祠ブーム、その後

あの熱狂をまだ覚えていますか？

１．A（仮名）さん

「なんか、すごい壊してたらしいんですよ」

２０２４年１１月初、A（仮名）さんは、当方の取材にそう答えた。

彼自身は見たことのない、とある動画についてである。

彼のX（旧Twitter）のおすすめ欄に、視聴者の感想だけ幾つも流れてきたそうだ。

―すごい。それは壊し方が？

　いや、俺は見たことないんで。

―じゃあ何がすごい？

　すごい、いっぱい、壊してたんですって。

―いっぱい。数を、ってこと？

　そう、色んな種類の。

―種類？

　なんか、紙で書いただけのとか、割り箸組んだのとか、石積んだのとか。

―それが全部……。

　祠（ほこら）。

　壊した本人達の主張では、少なくとも。

　あのブームの最中に、末期とは言え、よくそんなことしますよね。

　散々「不謹慎だ」って言われてましたよ

◆

当方では祠ブーム、と呼んでいる。

２０２４年１０月初旬から中旬にかけてX（旧Twitter）等SNSであった、祠を壊すネタの流行のことだ。

祠を壊す、とはどういう意味か。

祠とは神を祀る小さなお堂のことであり、それを壊すことは当然罰当たりである。そこで怪談やホラー小説において、「祠を壊すことで神や悪霊、化け物等により報いを受ける」的なパターンがあり、その部分を抜き出してネタにするという流れが近年インターネット上にあった。実際にその通りの描写があるホラー作品はそれほど多くはないのだが、祠や神域などを侵し、親族等地域の老人から「あの〇〇を壊したんか！？」と叱責されるお約束は以前からそこそこ知られていたように思われる。

それが爆発的に流行したのが今回の祠ブーム、というわけだ。

震源となったポスト（旧ツイート）は、「見知らぬ老爺から『あの祠を壊したのか！？』と言われるより、こういう人にこう言われたい」と自分の理想像を書いたものである。その願望の趣旨が極めて魅力的で話題を呼び、数々のイラストが描かれた。かつその理想像を他のキャラクターに置換する等大喜利的な消費もし易く、一気に拡散される。やがては「祠を壊した時に出てくる人」から「祠を壊す」こと自体を話題にする人も増え、大量のポスト（旧ツイート）が祠で大盛り上がり。ネットメディアのKAI-YOUが記事で取り上げたり、『祠ネタ』としてpixiv百科事典にまとめ上げられるほどとなった。

しかし、１０月のちょうど半ばに「段ボールで作った祠を壊す」動画が出て「不遜だ」「祟られる」など物議を醸した頃から段々と下火になっていく。下旬にもなれば祠関連でバズるツイートはほとんどなくなり、祠に関する一連のお約束自体はこれまでより知名度の高いネタとして定着して終わり。

だが、冒頭でご紹介した通り１０月末頃、X（旧Twitter）の一部の界隈で話題になったとある「祠を壊す」動画があった。

今回はその件に関する１０人に取材を行い、あのブームの最後の方に起きていたことをここに発表する。

◆

Aさんへのインタビューは、DM（ダイレクト・メッセージ）上で行われた。

彼は自分の素性について話したがらなかったが、普段のポスト（旧ツイート）から大卒後２、３年の男性会社員と思われる。

当方がこの件を発見したのは、彼がその動画を探すポスト（旧ツイート）をしていて、それが当方のTLにまで流れてきたからだ。

―その動画は、なぜ見れなかった？

　探したけど削除されてたんです。

　この手の動画は転載されてたくさん増えるものですけど、それも無くて。

―というか、まず広まってなかったのでは？

　そうでしょうね、バズという程では。

　感想をポストしたアカウント達を調べた感じですが。

　界隈というか、クラスタというか、とにかく数十人ぐらいの小さな緩い知り合い同士の中で、その動画は共有されていたようです。ごく普通の、ホラーやオカルトを好んだり、創作したりする人達でした。

