第8話 本当の使者
二本角の男が立ち上がるのを見て、アオイの身を守ろうとリュウが動こうとする。アオイのことを心配しての行動であるが、アオイは左手を小さく上げてリュウに対処不要と合図をする。心配ご無用と言わんばかりに、二本角が不用意に近づいてくるのを止めようとしない。
「王妃殿下! 我らセイザスのことを侮辱されるのでしたら、小官はその身に代えましても、ご説明申し上げなければなりませぬ。先程の態度、改めていただけないでしょうか」
二本角の男が威圧的にアオイのことを睨みつけてくる。もし、要求を拒むのであれば力ずくで教えてやろう。と言外に言っている。普通の人間ならば、恐れをなして何もしていなくても平伏して謝ってしまうところであるが、アオイは何事もないとばかりに涼し気な表情をしている。
「失礼つかまつる」
二本角の男がアオイに対して不用意に右手を伸ばしてくる。首でも掴んで脅そうとでもしているのだろう。武人には見えない二本角の男ではあるが、アオイの細い首なら、掴まれてしまえば無事にいられることは困難だ。下手をすれば、本当に息の根が止まるかもしれない。
それなのに、アオイは動かない。椅子に悠然と座ったまま。二本角の男の手を避けようとすらしない。伸びてくる手をチロリと見て、首元に近づいたタイミングでがっしりと掴んだ。
「なっ!」
二本角の男が驚きの声を発した瞬間、アオイは男の腕の勢いを変化させながら足払いを入れる。もし、二本角の男がこの攻撃を察知していれば堪えられたかもしれない。だが、アオイは伸ばしてきた手を横に引っ張りバランスを崩させている。故に見事なまでに二本角の男はその場に転倒する。
「貴様! このッ!」
二本角の男が転がって仰向けになった瞬間に大声を出す。礼儀が全くなっていない二本角の男は怒りで顔を真赤にしている。しかし、次の台詞は口にすることができない。何故ならば、二本角の男の口の中には、アリサの棍棒が突っ込まれていたからだ。
「これは、単なる棒であるが、魚の頭程度、軽く打ち砕くことができるぞ」
アリサは低い声を出す。汚らしい害虫でも見つけてしまったような冷ややかな視線を向けながら、あからさまな殺意を放っている。もし、ここにアオイがいなければ、瞬時に殺害していた。そんなことを感じさせるほどの威圧感に、二本角の男は口を動かそうとするのを止める。
「いつからセイザスはこのような、礼節を知らぬものを使者として送るようになったのか」
アオイの言葉に対して、二本角の男は睨みつけてくる。だが、口に棍棒を突き刺されている状態では、威圧感などは無い。
「アリサ、どうやらその状態では話ができぬようだ。下げてくれぬか?」
「はっ!」
アリサが棍棒を引き抜くと、二本角の男はゆっくりと体を起こしながら文句を言おうとする。
「セイザスの使者に対して……」
言葉が終わる前に、アリサが棍棒で床をカツンと叩くと、二本角の男は口を閉ざす。慎重な動きで立ち上がると、アリサの棍棒の範囲外まで下がってから、華奢な男に近づく。
「貴様ッ、どうして俺を助けない。そもそも貴様が、陛下の書状を変な読み方をするのが問題だ。この落とし前をどうつけようというつもりなんだ!」
怒鳴りつけられても、華奢な男は他人事とばかりに反応しない。面倒くさそうに溜め息をついてから書状をたたむ。
「これが、陛下のご意思であれば、何者もそれを否定するのはありえぬと小官は考えるが?」
「何だと小童がッ! それが俺に対する態度か?」
二本角の男は今度は、華奢な男に向かって手を伸ばす。アオイに向かってやったのと同じように首を掴もうとしている。そして、今度は成功しようとしていた。アオイのように華奢な男は目線ですら二本角の男のことを追っていない。アオイたちのことを観察するように見つめてくるだけだ。
だから、二本角の男は考えもつかなかった。自分を守ろうとすらしようとしなかった跪いていた体格の良い男が、自分のことを殴ってくるなんてことを。
「なッ!」
体格の良い男に殴られた二本角の男は、再びアオイの足元に倒れ込む。
「馬鹿者が、何をするのだ」
二本角の男が喚き散らすが、アオイは羽虫程度の騒音にしか聞こえなかった。既に、この男の言葉など、聞く必要がないと判断したのだ。それより、もっと重要なことが目の前に合ったのだ。
