過去と夜明け 3
「着いちゃった………」
私は開いた扉の前で立ち尽くした。かつての同級生たちが教室という甘美な箱の中で垢抜けない姿のまま、あの頃の再現を私に見せている。これは何かの冗談だろうか。
明けない夜はないと誰かが言った。そんなの当たり前だと私は返す。覚めない夢はないと誰かが言った。ではこれは現実なのだろうか。
凛と一緒に通学路を歩くなんて何年ぶりだろう。はしゃいでいた私は夢から覚めたくない気持ち半分のまま、いつかは覚めてしまう儚さを思い嘆いていた。だけど夢はまだ終わらない。それどころか意識が覚醒してくるにつれ、これが現実なのだと突きつけられているような気さえした。
「教室、間違っとらんよ?」
凛が後ろから私の背中を押し、同時に入場。幾人かの刺さるような視線が私に向けられた。
並べられた机の配置を横目に私は小声で凛に尋ねる。
「………ごめん、私の席ってどこだっけ?」
今度の質問には流石の彼女も狼狽えた。
「えっ? そ、そこじゃけど。もしかして忘れとったん?………まぁ、土日挟んどるけえしょうがないね………」
ごめん、転校してすぐの席とか、もはや覚えてるはずがない。
私は心の中で凛に謝りつつも、心がざわつくのを感じていた。視界の端に映る、私のクラスメイトたち。
優しく笑う凛が、私の胸を切なくする。ドクン、と心臓が脈打つのが分かった。
嫌な思い出が鮮明になっていく。今日は私と凛が仲良くなったきっかけの日。親友との最初の思い出。聞こえはいいがそれが必ずしも楽しいことばかりでないことを、どうか知って欲しい。
東京という都会からやってきた私が、地方で暮らすということがどういうことか、この日知ることになる。
「北條さんじゃん、ウケる」
席につこうと肩掛けを下ろした直後に正面から声をかけられた。来た。私は、覚えている。
「向井さんと一緒に来たん?都会よりも通学路複雑?」
「あんまり自慢ばっかしちゃだめだよ?」
ケタケタと笑う三人組の女生徒。スカート丈を上げシャツを出して着崩す。明るめのリップは校則に違反してなかっただろうか。青春の御旗を握るのは、いつだって彼女たちのような存在だ。
何も言わない私をにやけ顔で嘲笑う。クラスの雰囲気が不穏に包まれ、談笑のボリュームが一気に下がった。窓ガラスから差し込む日光が、斜めに明暗を作り出す。机や椅子の細い足がうっすらと影を伸ばし、私の足元と繋がる。
隣にいた凛が息を呑むのが分かった。正義感が働き、そうだ、彼女はここで―――。
「………横田さん、そういう言い方は………」
小さな彼女の小さな言葉。私はその言葉にどれだけ救われただろう。だけどその想い、横田たちには目障りに映った。
「――――なに? 向井さんと北條さん、仲良くなったんじゃ。あ、そう
言葉は短かったが、痛烈な響きが教室に広がった。横田の放った言葉は内と外との線を明確にした。大きな態度でふんぞり返る彼女たちは標的を私に、それから私の肩を持った凛に向け始める。
………そうだ、この日だった。私と凛がクラスから浮いてしまい、彼女たちのような顔の広い生徒にウザがられ、私たちの高校生活から多くの青春が失われたのは。
東京からきた私は単に聞かれた質問に答えていただけなのに、それを嫌味だと思った彼女たちはあることないこと吹聴して回った。顔色伺いの私はそれらを否定することもできず、標準語で話すことさえ私はからかわれる始末だった。今思えば、酷い扱いだった。
授業が終わる頃、私はこれが夢ではなく現実のものだと悟った。十年前の過去に起きた出来事を私は繰り返している。
教科担当の先生。記憶に上書きされる授業内容。黒板消しの匂い。母親のお弁当。
凛との出会いで終わらなかったノスタルジックな再会が、ごまんと私に降り注いだ。これは、一生願っても叶わない類まれなる奇跡だった。
だけど、別にそれらをもう一度体験したいなんて気持ち、ちっともなかった。
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