過去と夜明け

えすてい

過去と夜明け

 

 こうなってしまったのはいつからだっけ。


 私は事ある毎にそんな風に考えてしまっていた。今の暮らしに満足してないわけではなかったけど、忙しさが消えた途端、寂しい気持ちが胸の底からせり上ってくる感覚がずっとしていた。

 社会に出て数年が経ち、ようやく自分自身の気持ちに手が届くようになった。あの時ああすれば良かったとか、あの時あんなことをしなければとか、無意味に過去を振り返ってはありもしない未来を想像してみせる。

 合理性に欠けるなんてことは分かってた。だけど他人の人生と見比べて何か大事なものを取り逃しているのではないか、そんな不安に駆られてしまう。

 薄汚れた自分の部屋で肺の中に空気を吸い入れた。私はタバコの煙を噴き出すみたいに、無我夢中で体内の吹き溜まりを出そうと空気を吐いた。

 なにやってんだろ、私。

 立ち上がってスラックスについた糸くずを取り、姿見で全身を確認する。巻いた髪の毛が肩の上で揺れるのを見ていつもの調子を取り戻す。うん、大丈夫。

 ストーブの電源を切り、厚手のコートを羽織る。去年買ったローヒールの靴は、底が擦れてきてさらに歩きやすくなった。

 開けたドアから冷たい風が飛び込んで頬を掠める。思わず身を竦めて襟元に顔を埋めた。聖夜を控えたこの季節は、外をいく労働者には殊更厳しい気がした。

 リモートワークが盛んになった昨今、過去のものとなりつつある疫病に言いしれない感慨を持つのは、私だけじゃないだろう。

 身を粉にして働く、なんて言葉が嘲笑される時代でさえ、こんな寒さと戦いながら出勤しなくてはならない事実に、憤りを覚えた。

 いや、私は怒りの対象をすげ替えているだけで、本当はうだうだ過去の後悔ばかりしている自分自身にやるせなさを感じているだけだ。

 私は何かを変えたかった。過去に戻ってやり直せるなら、こんな毎日を繰り返すような真似は二度としない。

 路面電車に乗り込んでスマホを読み取らせる。機械が点滅し、甲高い電子音が鳴った。つり革に掴まって車内広告をじっと見つめる。心の中で祈った。今日は平穏な一日でありますように。

 私がなんとなく視線を下げると、マフラーを巻いた紺色の制服姿が目にとまった。ふとした事のように、私は昔の記憶を脳裏に思い描いた。後悔に努める日々は、今に始まったことじゃない。私は昔から何も変わっていなかった。灰色の濃霧が、胸の中に燻る。



 ■■□■■



「北條さん、北條さんってば!」

 苗字が呼ばれるのは決まって叱られる時だけだと思っていた。だけどこの声はどこか若々しく、懐かしさがあった。眠気まなこを擦りながら、声の主に目を向けようと瞼を持ち上げる。

 突然腕を引かれた私。立ち上がらされた時に膝から鞄がどさっと滑り落ちた。

「もうなにしよん!はよいくよ!」

「え、ま、待ってよ!」

 何が何だか分からず、引きずるようにして鞄の紐を手繰り寄せた。そのまま両開きのドアをくぐって外にまろび出る。

 駆動音とともに両側から扉がしまると、そこで今まで電車に乗っていたことに気が付いた。窓際に座っていた年配の男性が何事かと窓越しにこちらを見つめている。

 私ははっとして辺りを見回す。なんだか、懐かしい景色だった。

 古びた大きな駅は学生の頃によく通学で乗り換えに使っていたことがある。そしてその姿は改築前のもので、今は無き地上階の改札口があの頃のまま残されていた。

「北條さん………大丈夫………?」

 心配そうな声が耳に入ってきた。さっきから私の名を呼ぶ声、聞いたことがある。顔を向けた私は、大きな衝撃を受けた。

「凛………?」

 高校からの同級生、向井凛が驚いた顔で私の横に立っていた。最後に会った時のまま、何も変わらない。いや、幼くなっているような気さえする。懐かしい、本当に懐かしい。

 華奢で小さく、愛らしい顔立ち。昔遊んだドールハウスの住人であるウサギやリスにそっくりだったが、彼女の前でそれは禁句だった。

「え………今、凛って………」

 寒さで顔が赤くなった彼女が目を白黒させながら呟く。何を今更言っているのだろう。私たちは大学まで一緒だったのに。

 眉根を寄せた私、そしてようやく事のあべこべさに気が付いた。待って、なんで凛が高校生の格好して一緒の電車に乗ってるの。私は目線を下げて自分の体をまじまじと見つめた。

 …………なにこれ、どうなってるの?

