第5話

 ぱっきりとした白い光に満ちた実験室の片隅に、棺桶のような白い箱がある。その中に横たわる全裸の少女は頭蓋骨が切除されており、剥き出しになった灰色の脳には銀色の電極が隙間なく差し込まれている。

 宇海が電極に繋がるコンピューターのキーボードを叩くと、少女の手足がガクガクと痙攣した。それは二、三分のことで、やがて画面に数字の羅列が表示される。

「やっぱり、魂は脳全体にまんべんなく広がってるんかもしれん」

 手作業で数字の羅列を3Dイメージに変換しながら、宇海が呟く。

「現代の医学界では、魂は電気エネルギーであるって説が支配的やけど、うちは違うと思う。未知の物質が、ここにあるはずなんや」

「宇海……」

 声をかけた僕を、宇海がぎらついた目でにらむ。気圧されそうになり、抗おうとして口調がきつくなる。

「宇海、一緒にここの研究所を辞めよう。こんなこと続けてたら、僕たち心が壊れてしまう。人間じゃなくなってしまう!」

「何言ってるんや。もし研究から抜けたら、脳を弄られてここに関する記憶を全部消されるんやで? 合併症で自分にとって大事な記憶が一緒に消えたり、脳機能障害が残る可能性もある」

「それでも! 湖波ちゃんの目を、僕は真っ直ぐに見れないんだ。宇海にこんなこと、させ続けたくない。君をこの世界に引き込んだのは、僕だ。当時はまだ何も知らなかったとは言え、罪であることは間違いない。呪ってもいい。憎んでもいい。命だって、人生だってあげる。だから、お願いだ。これ以上、人間性を捨てないで……」

 宇海の表情が真っ白に漂白され、そして人間らしい複雑な感情が浮かび上がる。

「保味、大丈夫か? 最近、心配してたんや。何も入ってない試験管をじっと見ながらぶつぶつ言ってて……今もめっちゃ顔色悪いで」

「え……?」

 ぐら、と天井が回った。


 柔らかい誰かの手が、僕の手を包んでいる。優しくて温かい気持ちが、触れ合った皮膚を通して僕の心に流れ込んで来る。心地よさにまどろみ、そして深い海の底から水面に浮き上がるように目を開けた。

「保味さん、大丈夫ですか?」

 白いカーテンに囲まれたベッドに、僕は横たわっていた。枕元に座っている湖波ちゃんが、心配そうに顔をのぞき込んで来る。

「手のひらの傷口から細菌が入ってしまったみたいです。今は抗生剤の点滴中」

「そっか、ここ病院なんだ」

 頭がだんだんとはっきりしてきて、倒れる前にした会話を思い出す。

「宇海は……?」

 湖波ちゃんが口をきゅっと引き締めた。心なしか青ざめた顔で、低い声で呟く。

「いなくなりました。同僚の人たちもみんな。今、研究所は空っぽです。私も見ましたが、ボールペン一本も残っていませんでした」

 ぐすぐすと泣き始めた湖波ちゃんの背中に手を伸ばし、そっとさすった。

 僕は置いて行かれたのだ。それならばなぜ、研究に関する記憶が残っているのだろう。

 はっとする。

 試験管の中にいた「あれ」は、何らかの原因で切り離された僕の魂の一部だったのではないか。宇海たちが僕の記憶を消した後に、あれが僕の本体と再び融合したのだとしたら。

「保味さん、私、これからどうすれば良いですか? お姉ちゃんがもし、良くないことをしてたんだとしたら、私、」

「大丈夫。大丈夫だよ」

 僕はこの子を、一生をかけて守ろう。この罪は償いきれないと分かっていて、それでもただ、湖波ちゃんの背中をさすっていた。

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試験管の中のあなた 紫陽花 雨希 @6pp1e

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