すべて世はこともなし

 澄み渡った青空を積雲が流れていく。

 小鳥が囀り、秋虫が気ままに鳴く穏やかな昼下がり。


「おっさん、ここの雑草を抜けばいいんだな!」


 麦穂のように輝く金髪が揺れ、溌剌とした声が響き渡る。


「抜き終わったら──」

「分かった分かった」


 ベンチに腰かけるドミニクは、適当に手を振って応じた。

 その傍らには、幾重にも布を巻いたクレイモアが立て掛けられている。


「マルタくん、どうして私も農作業に従事しなければならないんだい!?」

「お前が失敗作を流したからだよ!」


 広大な畑で賑やかな問答を繰り広げるのは、私服姿の生徒2人。


「くっ……除草の薬でも調合しようかね」

「うだうだ言ってないで行くぞ!」


 若き勇者たちは休日にもかかわらず農作業に励んでいた。

 一方は研鑽のため、一方は懲罰のために。


「ご主人、本当によかったのだ?」


 土塗れのスコップを地に突き立て、ベンチの主を見遣るカリン。


「何のことだ?」

「ドラゴンのことなのだ」


 半眼で問いかける契約精霊に対し、ドミニクは小さく肩を竦める。


「退治したってことでいいじゃねぇか」


 ドラゴンは退治され、その死骸は破砕機に砕かれてブラックプディングが分解した。

 かくして学園下水道の平穏は守られた──


「退治してないのだ!」


 カリンは目を吊り上げ、ベンチの横を指差す。

 そこにはランチバスケットに頭を突っ込むワンピース姿の少女。

 機嫌よく振られるがスカートを捲り、健康的な太腿が晒される。


「これなら退治したも同然だろ……って、また食ってんのか」


 そんな少女の背中を抓み、ランチバスケットから引っ張り出すドミニク。


「むぐまぐ…んぐっ……あぅ?」


 少女は黄金の瞳を瞬かせ、視線を右往左往させる。

 口には果物が詰め込まれ、両手は果汁塗れだ。


「まだ食うなって言ったよな」

「むぅ…!」


 果物を取られまいと口を押さえ、嘴マスクを睨みつける少女。

 可愛らしい威嚇だが、その膂力と食欲は常人の域を超えている。


「言うことを聞かねぇと皮を剥いでコートにするぞ?」


 ドミニクは声を落とし、フリギノーサ悪食竜をクレイモアの前へ突き出す。


「あ、あぅ……」


 それだけで元ドラゴンは縮こまり、両目に涙を湛える。

 尻尾を断たれた恐怖は食欲にも勝る。


「カリンが」

「ご主人は僕を何だと思っているのだ!」


 カリンの拳を片手で止め、ドミニクは元ドラゴンに視線を戻す。


「さて、どう報告したものかね……」


 になった原因は、不法投棄された薬品だ。

 しかし、犯人の生徒ヘルミーネ曰く予想外の効能とのこと。

 これからどうなるか、見当もつかない。

 厄介事を嫌う学園長の表情が、いとも簡単に想像できた。

 一悶着は覚悟しなければならないだろう。


「まぁ、なんとかなるだろ」


 呟きは秋空に溶け、気怠げな溜息だけが残された。

 元勇者ドミニク・ノーランの仕事は、ドラゴン退治ではない。


 エインスワース勇者学園下水道を正常に保つ──管理者にして番人だ。

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学園下水道に聖剣を流すなかれ! バショウ科バショウ属 @swordfish_mk1038

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