第5話 明かされた真実

 葉子が佑香を連れて家を出ていった一週間後、石井は久美子を喫茶店に呼び出した。


「どうしたの? 急に呼び出したりして」


「ああ、実は──」


 石井は葉子が書いた手紙の内容を事細かく伝えたうえで、頭を下げた。


「ごめん。俺やっぱり、妻と別れることはできない」


 そんな彼の姿に、久美子は平静を装いながら、「別に謝らなくてもいいよ。私、なんとなくそんな気がしてたから」と、返した。


「けど、この前、期待させるようなこと言ったのに、こんなことになって……」


「だから、もういいって言ってるでしょ。そもそも、不倫カップルが幸せになろうと思ったこと自体、おこがましかったのよ」


「……そうかもしれないな。で、久美子はこれからどうするんだ。佐川とやり直すのか?」


「そうね。今まで賢三が浮気していたことを、ずっと本人のせいにしてたけど、私にも落ち度があったのかもしれない。そのことも含めて、もう一度彼と向き合ってみるわ」


「そうか。佐川との関係が修復することを心から祈ってるよ」


「ありがとう。こんなこと言えた義理じゃないけど、これから奥さんのことを大切にしてあげてね」


「ああ、分かった」


「じゃあ、私もう帰るね」


 そう言うと、久美子は足早に店を出ていった。

 石井は話している途中から彼女の目が潤んでいたことに気付いていたが、それには触れず、ずっっと気付いていない振りをすることで、自らの精神を保とうとしていた。


 その後、石井は葉子の実家に出向き、彼女の両親に叱咤されながらも、なんとか許しをもらえ、そのまま葉子と佑香を家に連れて帰った。


「ああっ! めちゃくちゃ散らかってる! ほんと、お父さんって、一人じゃ何もできないんだから」


 帰宅早々、苦言を呈する佑香に、石井は苦笑いしながら「お前の言う通りだよ。だからもう、俺を一人にするなよな」と、返した。


「何それ? ていうか、その原因を作ったのは、お父さんじゃない」


「…………」


 痛いところを突かれ、ぐうの音も出ない石井に、葉子が透かさずフォローに入る。


「佑香、お父さんをあまりいじめないで」


「またそうやって、すぐにかばう。お母さんがそんな態度だから、お父さんが付け上がるのよ」 


 佑香はそう言い放つと、さっさと自分の部屋に入っていった。


「あの子、本当は家に戻ってこれて嬉しいのよ。だから、あまり気にしないで」


「分かってる。けど、面と向かってあんなこと言われたら、さすがに堪えるな」


「佑香も難しい年頃だから、仕方ないのよ。これからは改心して、あの子に尊敬されるような父親になってね」


「ああ。佑香もそうだけど、お前には本当に悪いことをした。俺はもう二度と浮気はしないよ」


 石井はそう言いながら葉子を抱き寄せ、熱いキスを交わした。




 五年後の八月某日、石井宛てに同窓会の案内状が送られてきた。


(行きたいのは山々だけど、もし久美子が来てたら気まずいし……なんせ、あれから一度も会ってないからな)


 夕食中、難しい顔でそんなことを考えている石井に、今年大学生になった佑香がニヤニヤしながら話しかけた。


「お父さん。同窓会に行ってもいいけど、焼けぼっくいに火を付けるのだけは勘弁してね」


 佑香は五年前の同窓会がきっかけで、石井と葉子が離婚寸前までいったことをちゃんと憶えていた。


「そ、そんなことあるわけないだろ。そんなに心配なら、俺は行かないよ」


 明らかに動揺している石井に、佑香は透かさず追い打ちをかける。


「やましいことがないのなら、行けばいいじゃない。それとも、また良くないことを考えてるの?」


「考えてるわけないだろ。俺はあれ以来すっかり改心して、お前とお母さん以外の女性とは極力口を利かないようにしてるんだから」


「それなら、堂々と行けばいいじゃない。ねえ、お母さん?」


「そうね。お父さんに限って、もうあんなことはしないだろうし」


「お母さんもこう言ってることだし、久しぶりに級友に会ってきなよ」


「分かったよ。行けばいいんだろ」


 佑香に促され、石井は同窓会に出席する決意を固めた。




 同窓会当日、石井は会場の居酒屋に出向き、ドキドキしながら扉を開いた。

 すると、そこには級友たちに紛れて佐川と久美子が揃って座っていた。


「おおっ! 佐川じゃないか! 随分久しぶりだな」


「高校を卒業して以来だから、35年振りだな」


 二人はがっちりと握手を交わし、久しぶりの再会を喜んだ。


 

 やがて一次会が終わると、ほとんどの者が二次会のカラオケに向かう中、石井は佐川と久美子に誘われるまま、タクシーに乗って二人の家を訪れた。


「もう息子と娘は独立して、今は二人で住んでるんだ」


 リビングに置かれている、ふかふかのソファーに座りながら、佐川は言った。


「それは寂しいな。二人だと、間が持たないんじゃないか?」


「そうでもないわ。私たち最近チェスを始めて、暇さえあれば二人で指してるのよ」


「へえー。それはまた随分仲のいいことで。俺も見習いたいな」


「前回の同窓会に出席した時、高校時代、賢三が私に嘘をついていたことが発覚したでしょ? それを問い詰めたら意外な事実が分かって、それから私たち急速に仲良くなったの」


「意外な事実?」


 怪訝な顔を向ける石井に向かって、佐川がおもむろに話し始めた。


「俺、実は久美子のことがずっと好きだったんだ。けど久美子は友達だったから、なかなか言い出せなくてさ。そんな時、彼女からお前のことを相談されたんだ」


 佐川に真相を聞かされた石井は、一瞬驚いたような表情を浮かべたが、「なるほどな。それで俺たちが付き合うのが耐えられなかったから、俺には他に好きな人がいるって嘘ついたのか?」と、冷静に対応した。


「ああ。お前が久美子に手紙を書いた時、俺が代わりに渡してやるって申し出たのも、嘘をついたことを久美子にバレるのが怖かったのと同時に、お前との友達関係が壊れるのが嫌だったんだ。けど、結局久美子と付き合うことになって、お前とは疎遠になってしまったんだけどな」


「……そういうことか。で、俺の手紙はどうしたんだ?」


「読まずに、破って捨てたよ」


「ひでえ! せめて読んでから捨てろよ」


 石井が冗談っぽく言うと、佐川と久美子は声を上げて笑った。


「私、賢三からその話を聞かされた時、最初は腹が立ったんだけど、石井君に焼きもちやいて、そんなことしたんだと思うと、なんか可愛く感じてきてさ。それ以来、私たち昔付き合っていた頃のように、お互いを名前で呼び合ってるの」


「それはごちそうさま」


 その後、三人の高校談義は深夜まで続いた。



「じゃあ、俺そろそろ帰るわ」


「ああ」

「また遊びに来てね」


 二人に見送られながら、石井は手配していたタクシーに乗り込んだ。

 

(それにしても、あの佐川が俺に嫉妬していたとはな。もし俺が高校時代に久美子と付き合っていたら、彼女が結婚したのは佐川じゃなくて俺だったかもな。そしたら当然、五年前のことも……今は二人とも幸せそうだし、あのことは墓場まで持っていかないとな)


 石井は、樹幹から小枝の先まで全体的にデコレーションされた窓の外の街路樹を眺めながら、そんなことを考えていた。


  了





 


 




 

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同窓会 丸子稔 @kyuukomu

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