―動画はどうして消されたと思う？

　そりゃあ段ボールの祠を壊す動画があんなに叩かれたんだし、小さな界隈のつまらん内輪ノリでも外に広まったら大変だからじゃないですか？

―ではどうして、そのつまらない内輪ノリ動画を探している？　自分の手で再掲してインプ稼ぎ（当方注：現在Xにはポストが他人に見られた分だけ報酬が得られる制度がある）でもしたいのか？

　なんか失礼だな。

　ただホラー好きとして興味があるだけです。

　しのびかに黒髪の子の泣く音きこゆるさんの方こそインプ狙いでは？

―当方はそんな卑俗なこと考えていない。興味とは？

　こないだのブーム。

　あの段ボールの祠を壊す動画が炎上してから、一気に盛り下がっちゃったでしょう？

　あの動画が拡散されれば、またブームが来ないかなって。

―ああそう。じゃあこれで。

　はいそれじゃ。

　これでブロ解しますけど、悪しからず。

２．藤森愛奈さん

藤森（ふじもり）愛奈（まな）さんは都内の大学に通う女子大学生である。

他の取材対象者と違って彼女は行方不明中であり、インタビューは行えなかった。

彼女のX（旧Twitter）アカウントに投稿日現在固定されているポストは、１０月３０日付けの彼女の親族名義での、彼女の行方を問う内容である。それによると、１０月の中旬頃から連絡が取れなくなっているとのこと。

当方はDMにて親族と連絡を取った。彼女のインターネット上の友人を装い、彼女の名前や身分、出身（石川県）、外見の特徴（短く尖った髪型）等を聞き出すことに成功したが、本件については得る物無し。

尚、他の取材対象者はアカウント・実名問わず仮名を希望したのでその様にしたが、藤森愛奈さんについては実名での表記としている。本人が行方不明の為、彼女の守護霊を喚び出して承諾を得た。（親族に対しても彼女の守護霊から得た２７の助言を提供したが、ブロックされてしまい、アカウントも消滅してしまった。）

彼女は例の動画の作成者達の一人だ。

◆

マナっちゃ（大学用）@manacha_wa

今日は××（当方注：後述のB（仮名）さんのアカウント）の付き合い。なんかサークル？の撮影？するって、説明が曖昧

またしても何も知らないマナっちゃ

午後20:35 · 2024年10月19日

◆

マナっちゃ（大学用）@manacha_wa

大学から近いって聞いてたけど、そこそこ歩いた

【添付画像：都市部の夜景。周囲は公園のように木々と草が生い茂っている】

午後21:24 · 2024年10月19日

◆

彼女自体は先述の動画が広まった界隈の人間ではない。次に紹介する、界隈のBさんの友人であった。界隈の人間は誰も彼も例の動画について口を割らない。だから仕方なく、界隈の所属メンバーの周辺の人間まで調べ上げ、藤森愛奈さんのアカウントを発見したのだ。

