第8話 2度あることはサンド
とある街の夜更けでは、少し陽気な祭りが行われようとしていた──
その街の名は、カルゴーシュ。各国で除け者にされた人間、種族が集まって作られた小さな地下街で、まだ運営でさえもその存在を知らない。
この世界のNPCは、一人一人に高性能なAIが搭載されており、昔の地球人のように朝昼晩と日々を謳歌している。とあるNPCは農夫として畑を耕しては作物をプレイヤーに売って、また別のNPCは宿屋で主人をしている。
そうして、NPCもこの世界の人間の一員となってプレイヤーと共に世界を築いているわけだが、噂によると運営は最初に土地だけを作り、適当な数のNPCをバラバラに配置して、1000年間の時間を経過させてから発売したという。
そうやって生まれた文化や技術、それを紐解いていくのもこのゲームの楽しみだろう。
そして、そんな人工の自然行為により創られた影の街「カルゴーシュ」では、今、初めての祭りが開催されようとしていた。
冷えたレンガでできた地面が、洞窟のような青い光で照らされている。都市の真ん中にある大型ジェネレーターの周りには、多くの人だかりができていた。
「これより、聖霊祭を開催いたしますッッ!!」
高台に登った紳士姿の男の号令によって、街は拍手と歓声に包まれた───
一方、ラビは燕尾に連れられて砂漠特有の猛暑の中歩かされていた。
「暑くて死んじゃうよ〜〜」
砂漠の国ラパンの大通りには、様々な施設が並んでいる。武器屋や道具屋は勿論、砂漠に棲む魔物を使った料理を提供するレストランもある。その中でも、酒場は他の街よりも人気があり、初心者から中級者になるまでお世話になる場所である。
ラビ達は、朝ご飯も兼ねて酒場へと向かっていた。先頭を歩くのは《黄昏》だ。
「旅の資金が無さすぎるから、クエストでもこなしてお金稼ぎしようか」
所持品やスキルポイントはリセットされたが、所持金はリセットされたあとに、全員5000Gだけ配られていた。果たしてそれが優しさなのか、弄んでいるだけなのかは分からなかったが、皆有り難く装備を買わせてもらっていた。
しかし、5000Gではとてもじゃないが十分な買い物はできない。そういえばとステータスを確認した燕尾も、少し唖然とした。
「ありゃ、気づかなかったが所持金が200Gしかないや」
200Gで買えるものと言えば、精々MPポーションくらいだろう。
宿屋沿いの小道から大通りに出ると、クローリクから来た人でごった返していた。先頭を歩く《黄昏》は、道端で足を止めた。
「この調子だと、酒場も席埋まってそうだな…」
砂漠の酒場は、討伐クエストの達成条件が比較的楽なので、多くのプレイヤーが集まる。そのため、深夜に受注するのが賢明なのだが、きっと大半は疲れて床に就いてしまったのだろう。
「僕が空いてるお店見てこようか?」
「本当か!助かるよ!」
「僕に任せて!じゃあ、待っててね!【
脚に緑色の光を纏わせ、地面を蹴って強く走り出す。蹴られた地面には、少し小さな地割れができていた。
小さな身体を上手く使い、小路にまでも溢れ出した人波をくぐり抜けていく。人と人の間をするりと躱し、時には壁を使って街全体を駆け回る。青い空から差す陽の光と、頬を撫でる風が少し気持ち良かった。
───料理屋の列を十数軒見て回った頃、一人の人間とぶつかりそうになり、咄嗟に避ける姿勢を取ったため転んでしまった。地面につきかけた瞬間、小さな目に映ったのは見覚えのある女性の顔だった。
(お姉ちゃん……?)
少し驚いた顔をしていることを認識した直後、地面に強くぶつかり目をつぶってしまった。
「いっ……!!」
砂の地面を擦りながら、ある店の壁にぶつかった。そこは、一番最初に目指していた酒場の裏だった。気が付かぬうちに元いた場所の近くに帰ってきていたのだ。
(一体、さっきのは……?)
交差する感情をよそに、周りの人々はラビのいる方に視線を向けていた。
─いや、正確には”ラビがぶつかった壁”を見ていた。
壁一面に無数に綺麗に空いた巨大な穴、中に置いてある机や椅子までも綺麗に削り取られている。それに、床には靴や帽子が落ちており、カウンターからは血が流れていた。
一見、中で喧嘩が起きたように見えるが、机の上には上品に置かれたティーカップがあったため、とても騒動が起きたようには見えなかった。
それでは、一体何が起きたのだろうか。
心臓がいつもより早く脈打つ。ラビは、恐る恐る靴の中を覗いてみると、何やら赤黒いものが詰まっていた。
人間の足だ。
切断面と思われる場所からは赤い血が流れており、今にも酒場の床は紅色に染められようとしていた。きっと、カウンターにも似たようなものがあるのだろう。
「ひっ…!!」
瞬間、ラビの顔は恐怖でひきつった。生まれてから、人間が目の前で死ぬのは見たことがなかったからだ。そんな中、大衆の一人が叫んだ。
「貴方達ぃぃ!!!逃げなさぁぁい!!!」
聞き馴染みのある声だ。懐かしい。声の持ち主を探そうとしたが、逃げ惑う群衆に揉みくちゃにされ、見失ってしまった。
(やっぱり、お姉ちゃんは生きてたのかもしれない…!)
一先ず、群衆の流れに従って、燕尾達との合流を試みた。身体は少し痛むが、何とか走れはした。
人々は混乱し、5万人ほどのプレイヤーが津波のように門へと押し寄せた。一体、最初にいた人数から何人減ったのだろうか。そんな事を考えていると、遠くから声がした。右側、小さな道に燕尾と《黄昏》がいる。しかし、人の流れが早く横に逸れられそうではなかった。
そのとき、何か思いついたのか、ラビは高く飛び跳ねた。
すると、2階建ての家の壁を蹴って、燕尾たちのもとへと向かった。
ただ、位置調整に失敗してしまい、燕尾の腹部に頭からぶつかった。尻もちをついてしまった燕尾だが、ラビの体にある擦り傷を見て、
「その傷、何があったんだ?やられたのか?!」
痛みを我慢して心配してくれて嬉しかったラビだったが、転んだと言うのは少し恥ずかしかった。
「い、いや…何でもないよ!」
「そうか、確か擦り傷なら2,3分程で治るはずだから、人通りが少なくなるまで待」
「何やってんだよお前ら!!そんなただのNPC一人庇ってないでとっとと逃げないと死ぬぞ!!?」
逃げて来た一人の男が、緊迫した表情でそう叫ぶと、細道へと避難していった。
どうやら、さっきまでいた場所では、大変なことが起きているらしい。何か、胸の奥がモヤモヤとしたが、そんな事を言っている暇は無かった。
一方で、燕尾と《黄昏》は"死"という言葉を聞き、状況の深刻さを瞬時に理解した。基本的に、脅威となる魔物がこの街に襲ってくるようなことは起こらないからだ。
燕尾はまたもラビを抱きかかえ、なるべく人の少ない通りを抜けて、門へと辿り着いた。
しかし、予想通り門には出ていこうとする人々によってバリケードが作られていた。大通りには、未だに走って逃げてくる人が見える。とてもじゃないが、すぐにこの国から出ることは不可能だろう。転移魔法は、この段階で習得することは不可能だ。
燕尾は目を凝らしてみたが、酒場のある方向には特に化け物のような姿は見えなかった。
トゥルー・プレイヤー 豺狼技師 @sairougisi
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