 高校の時愛用していたキャラメル色のダッフルコート。その下には凛と同じ制服を着込んでいる私。膝下までの真っ白なソックスと、覆うような紺色のスカート。こんなものに着替えた覚えは無い。

 握りしめていた鞄には見覚えのある某黄色い熊のぬいぐるみがついていた。これは確か、実家にずっと置いてあったはず。

 状況の飲み込めない私に凛がより心配そうに尋ねた。

「本当に、大丈夫?具合悪いの?」

 見上げる彼女の仕草に胸が突かれる思いだった。私は過去の自分になっているし、凛も過去の凛だ。広い構内もあの頃のまま。時が巻き戻ったかのような感覚に、私の脳内は混乱していた。

 ………夢を見ているんだ。率直にそう思えば全ての合点がいく。私は首を振って凛に返事した。

「ううん、平気、心配かけてごめんね」

 これは夢だ。そうに違いない。うん。私はまだおかしくなってない。天井を見上げ、懐かしさを全身で浴びようと腕を広げる。私は変なテンションで嬉しくなって目を輝かせた。不思議な夢だけど、妙な現実感で高揚してしまう。

「………北條さんって………面白いね………」

 あくまで取り繕ってくれる凛の言葉に、私は恥ずかしさよりも臆面ない喜びが溢れてくるのを感じた。彼女ともう一度会って話しができるなんて、夢のようだ。

 高校一年生の冬、私は東京から引っ越してきた。都会に慣れた私にとって、地方で暮らすことがどんなことかよく分かっていなかった。

 電車は来ない。コンビニは少ない。山と畑はやたらと近い。訛りに訛った地元の人間と、チャンネルの少ないテレビ欄。まさに異世界だ。流行りの言葉に乗せられて、そんな単語が出てきてしまう。



 ■■□■■



「着いちゃった………」

 私は開いた扉の前で立ち尽くした。かつての同級生たちが教室という甘美な箱の中で、垢抜けない姿のまま、あの頃の再現を私に見せている。これは何かの冗談か。

 明けない夜はない。誰がいったのか、そんなの当たり前だ。覚めない夢はない。じゃあこれは現実だろうか。

 凛と一緒に通学路を歩くなんて何年ぶりだろう。はしゃいでいた私は夢から覚めたくない気持ち半分のまま、いつかは覚めてしまう儚さを思い嘆いていた。だけど夢はまだ終わらない。それどころか意識が覚醒してくるにつれ、これが現実なのだと突きつけられているような気さえした。

「教室、間違っとらんよ?」

 凛が後ろから私の背中を押し、同時に入場。幾人かの刺さるような視線が私に向けられた。若者にジロジロ見られると何故か恥ずかしくなる。私、知らない間に年を取ったんだ。

 並べられた机の配置を横目に小声で凛に尋ねる。

「ごめん、私の席ってどこだっけ?」

 今度の質問には流石の彼女も狼狽えた。

「えっ?そ、そこじゃけど。もしかして忘れとったん?………まぁ、土日挟んどるけえしょうがないね………」

 ごめん、転校してすぐの席とか、もはや覚えてるはずがない。でも、今日が月曜日ということと凛の態度から察するに、転校してすぐの休み明けの日だと分かった。となると……………。

 私は嫌な思い出が鮮明になっていくのを感じた。私と凛が仲良くなったきっかけの日。親友との最初の思い出。いい響きだが、それが必ずしも楽しい話ばかりじゃないことをどうか知って欲しい。

