ハロウィンの前夜

八州 左右基

 年にいちど、この日だけは自由にふるまえる。


 わたしは家を出て、町へと向かう。続々と異形の影があつまってくる。

「ハッピー・クリーピー・ハロウィン! すてきな仮装ですね」

「そうだろう。われながら、よい出来だ」牙をむきだした狼男がポーズをとった。

「きみこそ、よくできた仮装だね」ゾンビが腐った内臓をこぼしながら、褒める。

「すっごーい! まるでほんものみたいだよ!」小鬼ゴブリンたちが跳ねまわった。

「ありがとう」わたしはスカートをもちあげて、ていねいにお辞儀をする。

 異形たちはやんやと喝采した。

「カボチャのランタンをあげるよ」

 牛頭鬼ミノタウロスが顔のかたちにくり貫いたカボチャを指先で摘まんでいる。

 わたしはバスケットをうやうやしく差しだす。

 カボチャのランタンがそっといれられた。蒼白い光を放つランタンは鬼火のようだ。まわりにいた異形たちがわれもわれもとランタンを投じた。あっという間に、バスケットは蒼白い光で満たされる。

 ひとつ食べると、とてもあまかった。


 町へ着いた。異形たちはねじれた家の戸を叩く。

「いたずらか、それとも、いたずらか」

 合い言葉があちこちから聞こえてくる。

 仮装の出来に応じて、カボチャのランタンがわたされる。

 わたしのバスケットはランタンで山盛り。いまにもこぼれてしまいそう。

 

 町はずれの洋館はとても古びていて、おおきな棺桶のようだった。

 真鍮のノッカーを打ちつけると、寝起きの吸血鬼が扉を開けた。

「いたずらか、それとも、いたずらか」わたしは言う。

「驚いた。ほんものかと思ったよ」血まみれの口をゆがめて吸血鬼が笑う。「おもわず首筋にみついてしまいそうだ」

「ありがとう」

「血色のよい肌も、かがやくような髪も、きらきらとした瞳も……まるで生きているみたいだ」舌なめずりをする。

 ひやりとした恐怖がわたしを包んだが、笑顔はくずさない。

 いつものことだ。慣れている。こんなことで怯えていては、ここでは暮らしていけない。

 吸血鬼はマントをひるがえし、カボチャのランタンをとりだした。

「人間たちもだまされるにちがいない。あしたのハロウィンがたのしみだね」

 バスケットにあふれるランタンの山に載せた。

 カボチャのランタンは蒼白い炎を吐きだし、からからと笑う。

 キャーハハと哄笑をあげて、箒にまたがった魔女たちが夜空を飛んでいく。

 星がひとつもない、闇だけの空だ。

 

 きょうはハロウィンの前夜。

 ここ――死者の国では、ひと足早い仮装行列がおこなわれる。

 怪物や魔物たちが、こぞって人間の姿を真似る。

 あしたには死者の国の門が開く。現世へとつづく門だ。

 人間たちが異形の仮装をして、現世へやってきた魔物をだまそうとするように、魔物たちもまた人間の仮装をする。

 おもいっきりをするためだ。

 蛇女ゴルゴーンも、ひとつ眼巨人サイクロプスも、スライムも、みんな人間に化けている。すこしばかりへたくそな仮装でも、ハロウィンならば気にされない。路地裏の暗いところでは尚更だ。ちょっと返り血がついても、だいじょうぶ。

 

 わたしは死者の国に迷いこんでしまった、たったひとりの、ほんものの人間。

 もどるすべはない。死者の国の食べものを口にしてしまったから。

 いつもは魔物の仮装をして、息をひそめている。バレたら、きっと食べられる。

 でも、きょうだけは本来の姿で出歩くことができる。

 ハッピー・クリーピー・ハロウィン! 生者のみなさん、いたずらに気をつけて。

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ハロウィンの前夜 八州 左右基 @u2neko

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