第3話
宇海と湖波ちゃん、僕の三人で、駅前にある和菓子屋のイートインスペースに入った。四人がけのテーブルに、僕と宇海が向かい合って座る。座布団の敷かれた木製の椅子がギシギシと鳴った。湖波ちゃんはしばらくためらうような素振りを見せ、宇海の隣に座った。
「僕たちはもう決まってるから」
そう言って、ラミネートされた手書きのメニュー表を湖波ちゃんにわたす。彼女は僕の目をしっかりと見返しながら、
「ありがとうございます」
と微笑んだ。その笑顔には隠しきれない緊張が滲んでいる。警戒されているのかもしれない。僕がへにゃりと笑い返すと、彼女は気まずそうに視線をそらせた。少し傷付くが、顔には出さない。
お水を持ってきてくれた店員さんに、宇海が白玉ソフトあんみつとみたらし団子を頼んだ。
「湖波は何にする?」
「……おいりソフトクリーム」
お菓子が運ばれてくるまでの間、宇海は来年行く予定の留学についてぺらぺらと楽しそうに話し続けた。僕は時々口を挟みつつ、相槌を打つ。そんな僕らを、湖波ちゃんは信じられないものを見るような目で交互に見ていた。何にそんなに驚いているのか、僕には分からなかった。
店を出た後、宇海はバイトがあるからと僕たちを残して駅の方に去って行った。気まずそうにもじもじしている湖波ちゃんに、僕は何にも気にしていないですよと態度で示しながら声をかける。もちろん演技だ。
「一緒に磯に行く? 夏休みの自由研究があるんだよね」
「自由研究と言うか、論文と言うか……大学の推薦入試で課される論文の練習なんです」
「そうなんだ」
僕は海に向かって歩き出した。駅前通りは、真っ直ぐに水平線へと続いている。数メートル進んでから振り返り、湖波ちゃんが立ち尽くしていることに気付く。
「おいでよ」
手招きすると、彼女は小走りで追いついてきた。僕の一歩後ろを黙り込んだままついてくる。ぎくしゃくした空気をなんとか和らげたくて、僕は彼女に話しかけた。
「きょうだい、よく似てるね」
「顔は似てるってよく言われます。性格は正反対ですが」
「へえ。宇海は騒がしいけど、湖波ちゃんは真面目そうだね」
「いや……、」
彼女が口ごもる。しばらく押し黙った後、何か言いたそうに口を開いたとき、僕たちの目の前に真っ青な海が広がった。宝石のように輝くマリンブルー。湖波ちゃんが目を見張る。彼女の黒髪が、強い海風に巻き上げられる。
僕たちは磯に下りた。転ばないように小股で岩場を歩き、しゃがみ込んで潮だまりをのぞき込む。
「あ、カニだ」
「保味さん。姉とあなたは、どういう関係なんですか?」
カニを掴もうと伸ばした手が止まる。顔を上げると、湖波ちゃんの真剣な瞳が真っ直ぐに僕を射貫いた。
「姉は、あんなふうに楽しそうに他人と会話する人ではありませんでした。きっと、あなたが特別なんだと思います」
しばらく、声が出なかった。
「……ただの友だちだよ」
スニーカーのそばを通り過ぎてゆくカニを、掴むこともなくただ見送った。
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