 東京という都会からやってきた私が、地方で暮らすということがどういうことか、この日知ることになる。

「北條さんじゃん、ウケる」

 席につこうと肩掛けを下ろした直後に正面から声をかけられた。来た。私は、覚えている。

「向井さんと一緒に来たん?都会よりも通学路複雑?」

「あんまり自慢ばっかしちゃ?」

 ケタケタと笑う三人組の女生徒。派手な格好………といってもスカート丈を上げたりシャツを出したりとかその程度のやつ。明るめのリップは校則に入らないらしい。

 何も言わない私を、にやけ顔で嘲笑う。クラスの雰囲気が不穏に包まれ、談笑のボリュームが一気に下がった。窓ガラスから差し込む日光が、斜めに明暗を作り出す。机と椅子の細い足が長い影を伸ばし、私の足元と繋がる。

 隣にいた凛が息を呑むのが分かった。正義感が働き、そうだ、彼女はここで………。

「………横田さん、そういう言い方は………」

 小さな彼女の小さな言葉。私はその言葉にどれだけ救われたっけ。だけどその想い、横田たちには目障りだったんだろうな。

「――――なに? 向井さんと北條さん、仲良くなったんじゃ。あ、そう」

 痛烈な響きが教室に広がった。横田の放った言葉は内と外との線を明確にした。大きな態度でふんぞり返る彼女たちは標的を私に、それから私の肩を持った凛に向け始める。

 ………そうだ、この日だった。私と凛がクラスから浮いてしまい、彼女たちのような顔の広い生徒にウザがられ、私たちの高校生活から多くの青春が失われたのは。

 東京からきた私は単に聞かれた質問に答えていただけなのに、それを嫌味だと思った彼女たちはあることないこと吹聴して回った。顔色伺いの私はそれらを否定することもできず、標準語で話すことさえ私はからかわれていた。今思えば、ひどい扱いだった。

 授業が終わる頃、私はこれが夢ではなく現実のものだと悟った。十年前の過去に起きた出来事を、私は繰り返していた。

 教科担当の先生。記憶に上書きされる授業内容。黒板消しの匂い。母親のお弁当。凛との出会いで終わらなかったノスタルジックな再会が、ごまんと私に降り注いだ。これは、一生願っても叶わない類まれなる奇跡だと思った。

 だけど、別にそれらをもう一度体験したいなんて気持ち、ちっともなかった。



 ■■□■■



「かんぱーい!」

 激しいテンションでグラスを煽る先輩たちにつられ、私と凛は烏龍茶のコップに口をつけた。

 キラキラと眩しい店内は騒々しく、大人数での飲み会はあれが初めてだった。

「凛ちゃんたち飲んでるー?」

 ふわりといい匂いのする香水を漂わせ、茶髪にマッシュの先輩が私たちに声をかける。光ったピアスと塩顔の美形に、私は少し引いてしまった。

「私たちまだ未成年ですよ!」

 軽い調子で返す凛は少しだけ楽しそうに見えた。凛、こういうのがタイプなのかな。軽薄そうな男だと思った私は、本音をうまく飲み込んだまま調子を合わせる。

 凛と同じ大学に入ってすぐ、私たちは新入生歓迎会のコンパに誘われた。本当は可愛い凛だけが目当てだったのかもしれない、けどそれは暗黙の了解で、私への不遜が彼女の機嫌を損なう危険性が考慮されていた。誰だって本音は隠したいに決まっている。

 その飲み会の目的だって最初から決まっているのだから。

 大学二年生の冬頃に、凛と先輩が破局したことを知る。私たちはもうその頃、あまり顔を合わせることがなくなっていた。凛が私と仲良くしていたのは高校で居場所がなかったからで、見た目もよく性格もいい彼女はすぐに友達の輪を広げていった。