そして、彼女の名前を出すことにより、Bさんへのインタビューに至る。

３．B（仮名）さん

Bさんは、藤森愛奈さんと同じ学校に通う女子大学生である。

Bさんへのインタビューは、DM上で行われた。

―動画を見せろ

　持ってない

―嘘を吐くな。お前の守護霊に聞いてもいいんだぞ？

　は

　脅迫してきた上にスピ系かよ

　最悪

　私もマナも動画に出ただけだから

　スマホで撮影してたのは別の人

―投稿したのもその人物か？

　さあ

　他にも相互（当方注：相互フォロワーの略称。ここでは前述の界隈とほぼ同義）の何人かで集まってたから

―何人来たんだ？

　集まったのは７人

　相互の人が私入れて６

　後は私が呼んだマナ

―動画の撮影日は投稿（当方注：前掲の藤森愛奈さんのポスト（旧ツイート））通りか？

　そうだけど

―動画の内容を教えろ。

　詳細って

　ただ夜の公園みたいなところで祠を壊しただけ

　全部で５つだったかな

　１人１つずつ壊して、

　１人がナレーターか、進行役みたいな

　で、カメラが1人ね

―なんでそんな動画撮ろうとした？

　いや流行ってたからでしょ

　祠壊すネタが流行ってて、でも実際に段ボールの祠壊したら燃えて

　何か「祟られろ」的な空気になったじゃん

　いやそんなわけねーし、段ボールだぞ？

　でも相互の人まで何人か本気で怒ってて

　ばかみたい

　それで「そんなわけないじゃん」って相互の内の特に仲良い人達と盛り上がって

　そのうち「じゃあ、逆にどんな祠なら怒られが発生しないか実験してみない？」って誰かが言い出して、盛り上がって、それで動画とることになった、

　それだけ

　関東住みのメンバーが集まりやすいように、新宿駅からほど近い場所を撮影場所に選んで、新宿って都心だけど意外と藪っぽいところも少しはあって、小学校の前だったかな

　そういう藪の中にそれぞれ用意した祠を埋めて、壊した

―お前はどんな祠を壊した？

　何も壊してないけど

―ふざけるな

　ふざけてない

　最初は「無の祠」から始めたの

　パントマイムで

　そこに祠があるていで、パンチとかキックとか、最後「壊れました」って言って終わり

―それで、その後お前の身に何か起きたのか？

　は

　お前も祟りとか信じてんのかよ

　さすがスピ系だな

　おめでたい

―当方はおめでたくない

　知らねーよ

　あー本当最悪

　祠壊しおじさんとか盛り上がってた頃は楽しかったのにな

　早くまたあんなのがバズらないかな

　マナも早く見つからないかなあ

　ここでブロックされ、インタビューは終了となった。この後もBさんから芋蔓式に界隈の人間への聞き取りをしていく。

４．C（仮名）さん

C（仮名）さんは、小説・イラスト等の創作を行う首都圏在住の主婦である。

Cさんへのインタビューは、DM上で行われた。

―お前が２番目に祠を壊したんだな？

　はい

―お前の壊した祠は？

　紙です

　Ａ３のコピー用紙にその辺のフリー素材イラストの祠を印刷しました

　それをあの小学校傍のヤブに引っかけて

　壊しました

―それで以後何かあったか？

　あるわけありませんよ

　ただの紙破っただけなんだから

―嘘を吐いてるな？

　吐いてませんよ

　今こうして普通にチャットしているでしょ

―嘘を吐くな。死者が出ているんだぞ？

　死者？

―藤森愛奈さんは死んだ。祠を壊した罰だろう。

　動画を撮って解散した後のことは何も知りませんが…彼女は行方不明でしょう

　ブームに乗って遊んでただけでそんな言いがかり、迷惑です

―違う。死体は隠されて、まだ見つかっていない。

