過去と夜明け 4
「かんぱーい!」
激しいテンションでグラスを煽る先輩たちにつられ、私と凛は烏龍茶のコップに口をつけた。
キラキラと眩しい店内は騒々しく、大人数での飲み会はあれが初めてだった。
「凛ちゃんたち飲んでるー?」
ふわりといい匂いのする香水を漂わせ、茶髪にマッシュの先輩が私たちに声をかける。光ったピアスと塩顔の美形に、私は少し引いてしまった。
「私たちまだ未成年ですよー!」
軽い調子で返す凛は少しだけ楽しそうに見えた。凛、こういうのがタイプなのかな。軽薄そうな男だと思った私は、本音をうまく飲み込んだまま調子を合わせる。
凛と同じ大学に入ってすぐ、私たちは新入生歓迎会のコンパに誘われた。本当は可愛い凛だけが目当てだったのかもしれない。でも、誰だって本音は隠したいに決まっている。
その飲み会の目的だって、最初から歓迎会なわけないに決まっているのだから。
大学二年生の冬頃に、凛と先輩が破局したことを知る。私たちはもうその頃、あまり顔を合わせることがなくなっていた。凛が私と仲良くしていたのは高校で居場所がなかったからで、見た目も性格もいい彼女はすぐに友達の輪を広げていった。
「ね、夏休み友達とバーベキュー行くんじゃけど、一緒に行かん? 久しぶりに遊ぼう!」
屈託のない笑顔でそんなこと言われたら、私の胸は苦しくなる一方だった。彼女の優しさは底知れない。
「わ、私はいいよ。気を遣わせちゃうし、楽しんできて」
私は後悔した。なんであんなこと言っちゃったんだろう。本当は彼女の誘いなんて、断る理由ないはずなのに。私は彼女に振り向いて欲しかったのかな。
「そっか………」
それでも笑顔を崩さなかった彼女の顔を見て、私は我儘を思った。もっと食い下がって欲しかったのに。なんでって、聞いて欲しかったのに。彼女の優しさで、自分を肯定したかった。
失恋した彼女の背中を私は支えてあげたかった。だけどその時隣にいたのは私ではなかった。悔しくて虚しくて、通話アプリの凛の名前を、私はたった一人の親友を、そっと瞼を閉じるように消し去った。
凛の優しさに付け入るようなことはしたくない。私はもう、彼女の足枷にはなりたくなかった。
■■◇■■
下校する生徒の隙間を縫って、放課後の校舎を駆けた。稜線に沈みゆく夕日から真っ赤な光が差し込む。夢なら、それでいい。夢じゃないなら、変えなきゃいけない。
私たちを結ぶものが、こんな始まりなんて嫌だった。あの時ああすれば良かったなんて、あの時あんなことしなければ良かったなんて、思い返したくもなかった。後ろめたさを抱えたまま彼女と過ごした時間は、後悔しか残らない。そんなの、私はずっと嫌だったんだ。
凛に会って、伝えなきゃ。私の分まで背負わなくてもいい。負い目なんて考えなくていい。私はただ、凛とずっと友達でいたい。根暗で、無口で、醜くて愛想のない、こんな私でも。庇ってくれたあなたに、必要として欲しかった。
下駄箱に靴を落とした彼女の姿を見つけて、荒らげたままの息で名前を呼んだ。
「凛っ………!」
怯えたような顔をした彼女は、今日一日誰とも口を聞いてない。私のせいで、彼女まで酷い目にあったんだ。
名前を呼ばれ驚いた凛は、瞳の中に私を映しだす。南向きの昇降口は、すでに暗がりが広がっていた。銀色の傘立てが鈍く光る。
「私ね………、私……………っ!!」
言いかけると突然、猛烈な目眩に襲われた。抗えない意識の泥濘に足元がふらつく。だめ、まだ私、何も………!
膝を落とした私に誰かが駆け寄った。朦朧とする耳元で、何かを叫んでいるのが聞こえる。しっかりしなきゃ、まだ何も、言えてないのに。
煮え立つような怒りとは裏腹に、落ちゆく瞼を持ちこたえられず、私の視界は暗くなった。ただ眠るのとは違う。魂ごと吸い取られるような脱力感と、冷たくなっていく私の心。体の自由さえも効かなくなり、あれだけ激昂した思考だって泡のように弾けて消えていく。
さんざめく陽の光は、遂に山の向こうに隠れてしまった。
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