「ね、夏休み友達とバーベキュー行くんじゃけど、一緒に行かん?久しぶりに遊ぼう!」

 屈託のない笑顔でそんなこと言われたら、私の胸は苦しくなる一方だった。彼女の優しさは底知れない。

「わ、私はいいよ。気を遣わせちゃうし、楽しんできて」

 私は後悔した。なんであんなこと言っちゃったんだろう。本当は彼女の誘いなんて、断る理由ないはずなのに。

「そっか………」

 それでも笑顔を崩さなかった彼女の顔を見て、私は我儘を思った。もっと食い下がって欲しかったのに。なんでって、聞いて欲しかったのに。彼女の優しさで自分を肯定したかった。

 失恋した彼女の背中を私は支えてあげたかったけど、その時隣にいたのは私ではなかった。悔しくて虚しくて、通話アプリの凛の名前を、私はたった一人の親友を、そっと瞼を閉じるように消し去った。

 凛の優しさに付け入るようなことはしたくない。私はもう、彼女の足枷にはなりたくなかった。



 ■■□■■



 下校する生徒の隙間を縫って、放課後の校舎を駆けた。稜線に沈みゆく夕日から真っ赤な光が差し込む。夢なら、それでいい。夢じゃないなら、変えなきゃいけない。

 私たちを結ぶものが、こんな始まりなんて嫌だった。あの時ああすれば良かったなんて、あの時あんなことしなければ良かったなんて、思い返したくもなかった。後ろめたさを抱えたまま彼女と過ごした時間は、後悔しか残らない。そんなの、私はずっと嫌だったんだ。

 凛に会って、伝えなきゃ。私の分まで背負わなくてもいい。負い目なんて考えなくていい。私はただ、凛とずっと友達でいたい。根暗で、無口で、醜くて愛想のない、こんな私でも。庇ってくれたあなたに、必要として欲しかった。

 下駄箱に靴を落とした彼女の姿を見つけて、荒らげたままの息で名前を呼んだ。

「凛っ………!」

 怯えたような顔をした彼女は、今日一日誰とも口を聞いてない。私のせいで、彼女まで酷い目にあったんだ。

 名前を呼ばれ驚いた凛は、瞳の中に私を映しだす。南向きの昇降口は、すでに暗がりが広がっていた。銀色の傘立てが鈍く光る。

「私ね………、私……………っ!!」

 言いかけると突然、猛烈な目眩に襲われた。抗えない意識の泥濘に足元がふらつく。だめ、まだ私、何も………!

 膝を落とした私に誰かが駆け寄った。朦朧とする耳元で、何かを叫んでいるのが聞こえる。しっかりしなきゃ、まだ何も、言えてないのに。

 煮え立つような怒りとは裏腹に、落ちゆく瞼を持ちこたえられず、私の視界は暗くなった。ただ眠るのとは違う。魂ごと吸い取られるような脱力感と、冷たくなっていく私の心。体の自由さえも効かなくなり、あれだけ激昂した思考だって泡のように弾けて消えていく。さんざめく陽の光は、遂に山の向こうに隠れてしまった。



 ■■□■■



 車窓から見える景色が明るくなり、私は目を覚ました。どうやらつり革に掴まったまま少し寝てしまったらしい。そんな器用なことができたのか、私よ。

 なんだか、懐かしい夢を見ていた気がする。暖かくて、切なくて。同時に、急かされるような気持ちになる。何かしなくちゃいけなかったような、でもそれがなんなのか分からなかった。

 逡巡していた私は、目の前の座席に座る高校生くらいの女の子と視線が合ってしまう。何故だか不思議と目を逸らせず、彼女もまた私の方をじっと見つめていた。

 このあどけなさ、何かに似ている。すると急に女の子が立ち上がった。身を引いた私に向けて、彼女はポッケからハンカチを取り出してこう告げる。

「大丈夫ですか? 具合、悪いんですか?」

 何が?、と聞こうとした私の瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。

「あれ、あれ?、ごめんなさい、私、どうして………」

 私は言いながら、流れてくるとめどない涙に困惑する。紺色のブレザーがぼやけた視界の端で滲んだ。そうだ、私、こんな制服をさっきまで着ていた。そしてもう一人、私の傍に居たのは…………。