　なぜそんなことを知っているんですか？

―彼女の守護霊に聞いた。

　はー

　イカレが

　めんどくさ

　電波だかスピ系だか知らんけど、私らの界隈にちょっかい出してきやがって

　寂しいのか何なのか知らないけど、どうせまたその内似たようなブームが来るから、それまで我慢してろよ

ここでブロックされ、インタビューは終了となった。

５．D（仮名）さん

D（仮名）さんは、詳細不明だが首都圏在住の１０代男性である。

Dさんへのインタビューは、DM上で行われた。

―お前が３番目に祠を壊したんだな？

　うん

―お前の壊した祠は？

　割り箸すね

　普段、弁当ばっか食べてんですけど

　割り箸だけ捨てないで取って置いてたんで

　それを繋いで、組み合わせました

―お前の性根に相応しい汚らしい祠だ。

　あざす笑

―祠を壊した後、何が起きた？

　？

　何も起きてないけど

―起きたはずだ、嘘を吐くな。

　いや起きないでしょ笑

　紙とか割り箸なんだから笑

　何も起きないすよ笑

―起きたはずだ、人が死んでるんだぞ！？

　死んでないすよ誰も

―現れたはずだ神が！！

　え、神？

　いやーだから偽の祠なんすよ？笑

―そんなこと関係ない。お前も嘘を吐くのか、本当のことを言え！！

　こわー

　だからあの小学校前の野原で偽の祠を壊す動画を撮っただけだから

―あそこは野原じゃなくて都立公園の一部だ！　奥に小山があって、そこに彼女の遺体を埋めたんだろうが！　天罰があったことを隠す為にだ、違うか！？

　そんなこと知らねーよ

　それにあのねーちゃんは行方不明になっただけだって

―お前の守護霊がそう言ってる！　当方はお前の汚らしいカドミウムイエローのオーラを当方の水盤越しに見ているんだぞ！

　うわー

　ただ盛り上がってやっただけなのに、こんなヤバい奴に目を付けられるなんて…だるっ

　あーあ、本当キモい

　ブームだけで満足してろよ

　どうせまたそのうち来るからさ

　ブロックしますね^^

ここでブロックされ、インタビューは終了となった。

６．E（仮名）さん

E（仮名）さんは、推定だが中高年男性。旧仮名遣いを使用。

Eさんへのインタビューは、DM上で行われた。

―お前が４番目に祠を壊したんだな？

　さうだが。

―お前の壊した祠は？

　コンクリヰトブロツクを積んだものだが。

―壊した後に神が現れたはずだ。どうなった？

　神なんて出てくるわけない。

　あのやうに適當に作つたものに神が籠るわけなからう？

―嘘を吐くな、当方の質問に答えろ！　神は現れたはずだ、それでなければ死者が出るはずない。

　貴様、さつきから何だその態度は。

　知りたいことがあるなら、其方も此方の質問に答えるべきであらう。

　作り物の祠を壞して何故祟りがあるのか、答えや如何？

―流行神だ。

　はやりがみ？

―そうだ！いきなり現れて爆発的に信仰を集め、すぐに衰退する神！７世紀の常世神、幕末のええじゃないか、歴史上に幾らでも例はある！！今回の祠ブームにより「祠を壊されて祟る神」が愚かな民衆に発見され、バズを、信仰を集めた！！！その信仰の内にいるお前らが祠を称するものを壊せば、神罰があるに決まっている！！！！

　つまり、此前のブウムは流行神の現象の壹つだと？

　獨創的な見解だ。

　併し、理屈が成り立つてないやう思ふが。

　壹つ、「祠を壞した時に現れるキヤラクタア」を嚆矢とした此ブウムで、我ら愚劣なる民草が神を發見する時機があつたやうに思われぬ。此前のブウムのメインは飽くまで「超自然的な存在を祀る祠を壞す」ことがメインであつて、神の存在は重要ではあるまい。そも、ブウムと信仰とは別物である。