「そうですか……。わざわざホルライまで来られるとは……」
「王妃よ、何を言っている。我々がここまで来た理由は既に話したであろう」
「そこのもの、ちょっとコレを外に出しておいてくれぬか。話が進まん」
アオイが体格の良い男に命令をすると、彼は無言のまま二本角の男に近寄り胸元を掴む。そして、服が避けてしまうような勢いで引っ張って二本角の男を立ち上がらせる。
もしかして、また文句を言ったり暴れ出したりするのでは? とアオイは危惧したものの、殴られたのが効いたのか二本角の男は抵抗をしない。そのまま、部屋の外に連れ出されていく。
「それでは、私も失礼させていただきます」
「よろしいのですか?」
痩せた男が背を向けた瞬間に、アオイが声を掛ける。アリサとリュウが何事? とばかりにアオイの方を見るが、アオイは気にせずに立ち上がる。
「何がでしょうか?」
痩せた男が振り返ると、アオイは男の周囲を観察するように一周する。そして、はぁ。と深くため息を吐いた。
「もう、帰られるのですか?」
「ええ、もう私の仕事は終わりましたから」
そう言って部屋を出ていこうとする痩せた男に向かってアオイはふたたび、わざとらしく溜め息を吐く。
「いかがなさいましたか?」
痩せた男は立ち止まって先ほどと同じように振り返る。その表情は布で顔を半分隠されているから読み取れない。だから、アリサとリュウは何事が起こっているか理解できずにお互いに顔を見合わせる。状況を説明してほしい。と言わんばかりに二人に見つめられたアオイは既に別のところに注意が向かっていた。
「どうせなら、そのまま部屋を出ていかれたらよろしかったのでは? 陛下」
アオイが言うと、痩せた男は目をパチクリと瞬かせる。ただ、変化があったのはそれだけで黙ったままだ。
「本当は声をかけてほしい。自分のことを見破ってほしい。そんな気持ちが透けて見えてます」
「流石にその言いようは失礼ではないか?」
痩せた男はアオイに返答をしながら、布を外す。
「えっ? どういうことですか? アオイ様」
アリサが叫ぶように訊いてくるのに対し、アオイは返答をしない。チロリと視線を向けると、アリサは口をきゅっと結び姿勢を整えて彫像に戻る。
「ようこそポニア王国へ」
アオイはその場に跪いて頭を垂れる。その姿を見たアリサとリュウも同じようにその場に跪いて頭を下げる。
「いつから気づいていた?」
「確信したのはお声を拝聴した時に」
「そうか。声は気にしていなかったわ」
「いえ、気づいたのは、親衛隊のエンフェイが入ってきたときでございます」
「それでは、ほぼ初めからではないか。エンフェイは単なる護衛だとは思わなかったのか?」
「愚考いたします。陛下が信頼できる数少ない部下の一人をオキの親戚筋であるズールィの護衛になどつけるはず無いと」
「余の考えなど全てお見通しとでも言うのか? なら、アオイが戻ってきて仕事をすることを望んでいるとわかっているはず」
痩せた男が平然とアオイに向かって言い放ってくるが、アオイは頭を下げたまま返事をしない。
「どうした? 一緒に国に帰るぞ。余もそなたもやらなければならないことがあるのだから。それとも、何か言いたいことでもあるのか?」
「はい。恐れ多いながら、一つお伺いさせていただきたいことがあります」
「ほう? 許そう。何でも申せ」
「では、陛下、ポニアからどのようにしてセイザスまで帰られようとされていますか?」
言外に言う。ポニアから生きて帰れるとでも思っているのか? と。跪いているアオイが顔を上げて、痩せた男を睨みつけると、彼も同じようにアオイのことを鋭い視線で見つめていた。
マザコン引きこもり魔王に婚姻破棄されたので、私が皇帝になるルートを探しますね。 夏空蝉丸 @2525beam
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。マザコン引きこもり魔王に婚姻破棄されたので、私が皇帝になるルートを探しますね。の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます