第6話

▶第三話


■現実の世界:朔夜視点・病室


前日と同じように朝早くに朔夜は病院へ訪れた。

手にしたレジ袋には林檎が入っている。


病院内は職員が忙しく駆け回り、患者がそわそわとしているなど騒然としていた。


朔夜「何があったんだ?」


朔夜は首を傾げながら陽太のいるフロアに足を踏み入れようとする。

しかし疲弊した表情の職員に阻まれた。


職員「すみません、本日このフロアの面会は全面休止させて頂く予定になっていまして……」


朔夜は不満そうに告げる。


朔夜「せめて家族の状態が知りたいんですが」

職員「ああ、そうですよね。すみません。入院されている方のお名前は?」

朔夜「朝比奈 陽太です」


職員は顔色を変えて焦りを見せた。

予想外の反応に朔夜は不思議そうに声を上げた。


朔夜「え? なん……」

職員「朝比奈 陽太さんのご家族……? っ! お、お待ちしていました。こちらへお願いします……!」


急ぎ足の職員に誘導され、朔夜は不安を隠せない表情でレジ袋を持ったまま後を追う。


朔夜(……一体なんなんだ? 兄貴に何があったのか⁉)


~場面転換~


■現実の世界:朔夜視点・診察室


職員と対面で座った朔夜は持っていたレジ袋を落とす。

レジ袋から飛び出した林檎がどこかへ転がっていく。

朔夜が呆然とした表情で呟いた。


朔夜「ゆくえ、ふめい?」


申し訳なさそうに職員が呟く。


職員「はい……」

朔夜「兄貴が? 行方不明に?」


信じられず俯く朔夜。


職員「そうです。朝比奈 陽太さんの姿が、早朝から当院内で確認できていません」


朔夜ははっと我に返る。

こうしてはいられないと思った朔夜が椅子から立ち上がって職員を問い詰めた。


朔夜「そ、そんなバカな! 行方不明なのは兄で間違いないんですか? 別の人じゃないんですか⁉」


陽太がいたベッドがもぬけの殻の光景を描く。


職員「先ほど病室にご案内した通りです」


背景を診察室に戻す。


朔夜「じゃあ、昨夜の間に別の病室に移動したんじゃ……」


朔夜の焦りに、職員は申し訳なさそうだが事務的に答える。


職員「朝比奈さんのスケジュールや当直の者に確認をしましたが、そのような予定や事実はありません。同じ病室の患者にもお話を伺いましたが、移動したような物音はなく、気づいたときには朝比奈さんの姿がなかったそうです」


朔夜は次第に気持ちが沈んでいく。

おいて行かれてしまったような悲しみを込めてぽつりと呟いた。


朔夜「そんな……」

職員「……朝比奈さんは自力で歩くことは困難な状況です。ですから、誰かの力を借りて三階の病室から移動したものと当院は考えていましたが……」

朔夜(まさか誘拐されたんじゃ……⁉)


朔夜が顔を勢いよく上げて表情をこわばらせると、その表情を見た職員が続けた。


職員「鍵の施錠に異常は見られず、内外共に監視カメラの映像に不審な点はありません。また、当直の職員や警備から朝比奈さんの姿を見たという報告も受けていません」


何の手がかりもない状況に朔夜は両の拳を握り締める。


朔夜「じゃあ一体ッ! 兄は、どこに行ったと言うんですか……!」

職員「詳しい調査は警察が到着してからですが、我々にも分かりません……」


職員が気の毒そうに言う。


職員「まるで、神隠しのようで……我々も困惑しています」

朔夜(自力でもなく、他人に力を借りたわけでもなく。前触れも形跡もなく突然姿を消したことは、たしかに神隠しとしか表現できない)


職員が診察室から出ていく様子を呆然としながら見送る朔夜。


朔夜(だけどそんな……神隠しなんか……! 信じられるわけがないだろ!)


部屋の中央に残されたの朔夜と隅に追いやられた林檎が悲壮感を漂わせる。


■現実の世界:朔夜視点・病室


警察から事情聴取を受け、解放されたあと。再び病室を覗き込む朔夜。


朔夜(最近の兄貴は、消えてしまいそうな様子だった。だけど、こんなにも簡単にいなくなってしまうなんて夢にも思わなかった……!)


■現実の世界:朔夜視点・家までの道程


陽太の姿は相変わらず見つからない。

朔夜は眉をしかめて病院から飛び出した。


朔夜(……いや、まだだ! まだ家に居るかもしれない‼ 兄貴が俺を放ってどこかに行くなんて、あり得ない!)


