第2話 胸がほわっとする

 次の日の夕方、歩道橋の向こうから歩いて来る人がいる。近づいてくると、ヨボヨボのおじいさんと分かった。

 見たことがあるおじいさんだった。

 僕の横を通って行く。


「あれ、お前さんこんなところで何をしてる」


 急に声を掛けられてビックリした。


「おじいさん、僕を知ってるのですか」


「わしはお前さんの部屋の隣に住んでるからな」


 僕の部屋の隣。

 山森さん。

 突然思い出した。


「山森さん、僕をうちに連れて行ってくれないですか」


 おじいさんは怪訝な顔をして言った。

「それは無理だ、わしはもう死んでおる。しばらく前に胸が痛くなって死んだみたいだ。孤独死というやつだな」

「死んだ後に女の人が出てきてな、ここのバス停に行くように言われたのよ」


「おじいさん、死んだのですか」


「そうだ、だからお前さんと話しができるのだろう」


「どういうことです」


「お前さんは既に死んでおるぞ」


 その時、脳裏に浮かんできた。

 女の子を助けようとして、通り魔に胸を刺されたことを。


 そうだった、僕は刺されたんだった。

 そのまま死んだのか。

 だから、こんなわけの分からない状態にいたのか。理由が分かって少しほっとした。

 そういえば、おばさん達が話していた。あの女の子も死んだんだ。


「山森さんは、何故バス停に来たのですか」


「それはあの列車に乗るためだ

 おじいさんは、バス停の向こうの国道を指差した。

 振り向くとその姿が目に飛び込んできた。バス停の向こうに何両も連結された列車が、堂々とその黒々とした姿を顕していた。


 何でこんな所に列車が。


「あの世に行くにはこの列車にのるように言われたのだ」

 山森さんが言った。


「あの列車、毎日ここにやって来ていると言っていた。どうやらお前さんを、毎日迎いに来ていたみたいだな」


「毎日。そういえば毎日列車の警笛が聞こえていた」


 僕は山森さんの後をついていって、列車の入り口に登るためのタラップの前にやって来た。

 入り口を見上げると、オレンジ色の薄明るい光の中に、こそこそと動くものが見える。

 姿を現したのは、制服を着た女の子だ。

 目が合った。彼女は驚いた様に目を見開いた。

 そのまま取っ手に掴まり三段の階段を降りると、僕の横を俯いて通り過ぎた。

 彼女には見覚えがあった。あの殺された女の子に似てる。

 まさかと思ってタラップに足を掛けると背中から声がした。


「あの」


 登り掛けで振り向く。彼女が両手を体の前で握りしめ、こっちを見ている。


「あの、助けてくれてありがとうございました」


 やっぱりあの時の子だ。


「あの、私、気がついたら列車の中にいて、ずっと乗っていたんですけど、車掌みたいな人に此処で降りろと言われて」

「ずっと意識が無くて生死の境をさ迷っていたんですけど、戻れと言われて。何か生きられるみたいです」

「あの、何と言ったらいいのか、あなたのお陰です。本当にありがとうございました」

 そう言うと彼女は深々と頭を下げた。

 僕は胸がきゅんとして、可愛いと思ってしまった。


「うん、よかったよ。じゃあ」

 僕はタラップをあがって、入り口に入ると彼女に手を振った。

 山森さんに続いて車両の中に入る。窓の外では彼女がまだ列車を見上げている。

 山森さんと向かいあわせに座席につくと、列車が警笛をあげて動き出した。

 何処へ行くのか考えると不安だったけど、心の中はほわっと暖かかった。

 

 

 

 

 

 

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女子はバス停で列車から降りる 九文里 @kokonotumori

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