　貳つ、「祠を壞されて祟る神」が實在するとして、壹向に我が身に何もない。

　此貳つ、如何？

―守護霊が言っているのだから当方に間違いがあるはずないだろう！！！！！

　では、その守護靈に聞かう。

　此貳つ、如何？

―うるさい、嘘吐きが、現代人の癖に難しい字を使うな！！！！！

　語るに落ちるな。

　其方こそ先程からどんな表情で「！」マアクを多用しておるのだ。

　ハンドルネヱムも異樣に長いし、いい大人が恥づかしくないのか。

―うるさい、証拠ならある、公園の奥の小山に埋められていた彼女の遺体が、それこそが天罰のあった証拠で、神の実在の証拠だ！！！！！！！

　そんなところに遺體があつたら疾くに見つかつてゐるはずでは？

　そも、神が實在したとして、何なのだ。

　貴樣は我らに何を云はせたいのだ？

―神とつながりを得て、その御力を当方の守護霊であるマーリンに宿す為に決まっている、さあお前も質問に答えろ！！！！！！！！

　まういい話にならない。

　夲當にブウムで神が來るなら、時期に來る次のブウムまで待つてるが良いわ。

ここでブロックされ、インタビューは終了となった。

７．F（仮名）さん

F（仮名）さんの詳細は不明。アイコンは小柄な少女、短い髪を二つ結び、構図が単純で生成AIかは判別できない。猛虎弁に似たエセ関西弁を使う。

Fさんへのインタビューは、DM上で行われた。

―お前が５番目に祠を壊したんだな？

　せやで

―お前の壊した祠は？

　何やったかな

　立派なのやったよ、屋根とかあって

―ちゃんと話せ。お前が作ったんだろうが。

　え、

　作ってへんけど？

―は？

　持ってきたんや

　近所の廃れた神社の祠を、

　引っこ抜いて

―……は？

　まあボロボロやったけど、

　台車に載せて、

　新宿まで電車で行って、

　ほんで、藪に置いて、

　踵落とし一発で壊れたわ

　バリバリドカーンて😂😂😂

―お前、頭は大丈夫か？

　当時も今も無事やよお！

　やっぱり神様なんていなかったんやね

―神はいる！　死者が出ているからだ！

　えー

　死者？

　誰か死んでるん？

◆

Fさんは最初こそ完全に狂った人物に思われたが、当方がここまでの調査記録を全て公開し、神について話すと真剣に相槌を打ちながら聞いていた。

そして、７分程の沈黙の後、Fさんは返事をする。

◆

　はあ

　まあよく分かったわ

―わかったか。なら知っていることを話せ。嘘は吐くなよ。

　いや、嘘を吐いとるのは君の方やね

―なんだと、当方の守護霊が嘘を吐くはずないだろう！！！！！

　まあ、守護霊は嘘吐かんかもしれんけど、

　しのびかに黒髪の子の泣く音きこゆる君、

　君は嘘吐いとるんや

―どこがだ！！！？？？

　まずやね、

　あのBさんの友達、行方不明の

　フジモリさんやっけ？

　あの子の名前や身元を、親戚やっけ？

　聞き出したって言うてたけど、嘘や

　君みたいな話し方の人を信用する人間はおらんよ

―ただの言い掛かりだ！！！　それに親族から聞き出したのでなければ、なぜ当方が藤森愛奈さんの情報を持っている！！！！

　それは、君が、本人から聞いたからや

―は

　いや、学生証かスマホでも見たんかな？

―どういう意味だ

　君、ウチらの動画の撮影場所知っとるやろ

　誰もちゃんと説明せんのに正確に言えた

　近隣住民か勤め先かは、わからんけど、

　新宿に縁のある人

　そんであの日、

　撮影後の帰り道、

　フジモリさんを捕まえて、

　殺したんや

―は、そんなわけないだろ

　君は希代の変人

　その上、言動も最悪や

　君を相手する人はおらん

　そんで夜の街ふらついている時、

　暗がりを行く女が一人

　邪心のまま手を出して、

　気付いたら死体が一つ

　君は変人で最悪やが悪人やない

　自己正当化の理屈を必死に考える。

　で、死人の身元や行動を探るうち、

　祠ブームに行き当たった結果、

　頭がスパークしてこの通りや

　君は自分のしたことを、

　神様のせいにしようとしてるだけや

―バカなことを言うな、仮に当方が殺したとして、神のせいにしたとしても何の意味もないだろう、警察に捕まるだけだ

　そうやね

　でも君はそれでええんや

