裏祠

千織

前編

みなさまはA県にアマノ川という川があるのをご存知だろうか?

その川の周辺にはたくさんの不思議な話があって、その一つに”天川の祠”という話がある。


本来、アマノ川の近くには祠は一つしかない。

”天川の祠”という地域の文芸を盛んにした天川女史を祀っている祠だ。

だが不思議なことに、その祠を目指して行ったはずがなぜか違う祠に行き着いてしまうのだ。

狐か狸にばかされているのかもしれない。


その日も一人の女、雨川が祠の前にやってきた。


「読者選考なんて! ”普段から読まれてないのにコンテストに参加したって無駄”だなんてわかってるわよ! 異世界とラブコメばっかり! いい作品は眠ってるわよ!」


雨川はブツブツ言いながら祈った。


「天川女史……どうか私にテンプレや流行りを打ち砕くほどの傑作ができるようにお力を貸してください……」


『あい、わかった……』


そんな声が聞こえた気がした。


雨川は新作が出来上がると、サイト上の友人、血檻氏とネ右氏とずろ氏に宣伝をした。

血檻は4話で力尽きた。

ネ右は1話目の感想を長文で送ってきた。

ずろも1話目で感想をよこしたが、タイトルが下手だと言う。


 雨川は激怒した。必ず、三人に最終話(第40話)まで読ませると決意した。雨川には読者の気持ちがわからぬ。雨川は、どんな作品でも辛抱強く読めるチートスキルがある。長くても、日本語がむちゃくちゃでも、話の筋がわからなくても、読んで感想を送るという雨川賞を背負って生きて来た。だから友達なら自分の作品を読み切ってくれるだろうという期待は人一倍に強く、離脱には敏感であった。


 翌日の晩、雨川は毎年の稲刈りを終え、サイトにアクセスし、各人のアカウントに向かった。雨川にはぶっちぎったPVも、アップすれば一瞬で☆三桁になるような人脈も無い。公募経験も無い。ついつい願望で書いてしまった叡智な作品で、自分がムラムラしてしまう。


 雨川はネ右に続きは読んだかと尋ねた。今公募のために改稿中でヨムヨムしてないの、と返事があった。雨川は、ネ右の様子を怪しく思った。ネ右から放たれる文字の雰囲気が、やけに寂しい。のんきな雨川も、だんだん不安になって来た。どうしたのか、ほかのコメントにはたくさん書き込んでいるから読む時間が無いようには思えないのだが、とサイト内ストーキングの成果をアピールしながら質問した。ネ右は、しばし答えなかったが、こんどはもっと、語勢を強くして質問した。ネ右は、あたりをはばかるように言葉を選んで、わずか答えた。


「本当は2話目で離脱したの……」


 聞いて、雨川は激怒した。「呆あきれたネ右だ! あの傑作の良さがわからないとは! 生かして置けぬ!」


 雨川は、単純であった。その勢いで、だが垢BANされないように恨み言をXのDMで送ろうとした。たちまち雨川は、血檻に止められた。


「ネ右さんを責めるのは筋違いだ。筋から言えば4話まで読んだ私はもはや感謝されるべき」血檻は静かに、けれども威厳をもってコメントで諭した。


「あと36話あるのだ。いい気になるな」と雨川は悪びれずに答えた。

「あの4話までの内容が9ターンあるのか?」血檻は、憫笑した。

「おまえには、私のセンスがわからぬ!」雨川は、いきり立って反駁した。

「最後まで読まずに感想を述べるなど、最も恥ずべき悪徳だ。ネ右は、私の信頼を損なった。ちゃんと読んだならどんな感想をもってもいいというのが正当の心構えなのだと、私に教えてくれたのは、ネ右だ。血檻やずろの山羊座Aの言葉などあてにならない。☆の数は、もともと忖度のかたまりさ。信じては、ならぬ!」


 雨川は嘆いて言ったが、ほっと溜息ためいきをついた。「私だって、忌憚なく意見を言い合える仲間を望んでいるのだが」


「なんの為の仲間だ。自分のプライドを守る為か」こんどは血檻が嘲笑した。「自分を押しつけて、何が忌憚なくだ」

「だまれ、読む体力が底辺の流し見野郎」雨川は、さっとコメントを挙げて報いた。「口では、どんな清らかな事でも言える。私には、人の腹綿の奥底が見え透いてならぬ。おまえだって、いまに、周りが公募やコンテストで中間選考通りましたと報告が上がれば☆がPVがと言い始めるさ。泣いて悔いたって遅いぞ」

「ああ、雨川は悧巧だ。底辺作家代表でいるがよい。私は、ちゃんと文学に死ぬる覚悟で居るのに。命乞いなど決してしない。ただ、――」と言いかけて、血檻はコメントを切り瞬時ためらい、「ただ、私と友情が幾分でもあるのなら、今だけ時間をください。身も心も数字に追い立てられているあなたに伝えたいことがあるのです。私は必ず、あなたに本当の書く喜びを伝えられるでしょう」


「ばかな」と雨川は、三文字打った。「とんでもない嘘を言うわい。自分勝手に書いている子犬が文学の何がわかるのか」

「そうです。わかるのです」血檻は必死で言い張った。「そんなに私を信じられないならば、よろしい、あなたがカク悦びヨム感動に至らず、☆が伸びなかったら、私を絞め殺して下さい。たのむ、そうして下さい」


