に来たみたい。あなたが言ったとおりだわ。信じられない光景よ」


「ええっ、嘘っ……! こ、こちら管制室、受信状態は良好です。そちらの通信状態はどうですか」


「あなたの声、宇宙からだとこんな風に聞こえるのね。ええ、良好よ。聞こえてるわ……」



 見上げる空の、向こう側とこちら側。

 目まぐるしく変わる信号を追いかけ、指先を機器の上で踊らせながら、予定外の私信に跳ねる鼓動を抑えながら、私は誰よりも遠い場所にいる彼女の、次の言葉を待つ──。


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空へ その向こう側へ 黒川亜季 @_aki_kurokawa

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