　守護霊がどうとか神がどうとか

　君の脳内世界で理屈が通ればええだけ

―違う、当方は神とつながろうとしているのだ、殺人なんて知らない

　せやったら、

　何で行方不明のフジモリさんを

　頑なに「死んだ」て言うんや

　何の情報も出てないはずなのに

　死体が公園の奥にあるとか

　具体的なことまで

―それは彼女の守護霊に聞いたから

　嘘や

　君が殺したからやし、

　死体も君がそこに隠したから・・・

　や、ちゃうわ

　せやったらもう見つかっとるな

　な、動かしたんやろ？

　な、今どこにあるんや、あの子

　君の隣？

―違う変なことばかりいいやがって

　すごいなあ

　ただのSNSのネタから死人が出るんや

　皆がこれ聞いたら、またブーム来るで‼

―黙れお前の言うことは全部デマだ、くそっどいつこいつも嘘ばかり言いやがって

　なら最初から全部守護霊にでも聞けや！

　人殺しのキショい妄想に巻き込まれて

　ウチらみんないい迷惑や

―うるさい当方は人殺しではない神とつながりたいだけで

　神とつながる前に、

　まず人とつながれるようになれや

　霊能者のふりして偉ぶっとる癖に

　本当は人に縋らんと安心もでけん弱虫が！

ここでブロックした。

８．しのびかに黒髪の子の泣く音きこゆる

―成程。ここまでの取材は大変でしたね。辛かったですか？

　辛い。

　皆がなぜ当方にあんなに冷たいのか、全くわからない。

　悪魔の仕業だろうか。

―悪魔。悪魔は何故他人に貴方を冷たくさせるのでしょうか？

　当方の守護霊のオーラが強いから地底に取り込もうとしているのでは？

　貴方の見解も聞かせて欲しい。

―えーと。ボクはちょっとそういうの詳しくないので。

　そうなのか、意外だ。

―はい。では、ここまでの話を整理しましょう。貴方、しのびかに黒髪の子の泣く音きこゆるさんは……撮影者達へのインタビューを試みていた。そのきっかけは？

　無論、件の『祠を壊す』動画に興味を持った為。

―はい。で、その目的は。

　祠ブームにより現れた流行神とつながり、その御力を得る為。

―はい。で、そのインタビューの結果得られた情報は？

　場所は新宿の公園。集まった人間は７名。それぞれ１人ずつ５つの祠を壊して、1人が進行役で、カメラ役が１人。

　だが、奴ら、あれほどの罰当たりをしておいて、何もなかったと抜かす。自ら「祠を壊して祟る神」を喚ぶ儀式をしたようなものだぞ？　証拠に……藤森愛奈さんは死んでいる………当方に嘘を吐いているのだ……。

―はい。貴方は撮影者達の１人が死んでいることを根拠に彼らに詰め寄る。しかし結局、貴方は撮影者達から本当のことを聞き出せなかった。それで、どうしたんですか？

　外に目を向けた。

　ネットから、現実に。

９．篠原権臓（仮名）さん

篠原権臓（仮名）さんは、男性年金生活者である。動画の公園に隣接する団地に住んでおり、夕方から夜遅くまで撮影場所付近で時間を潰す習慣がある。

彼へのインタビューは現地へ赴き、体面で行った。彼も最初こそ本当のことを喋らなかったが、当方の霊力を込めた牛刀を見せると感服し、饒舌になる。

―では、その時（当方注：動画撮影日当時）は。

　……明治通りの食堂で夕食を食べた後、公園のベンチに座ってタブレットで本を読んでいた。

―そうしていると、やって来た、奴らが。

　ああ、ガヤガヤと。

　遠巻きだったが、この辺の者でないことはすぐわかった。最初飲み会でもするのかと思ったら、何か念入りに話し込んだ後、動き出した。

　撮影、何人かがそれぞれ何か抱えていて、１人ずつそれを壊すところを撮影し始めたんだよ。

　初めに司会役の白い髪の女が何か喋って、壊す。その様を周りの人間がワイワイ囃し立てる。その繰り返しだ。　

―何回繰り返した？

　５回だったかな、多分。

　何か、崩れかけの犬小屋？みたいなのが最後。

　その後、全員で女の子を１人、殴り殺したんだ。

―は、殺した？

　そうそう。

　何か元から段取りが決まってたみたいで、最初の話し合いの時に殺すことを告げたら、その子は逃げようとしてさ、周りの奴らにガムテでグルグル巻きにされてたよ。だから、殺す時は改めて木に縛り付けて、全員でボコボコ。最後はみんなで奥の山に穴掘って埋めたんだ。