 それを聞いて雨川は、残虐な気持で、そっとほくそえんだ。生意気なことを言うわい。どうせこの長きに渡り磨かれてきた読まれない底辺作家の劣等感を打ち砕くことはできないにきまっている。この嘘つきに騙だまされた振りして、話を聞くのも面白い。そうしてその鼻っ柱を折ってやるのも気味がいい。人は、これだから信じられぬ、書きたいものを書くと読まれない、文学は死んだと、私は悲しい顔して、こいつを磔刑に処してやるのだ。世の中の、作家気取りの奴輩にうんと見せつけてやりたいものさ。


「願いを、聞いた。私をその気にさせられなかったら、きっと殺すぞ。ちょっと手を抜くがいい。まだ文学には可能性があると言い訳できるように」

「何をおっしゃる」

「はは。作家ごっこを続けたかったら、手を抜け。おまえの心は、わかっているぞ。」

 血檻は口惜しく、地団駄を踏んだ。ものも言いたくなくなった。

 書き手の交流の関係を超えて、二人は作品上でも絡む友であった。佳き友と佳き友は、互いをキャラ化して、寸劇をやれる程の仲であった。雨川は、怒りの顔文字を乱暴にコメントにあげた。血檻は、すぐに語りかけ始めた。秋も深まり、風が寒々しくなった頃である。



 雨川は最近、自分の作品に満足することができていない。最初はビギナーズラックもあり、楽しく書き、読んでくれる人も増えていったが、字数と熱意をかけて書いたものほど読まれなかった。初めて、外部のコンテストに出したがダメだった。もっと力を高めなくてはとも思うが、今まで名作や文豪作品に触れていない。読書体験豊富なネ右氏やずろ氏に気後れする。作品数の多い血檻と比べても焦りを感じていた。


 そんなことが思い出されると、血檻がうるさくプロットが大事だと語り出す。

「憑依型のあたしには何も問題は無い」雨川は無理に気にしないように努めた。だが、つい「プロットの作り方は知りたい」と漏らした。

 血檻は頬をあからめた。

「私もまだ合格していないから教えられない。だが、自分の殻を破るには新しい挑戦は必要だ。雨川は書いているものは良い。描写の力もある。全体を俯瞰して見るといいのではないだろうか」


 雨川は、また、カサブランカのことを思い出した。字数内に書きたいことが収まらなかった。もし今後公募も考えるなら、字数との戦いは必至! 焦りと悔しさが入り混じる。カサブランカを見直したその日雨川は乳ネタにものらず、家で神々の祭壇を飾り、念入りに祈祷して間もなく床に倒れ伏し、止まらぬ涙を拭っているうちに呼吸もせぬくらいの深い眠りに落ちてしまった。


 眼が覚めたのは夜だった。そこから雨川は寝付けず、サイト内の小説を読むことにした。しかし内容が頭に入ってこない。今度はコメントを返すことにした。しかし一向にいいコメントが思い浮かばない。ふいに、脳内に遊歩道の映像が浮かんだ。そして何故かそのまま気を失った。


 翌日の休日は、真昼まで寝ていた。気がつくと血檻の近況ノートに”遊歩道”とだけ打っていて、三人から心配されていた。黒雲が空を覆い、ぽつりぽつり雨が降り出し、やがて滝のような大雨となった。家族は、何か不吉なものを感じて万が一に備えて点検を始め、稲刈りの予定を変更した。家族は雨川の元気のなさはコロナの後遺症ではないかと心配し、声をかけることもあったが、本当は筆の振るわなさと貧乳が悩みで家族はそれを知らない。スランプと貧乳が関係ない家の中ではしばしでも安らぎ、サイト内での鬱々から逃れられるところではあった。しばらくは、作活のことを忘れることができた。


 外の豪雨はいよいよ酷くなり、避難勧告が出るほどだったが、現実が大変になれば執筆をしなくてよいという言い訳が自分にできる。雨川は、明日も明後日も一生豪雨であればよいと思った。この佳い家族たちとこの家の中で暮せるだけでよいと願ったが、いまは、雨川賞で有名になったこともあり、自分存在は、自分だけのものでは無い。ままならぬ事である。雨川は、わが身に鞭打ち、底辺作家の意地を見せなくてはならない。


 新作執筆までには、まだ十分の時が在る。ちょっと一眠りして、それから構想を練ろう、と考えた。少しでも永くこの妄想段階に愚図愚図とどまっていたかった。そんな折、三人から感想コメントが急に来たのだ。40話もあるのに早いなとワクワクして読んだらあの結果だ。



「私は今、なんの結果も出していないし、名作を読んできてもいないが、大切な作活が第一優先の生活をしている。何がなくても、もう私には作活があるのだから、決して寂しい事は無い。私の一ばんきらいなものは、数字は関係なく本当に優れている作品と、それから、ピュアNLだ。おまえも、それは、知っているね。自分と作品の間に、どんな偽りも作ってはならぬ。おまえに言いたいのは、それだけだ。私は、たぶんおまえの才能を知っているから、おまえは安心して数字など気にしなくていい」


 NLアレルギー血檻は、自分の嫉妬心を隠すことなくうなずきながら書いた。血檻は、それから雨川のためにまたコメントを追記して、

「すべてのものはあの世へ持ってはいけない。私の宝といっては、この作品たちと作品を書くにあたり出会ったあなたたちとの切磋琢磨の日々だけだ。他には、何も無い。全部あげてしまおう。もう一つ、これまで熱い思いで孤軍奮闘し、たくさんの書き手たちに勇気と自信を与えてきた自分を誇りに思ってくれ」と書いた。

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裏祠 千織 @katokaikou

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