 その瞬間、耳鳴りが消えたようにはっきりとモヤが晴れ、私は全て思い出した。

 そうだ。凛、ごめん。ごめんね。言いたかったことがあったのに、夢の中でさえ言えなかった。あの日から始まった悪夢に、私は決着をつけることができなかった。

 顔を手で覆う。悔しくて虚しくて、溢れる涙を抑えられなかった。どうして、どうして間に合わなかったの。合理性を欠いた私の後悔は、いつだって消えない傷をただなぞっているだけだった。

 気遣って私と一緒に電車を降りてくれた彼女は、私の手をぎゅっと握りしめて告げる。

「大丈夫ですよ。大丈夫、大丈夫」

 泣きじゃくる大人の私を彼女は懸命になだめてくれた。凛のように、優しい笑顔で。変えられなかった過去の夢を、私はどうして見てしまったのか。

 ――――そうだ、過去を、過去のまま終わらせてはいけない。あんな後悔は、二度としたくないんだ。

 私は涙を拭ってスマホの画面を明るくする。見慣れた通話アプリの中、あの日消せなかった彼女の名前にもう一度触れた。向井凛。私の中で懐かしさが再び広がっていく。

 非表示の欄から再び現れた彼女のメッセージ、数十件。『連絡して』『どうしたの?』『私、なにかした?』『ねぇ、おねがい』

 胸がカッと熱くなる。急いで通話に切り替え耳にあてがう。彼女が電話に応えるかどうかよりも、しゃくりあげる声が上手く出るか、そんなことが気になってしまった。咳払いして喉を整え、鼻水をすすって白い息を吐き出す。

 ……………しかし、スマホは単調なリズムを取り続け、しばらく経ったが通話は繋がらなかった。同じ画面のまま固まってしまう。映っているのは二人が好きだった黄色い熊。涙の伝う頬が赤く上気する。

 ………あぁ、そうだよね。もう何年も前だもん。

 雲の切れ間から青空を仰ぎ見た。線路の脇をひたすらに車が通り過ぎ、寒風にのって私の濡れた目元がひりひりと傷んだ。会社、遅れちゃうかも。メイクし直さなきゃ。私が夢から覚めたような気持ちになった時だった。



「――――ちゃん、聞こえる?」



 風の音に混じって声が聞こえた。握りしめていたスマホを驚きで落としそうになる。



「もしもーし………あれ……?」



 耳にあてがったまま、私は声が出せなかった。目一杯堪えたけど、涙がどんどん溢れ出てくる。聞きたかった声。私の、私の大事な親友。

「凛ちゃあん………」

 必死に出した声は、恥ずかしくて死にそうなほど大きかった。じゃないと、言葉にならないと思った。

「聞こえた、どうしたんよ、急に。………あ、ていうかちょっと、ねぇ、その前に私に言うことがあるじゃろ?!」

 凛は、変わらない。変わらずにいてくれた。よかった。ほんとによかった。

「ごめんねぇ………」

「……………まったくもう。いいよ、水に流しとく。私、ずっと待ちよったんよ」

 彼女の笑顔が手に取るように分かった。どうしようもないくらい優しくて、ちょっとつらい。私はさらに謝った。

「ずっと、友達でいたかったのに、私………ごめんね」

「知っとるけえそんなこと。………だって言ってくれたじゃん、あの日。『凛、私と友達になって!絶対後悔なんてさせないから!』って。いきなり名前呼びじゃし、ふふ………今でも覚えとるんよ」

 鈍色の校舎、玄関口で、私は、言ったんだ。凛に、言えてたんだ。これからもずっと友達でいたいこと、後ろ向きじゃなくて、お互いが惹かれ合うように結びつくこと。

「凛、ごめんね」

「もうええけえ。………ね、今度会おうよ。久しぶりに顔みたいけ」

「………うん、私も会いたい………」

 何度も何度も頷いて、私はやっと笑顔になれた。ひさしの付いた路面電車の小さな駅の中、今まで燻っていた胸の中の暗い影が、照らし出された朝日によってさらさらと払われていくようだった。



 あれが夢だったのかは今でも分からない。でも、過去の自分に戻れるとしたら、私はやっぱり、今日みたいな日がいいなって思った。

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