　埋めた土を若い衆で踏み固めてる時、あそこが一番盛り上がってたなあ。

―ま、待て……。お前、本当に彼女が殺されるところを見たというのか？

　そうだよ。

―嘘だ。証拠がある。あの時、あの場に集まったのは７名。祠を壊したのが５人、進行役が１人、カメラ役が１人。撮影中藤森愛奈さんを拘束していたなら、誰がカメラを持っていた！？

　ああ、俺。

―……は？

　最初の話し合いの途中で白髪の綺麗な女の子が俺んところ来てさ、頼まれちゃったんだよ。「段取り通りにカメラ向けるだけでいいから」ってさ。

―お前……人が死ぬところを見ておいて、警察に通報しようとは思わなかったのか？

　そんなことしたら、ノリが悪いだろう！

　あんなに盛り上がってたんだから、邪魔しちゃいけない。

　それに、インターネットだと、祠を壊すのが流行ってたんだろ？　でも段ボールの祠を壊して盛り下がってしまった。だから次は本当に祟られて死んだ人間が出ればまた盛り上がる。ブームっていうのは、そういう風にできているんだって、あの白髪の女の人が言ってたよ。

　それなのに、彼女の死体は無くなってしまって。

　どこにあるのだろうか……。

　早く見つからないかなあ。

１０．G（仮名）さん

G（仮名）さんは当方の女神である。本人は「ただの人間です」と言っているが、突如として当方の脳内に神言を送り、待ち合わせの日時と新宿区内のルノアールの住所を送って来たのだ。（彼女は「貴方が勝手に来ただけですよ」と言う。）

当日その喫茶店を訪れると、果たして入口近くのテーブルからGさんがいる。Gさんは若年女性だ。絹糸のように白く長い髪、見たこともないような美貌、顕現する神性。

ついに「来るものが来た」と思った。

当方は当初、彼女と対決するつもりで挑んでいた。

緊張を隠しつつゆったりと席に着き、アイスコーヒーを注文。少々の雑談の後、Gさんは徐に当方への聞き取りを始める。８番の当方のインタビューがそれだ。

彼女は当方の話をすっかり聞き終えると、薄い笑顔を浮かべたまま黙る。

試されている、そう思った。

そこで当方もGさんへの問答を試みる。

―あの動画は結局、何だったんだ？

　先に貴方の考えを聞かせてください。

―あれは貴方達イカれた「祠を壊すと祟る神」カルトが、祠ブームで生まれた流行神への信仰を、ブームを、再び集めさせる為の材料だった。祠を壊して人が死ぬ過激な動画で、神威を知らしめる。そうだろう？