朔夜は走りながらスマホに電話をするが、何度もコールを待っても相手は出ない。


朔夜「ちっ」


電話を切り、素早くメッセージを打ち込み、再び駆け出した。


■現実の世界:朔夜視点・アパートの自宅


アパートに辿り着く。

朔夜が希望を求めるような必死な眼差しで勢いよくドアを開ける。


朔夜「兄貴‼」


ガランとした室内には誰もいない。


続けて、陽太の部屋のドアを開ける。

入院前の生活感を残した部屋には誰もいない。


更にメッセージを入れたスマホを再確認する。

既読は付かないままだった。


朔夜は部屋の扉を右手の拳で殴った。


朔夜「くそっ!」

朔夜「どこに行ったんだよ……兄貴! 今日、一緒に飯食おうって約束したじゃないか……!」


置いて行かれたような悲しさを抱えながら、しかし泣くのを我慢した表情で呟く。


朔夜「兄貴は俺との約束破るのかよ……⁉」


~場面転換~


■夢の世界:朔夜視点・河原のキャンプ場


朔夜の小学生時代の思い出。

幸せそうな父母と子供二人の四人家族が釣りをしている。

その光景を他人の目線で見る朔夜。


朔夜「あ……。親父とお袋だ……」

朔夜「兄貴も……!」


子供二人はそれぞれ別に釣り糸を垂らし、父は二人に指示をし、母はハラハラと子供二人の様子を見ている。


朔夜は四人の家族の元へと駆け出しそうになるが、足を止めた。


朔夜「っ。これは……夢か?」


朔夜は悲しそうな表情で四人の様子を見つめる。


少年朔夜の釣竿に獲物がかかる。

釣り上げようとするがうまくいかない。


少年陽太「がんばって、朔夜!」

少年朔夜「うぐぐ……! あと少しなのに!」


応援していた少年陽太が助っ人に入り、二人で釣竿を一緒に引っ張る。

そして二人は魚を釣り上げることが出来た。


少年朔夜「やったやった! 見て見て! でっかいの釣れたんだ!」


釣り上げた大きな魚を家族に見せびらかす少年朔夜に、家族が拍手して微笑む。


少年陽太「すごいね、朔夜!」


どこか羨ましそうに少年朔夜を眺める少年陽太。


幼少の頃の様子を眺めながら朔夜は眉をしかめる。


朔夜〈違う、俺が凄いんじゃない!〉


青年朔夜の思いと共鳴するように、少年朔夜があどけない笑顔で少年陽太に言った。


少年朔夜「俺がすごいんじゃないよ。兄貴がいたから釣れたんだからな! だからすごいのは兄貴なんだ!」


少年陽太はキョトンとした顔をしたあと、肯定されたことでとても嬉しそうな笑顔を向ける。

少年陽太の笑顔を眺めて、青年朔夜がほっとする。


ビニールシートでサンドイッチを食べる家族の光景に変化。

青年朔夜がそれを眺めているコマに、一割ほどの亀裂が入る描写。

ヨウが朔夜の夢に侵入した合図、朔夜は気付かない。


朔夜「懐かしいな……。もう、親父もお袋もいないんだ。俺以外……いなくなっちまった……」


レタスを引き抜こうとする少年朔夜を咎めようとする少年陽太。


朔夜「いや、兄貴はまだきっとどこかにいるんだ。だから……探さないと」

朔夜「兄貴、早く戻って来いよ……」


消沈した様子で力なく呟く朔夜。


すると、朔夜から少し離れた背後から声が聞こえる。


ヨウ「ああ、美味しそうだね」


聞き慣れた陽太の声に弾けるように振り向く朔夜。


朔夜「!?」


ヨウが朔夜の背中越しに、笑顔で彼の夢を眺めていた。


ヨウの姿が陽太に似ている(同一人物)ため、朔夜は目を見開いて呟く。


朔夜「あ……にき……? なのか?」


ヨウは朔夜の呟きには答えない。

少しずつ朔夜に近付いて行きながらニコニコと言葉を放つ。


ヨウ「は……」


きみと呼ばれた朔夜に緊張が走る。


朔夜「……!?」

ヨウ「とても好い夢を見るね。幸せいっぱいで楽しそうな夢。ぼく、君の夢が好きだな」


風でヨウの髪が靡き、穴だらけになった耳が露出する。


ヨウ「だって、とても美味しそうだからね?」


八重歯を見せて、子どもが強請るようにヨウが微笑む。


ヨウ「だからその夢を、ぼくにちょうだい?」


(第三話・終了)

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君を喪くした夢喰い獏夜は、うつつの薄明を泡影する(コミック原作大賞応募用) 江東乃かりん(旧:江東のかりん) @koutounokarin

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