　うーん、２０点かな。

　人の話はちゃんと聞いた方がいい。

―どこが違う？

　ブームを取り戻すなら、それこそ最初のようにまた祠で面白いことをポストすればいいだけですよ。

　貴方は聞いたはずです。「どんな祠なら怒られるか実験してみない？」っていう動機を。あの動画の主目的は実験。

―そんな実験して何になる？

　もちろん神様の為です。

　確かめていたのは「何が人々に祠として認識されるのか」、つまりボクらの「祠を壊すと祟る神」が影響できる範囲を試していたんですよ。

　結果は最高。一番最初の「無の祠」ですら不謹慎ってコメントが来ました。何もなくても祠なんです。この世の何を侵しても祟りがあることが証明できました。

―そうだとして、なぜ藤森愛奈さんを殺した？

　それが２つ目の実験。

　ボクらの神様は祠を壊したら祟る。

　祠は何でもいいとわかった。

　祠はもう壊れている。

　じゃあ祟りは何ならいいのか？

　今度は逆に死から初めて、段階的に軽くしていきます。

　この後も動画の参加メンバーやその知り合いを使って、身体各部位の欠損、重傷・軽傷・精神の不調まで……ボクらの神様ができる祟りの範囲を実験する予定でした。

　それなのに実験は止まってしまった。

　まず彼女の死体が世間に発見されてその死亡動画が投稿されないと始まらないでしょう？

―狂っているな、カルトが。ブームの為、流行りの神への信仰の為に盛り上がって人殺しまでするなど。こちらの質問は変わらない。そんなことして何になる？

この質問に、彼女は肩を揺らして愉快げに笑う。白髪が釣られて舞い、光沢でキラキラ輝いて見えた。

　あーそこそこ。

　貴方は神様について根本的に勘違いしていますね。

―何を？

　貴方はボクらが神様を信仰して、熱狂しているから、こんなことしたと思っているんでしょう？

　こんな実験して何になるかなんて、みんな少しも考えてなかったんですよ。界隈のみんなで盛り上がって、「楽しいことやりたいね」って気付いたらやっていたんです。

　神様のことなんて考えてないです。

　殺したのもその場のノリ。

―では、神はどこにいる。貴方達は神を信仰しているのではないのか？　貴方達の狂おしい程の信仰の中に神はいないのか？

　だからそこが違うんです。

　信仰なんかされなくても神様はいます。

　神様ってのは信仰の中にいるんじゃなくて、熱狂（ブーム）の中にいるんです。神様はボクらの頭の中にいるんじゃなくて、手を繋ぎ踊り狂う人々の輪の中にいるんです。

　流行神なんかいなくて、流行こそが神なんですよ。

　あの祠ブームで産声を上げた神様が、熱狂するボクらを操って自分にできることを実験し始めた。「祠を壊して祟る神」として、思うさま天罰を愚かな人々に与える為に。ボクら人間には思いもよらないような目的の為に。

　「ブームはもう終わったのに」、そう思いますか？　でも、ボクはまだあの熱狂を忘れられない、他の誰かもまだを忘れられない、神を否定しえない。

　まだ、ずっと、いる。

　そして、神様は今もこうして「ヤバい奴が勝手に対面に座ってきたから、適当に話を合わせとくか」と思うボクを使い、貴方好みの妄言をたくさん繰り出させている。

　そういうこと。

――……。

　貴方はどうです。

　あの熱狂をまだ覚えていますか？

◆

気付くと、当方はGさんの手を握りしめていた。

霊や悪魔の声を日常的に聞く当方からすれば、一時の盛り上がりで面白おかしく群れる奴らは愚かな存在でしかなかった、これまでずっと。だが、本当は心のどこかで当方は夢中になって盛り上がる人々に憧れていたのだ。「自分もその中に入りたい」と、「自分も『お前あの祠壊したのか』とポスト（旧ツイート）して『いいね』がもらいたい」と。その気持ちの理由が、今はわかる。

本当は神や霊は人々の熱狂の中にこそあったからだ。

きっとあの熱狂に少しでも触れれば、面白いと思い、あの盛り上がりを分かち合いたいと思いさえすれば、神の手の届く範囲に入ってしまうのだろう。だからこそ、当方は“答え”に至ることができた。

切り替えは早い方である。

当方はすぐさまGさんや他のメンバーに謝罪し、彼女らに仲間入りした。それから散歩中たまたま発見した藤森愛奈さんの遺体を自宅に保護してあること（これも今思えば神の御業だ）も伝える。その遺体の使い道やその後の段取りについても打ち合わせ済み。

報告は以上だ。

今は次のブームを楽しみに待つのみである。